才走る
待望の王子の誕生に国民は大いに賑わった。
王宮には次から次へと祝いの品が届き、王都やセレスタウンは連日お祭り騒ぎ。王妃の出身である釧の神の名を取って名付けられたという王子の名前は瞬く間に国中に広まっていった。
遠い東洋の大国から嫁いできた異邦人の王妃、セリカ王妃は驚くべき才覚と目の覚めるような美貌で国民を魅了し、シルクや磁器といった異国の文化を伝えてアストラダム王国の経済を発展させた。
更には腐敗した貴族政治を改革し、ここ最近は魔晶石の発見や魔道具の開発といった新規事業にも乗り出して更なる国の発展に寄与している。
国王レイモンド二世とセリカ王妃の仲睦まじさは幼子から老人までもがよく知るところであり、いつぞやの痴れ者令嬢の騒動で国民はよくよく理解していた。愛し合う国王夫妻の間に割り入ろうものならば天の罰を受けると。
それ程までに強固であり、国民から絶大な支持を得る二人の間に、待ちに待った世継ぎが生まれた。王国中の浮かれようは当然のことだった。
「そなたも王子も無事で、何事もなく生まれて本当に良かった」
出産直後の妻の手を握り安堵するレイモンドへ向けて、シュリーはケロリと微笑んだ。
「だから言いましたでしょう? 絶対に大丈夫だと。あの子には胎内にいる時からよくよく教育してあげましたから、この母に苦労を掛けず出てきてくれましたわ。私と陛下に似て察しが良く賢い子ですわね」
二人の視線の先にいる生まれたばかりの王子は、スヤスヤと健やかな寝顔で眠っている。
強大な魔力を持つ赤子の出産は危険だと、医者やジーニーやドラドが警鐘を鳴らしていたにも関わらず。こんな時まで自信満々に胸を張るシュリーを見て、レイモンドは苦笑しつつも愛する妻を抱き寄せたのだった。
王子誕生の少し前のこと。希少な魔晶石の鉱脈がアストラダム王国で発見されたことは、世界中の注目を集めていた。
更に魔晶石を使用した新たな魔道具が開発され、セリカ王妃の名前で発表される度に飛ぶように注文が殺到した。
中でも王妃が最初に開発した常夜灯は、アストラダム王国の生産力に思いもよらない効果を齎していた。
夜になると自動で明かりが灯り、燃料や蝋燭を必要としない上に夜が深まるほど明るさを増すこの灯は、それまで日没までの限られた時間でしかできなかった作業を夜間でも可能にしたのだ。
これにより職人の町セレスタウンの生活は一変した。国から全ての工場に支給された常夜灯の明かりにより、交代制で昼も夜もシルクの紡績や機織が行われ、磁器の窯は昼夜問わず稼働するようになった。
倍増した生産量にも関わらず人気を博すアストラダム産シルクや磁器は飛ぶように売れ続け、いつしかアストラダム王国は西洋随一の富を有する国となっていった。
しかし、アストラダム王国のこの急激な繁栄は、良からぬ闇を招くことになる。
「ランプの開発を最初に進めていたのはこの為だったのか?」
「左様でございますわ。マイエが以前申しておりましたの。細かい刺繍の作業は夜間の蝋燭の明かりではできないと。夜間も作業できるようになれば、どれ程効率が上がることか、と嘆いておりましたので解決してあげようと思いましたのよ」
それは、産褥期のシュリーが寝台の上でレイモンドと話している時のことだった。
「陛下、王妃様。お疲れのところ申し訳ございませんが、緊急の知らせです」
焦ったようにやって来たマドリーヌ伯爵の様子を見て部屋に通したレイモンドは、その後に続いた報告に眉を寄せた。
「魔晶石の鉱脈があるフロランタナ領付近の農村に、異変がありました」
「何があった?」
「それが……どうやら外部から攻撃を受けたようなのです。村が焼かれ、略奪の被害が相次いでおり死傷者が多数出ているようです。断定はできておりませんが、外国からの侵略攻撃の可能性が高いかと」
「何だと? では、我が国が戦争を仕掛けられていると言うのか?」
「……実は、近隣で帝国軍の目撃情報がありました」
伯爵の重々しい言葉を聞いてグッと拳を握り込んだレイモンドの横から、シュリーが冷静に声を上げる。
「充分に有り得ますわね。フロランタナ領と山脈を隔てて接しているラキアート帝国が魔晶石を狙って攻め入って来たのでしょう」
「……帝国はここ数年、国力を著しく落としている。これまでもシルクや磁器の製法を狙い間諜を送り込んで来ていた。シュリーの諜報部隊がそれを阻止してきたが。とうとう強硬手段に出たというのか?」
帝国の他にもアストラダム王国の技術を狙い他国から間諜が数多く潜り込んで来たが、その全てはシュリーが鍛え上げた十三人の諜報部隊によって的確に処理されてきた。
表立っては国王が国家を上げて保護し、裏では王妃が最強の防御壁を設けて護るシルクや磁器の技術には手出しできないと諦めたのか。はたまた稀少な魔晶石の誘惑に負けたのか。王子誕生に沸くアストラダム王国の脅威に焦りを見せたのか。
いずれにしろ、宣戦布告もなく一方的に侵略戦争を仕掛けたのであれば、帝国は世界中から非難を浴びる蛮行を犯したことになる。
「すぐにでも状況を把握し、手を打つべきかと」
険しい表情のマドリーヌ伯爵に、レイモンドは宙を睨んで考えを巡らせた。
そんな中、重苦しい空気に相応しくない鈴の音のような声が沈黙を破った。
「一つ。とても簡単で確実な方法がございますわ」
産後の体を物ともせず寝台から抜け出したセリカ王妃は、ニンマリと微笑んだ。




