柳絮之才
「母になる心構えでもしようと思って。陛下も久しぶりに子供達に会いたいと仰るのでここに来てみましたのよ」
子供達の笑い声が賑やかな周囲を見渡しながら、自らの腹に手を置くシュリーはシルビアにそう説明した。
「陛下は子供達から慕われておりますものね。そして王妃様も、皆に好かれておりますわ」
温かく微笑んだシルビアは、キラキラした瞳で王妃を見上げる子供達を見回す。
「私はあまり子供が得意ではないのだけれど。子供に好かれるようなことをしたかしら」
不思議そうなシュリーを見て、シルビアは笑みを深めた。
「子供は美しいものが好きですから。それから強いものと、神秘的なものも。そして自分に益をもたらすものには自然と好意を抱くのです」
「そういうものなのね。珍妙だこと」
子供達を見ながらその不思議さに考え込むシュリー。そんな妻の姿を見て、レイモンドはふと前々から気になっていたことを妻に問い掛けた。
「そなたの父や兄のことはよく聞くが、母の話は聞いたことがなかったな。そなたの母君はどのような人なのだ?」
レイモンドの問いに、シュリーは笑顔で答えた。
「さて。知りませんわ」
「知らない……とは?」
「私の母は私を産む時に亡くなりましたので。母の記憶は何一つ無いのです」
何の気負いもなくそう言って肩をすくめたシュリーに、レイモンドは目を見開いた。
「それは……」
「どうぞお気になさらないで下さいまし。元々体が弱かったところを父に無理矢理孕まされたと聞いておりますわ。早く楽になれて母も私に感謝しているのではないかしら」
「……」
レイモンドの顔を見たシュリーは、眉を下げて夫の頰に手を伸ばした。
「あらあら、まあまあ。私のシャオレイ。そのようなお顔をなさらないで下さいませ。私の母なんぞ、その辺に幾らでもいる普通の女でしてよ」
そのシュリーの言葉にいち早く反応したのは、興味なさげに頬杖を突きながら話を聞いていたジーニーだった。
「いやいや。あの幻族のたった一人の末裔が普通の女だって? 皇帝が君の母を手に入れるのにどれ程の人間を虐殺したと思ってるんだ?」
「はあ……。母を探す為に村を焼いて回った父の話は止めて頂戴。反吐が出るわ」
あまりにも穏やかではない雰囲気の話に、レイモンドは眉を寄せた。
「ジーニー、どういうことだ?」
国王からの問いに、ジーニーは睨むシュリーを無視して答えた。
「この王妃様の母親、幻貴妃は、釧の長い歴史の中で伝説になっている一族の最後の末裔だったんですよ。出鱈目な力を持ち秘術を操る美しい一族。四つ前の王朝では政権を掌握していたとか。幻族には龍の血が流れているやら、朱雀を始祖に持つやら。色んな噂がありますが、とにかく釧では神格化されてる一族なんです。その力を手に入れるために皇帝が無茶をしたってわけですよ」
釧の者なら誰でも知っている幻族の末裔と皇帝、そして皇帝の無体の結果生まれたシュリーの話を暴露したジーニー。
言葉を失うレイモンドに、シュリーはいつもと変わらず堂々と胸を張った。
「どのみち母は死んだのですわ。力も弱く病弱だった母の死により幻族の秘術も真相も闇の中。私は母の一族の悲運を背負うつもりも、父の一族の栄光と堕落を享受するつもりもないのです。今ここにいる私は他の誰でもない、陛下の妻なのですから」
「シュリー……」
ニヤリと笑った王妃は、彼女の夫が何よりも慕わしいと思うその黒曜石の瞳を煌めかせたのだった。
「あら、陣痛が始まったようですわ」
とある日の長閑な午後のひととき。政務の合間に時間を見つけて最愛の王妃とティータイムを楽しんでいた国王レイモンド二世は、妻の一言にポトリとティースプーンを取り落とした。
あら、お茶がなくなってしまいましたわ。のテンションで発せられた王妃の言葉を受けて、周囲に一瞬の沈黙が落ちる。しかし、次の瞬間には王宮は大混乱の渦に飲み込まれた。
「シュリー!」
「娘娘!」
「王妃様!!」
「今すぐ侍医を!!」
国王から侍女から従者から護衛に侍従にメイドまで。ありとあらゆる者が忙しなく動き回る中、あっという間に運ばれた王妃。
侍医が駆け付け出産の準備が整えられ、国王自ら王妃の手を握り待つこと数刻。驚く程に呆気なく、王宮中に産声が響いた。
アシュラ・デイ・アストラダム。
名君と名高いアストラダム王国国王レイモンド二世と、救国の女神の異名を持つセリカ王妃の第一子である王子。
王族の象徴である黄金の瞳、王妃から受け継いだ濡烏の黒髪と強大な魔力。見る者を蕩けさせる愛らしい面立ち。
後にアストラダム王国の王太子となり、王位を継ぐことになるその王子は、ティータイム中に産気づいた王妃によりあっさりと産み落とされたのだった。




