王佐之才
嫌な予感しかしないレイモンドは、シュリーの笑顔を見て全てを悟り頭を抱えた。
「王妃様、何か策がお有りなのですか!?」
目を丸くした伯爵が問えば、セリカ王妃は美しく頷いてみせる。
「ええ。私に全てお任せ下さいまし。ちょうど体も元に戻ってきましたし、肩慣らしには打って付けの運動になりましてよ」
「シュリー……頼むから無茶をしないでくれ」
「あらあら。陛下ったら本当に心配性ですこと。私が自分の力量を見誤るような無茶をしたことなどございまして?」
王妃が何をしようとしているのか察して天を仰ぐ国王を見て、わけが分からず困惑する伯爵は恐る恐る口を開いた。
「あ、あの……王妃様? 何をなさるおつもりですか?」
臣下の問いに、セリカ王妃は威風堂々と胸に手を当て美麗に微笑んだ。
「私が、直々に戦地へ赴きます。そして本当に帝国軍の侵略がなされていた場合、その場で早々に蹴散らしてご覧に入れますわ」
「!?」
自信満々に胸を張る産後間もない王妃のとんでもない言葉に、伯爵は絶句する。
妻の言い出すであろうことを予想していたレイモンドは、溜息を吐いて改めて現状を整理した上でシュリーを見た。
「シュリー。私は、そなたに行って欲しくはない」
真っ直ぐな夫の瞳に応えるように、シュリーもまた真っ直ぐにレイモンドを見つめ返す。
「シャオレイ。私のことを間近で見てきた貴方様ならお分かりのはずですわ。私の力があれば、このような些細な問題は幾らでも解決できると。私には貴方様とアシュラとこの国を護る使命があります。王として正しい決断をして下さいませ」
「……」
レイモンドは、シュリーがそう言うのであればそれが本当に容易いであろうと信じて微塵も疑ってはいないが、それでも妻の身が心配で堪らなかった。そしてシュリーは、シュリーの力量ではなく、シュリーの身を案じてくれているが故に揺れる夫の気持ちを、正確に理解できるようになっていた。
互いに想い合い分かり合っていればこそ、国王夫妻は暫くの間、視線だけを交わし合う。そうして無言の対話を続けた。
先に視線を動かしたレイモンドが口を開き掛けたところで、言葉を失って成り行きを見守っていた伯爵が叫び出す。
「な、な、なりませぬ!」
伯爵の絶叫を合図にしたかのように、部屋の外で控えていたガレッティ侯爵とマクロン男爵も無礼を承知で入室し国王夫妻の前に跪いた。
「陛下! 王妃様の御身に何かあれば如何するのです! 本当に帝国が攻めて来たのなら、その軍勢は計り知れません。いくら王妃様と言えど、危険過ぎます!」
「今の我が国の発展は、王妃様あってこそ。もし王妃様に万が一の事態が起これば、我が国はお終いです!」
「陛下、どうか王妃様をお止め下さい」
忠臣達の必死の奏上に、レイモンドは国王として耳を傾ける。しかし、その視線の先にいる最愛の妻の瞳が少しも揺らいでいないことを見て取ると、諦めて決断する他なかった。
「シュリー。一つだけ約束してくれ」
背筋を伸ばすシュリーの目の前に立ち、その手を握ったレイモンドは、切実な瞳を妻に向けていた。
「何でございましょう」
「……必ず。傷一つなく、無事に帰って来るように。私とアシュラを置いていくような残酷なことだけはしないと誓ってくれ」
目をパチパチと瞬かせたシュリーは、それはそれは美しく気高く可憐に微笑んだ。
「お安い御用ですわ」
愛する夫の頬に唇を落としたシュリーは、絶望する家臣達へ向けて指示をした。
「私が不在の間、陛下と王子を頼んだわよ」
「王妃様……王妃様はまだ産後の不安定なお体で、安静が必要なのですよ?」
弱々しい伯爵の最後の抵抗を、王妃は笑顔で一蹴した。
「私をその辺の普通の女と一緒にしないで頂戴。体は既に回復済みでしてよ。大人しく寝ていたのは、陛下が気遣って下さるのが嬉しかったから甘えていただけのこと。心配は無用だわ」
あまりにもあんまりな王妃の王妃らし過ぎる言葉を聞いて、張り詰めていた家臣達は心配したのが馬鹿らしくなってくる。
彼等が気を緩めたのを確認したシュリーは、傍らに控えるランシンを見た。
「ランシン、お前はここに残り陛下の護衛を。供はジーニーとリンリンを連れて行くわ」
「是」
「フロランタナ領には魔晶石の鉱脈を護るため兵を派遣してありますから。彼等と合流し状況を確認次第、私の判断で動きます。宜しいですわね、陛下」
「ああ。全権をそなたに任せる。だから少しでも早く私の元に帰って来なさい」
夫から甘い口付けを貰い喜び勇んだシュリーは、何も分からず連れて来られたジーニーを巨大な九尾の狐となったリンリンの背に乗せて、剣を取った。
「陛下との甘いひと時を邪魔されて、私とても腹が立っておりましてよ。不届き者どもを片付けてすぐに戻りますわ」
浮いた剣の上に飛び乗ったシュリーは、自分を見つめる黄金の瞳に向けて柔らかく微笑み胸を張る。
「どうぞ安心してお待ち下さいまし。何せ私、戦には多少の心得がございますの」




