仙才鬼才
シュリーは早速地図を指してシルビアに問い掛けた。
「フロランタナ領の奥にある、山に囲まれたこの場所。どういう場所か覚えてらして?」
「そこでしたら、山に囲まれている上に小さな湖があって、行き難く何もない場所として主人は捨て置いておりましたわ。あ、ですが一つだけ。日照りのひどい年にもこの近くの農村では作物が実り、珍しくあの人が褒めていたのを覚えておりますわ」
「あら、そう。有り難う。作物に良い作用を与えるのなら、邪気や瘴気の心配は無さそうね。やはり純度が高くて良質な魔晶石が採れそうですわ」
シュリーと目が合ったレイモンドは、目を細めて頷いた。
「ああ。そなたがそう言うのであれば、魔晶石の採掘を国の優先事項として発議しよう。それと、そなたが魔塔に作らせた常夜灯も評判が良い。燃料が要らない上に夜になれば自動的に灯るとあって、わざわざ夜に蝋燭を灯して回る手間が無くなったと王宮の侍従長が感動していたぞ」
それを聞いたシュリーは嬉しそうにジーニーに目を向ける。
「あれはジーニーとドラドに任せたランプを改良したものです。私は釧の道術とアストラダムの魔術を組み合わせてみては、と提案しただけですわ。全ては彼等の功績でしてよ」
「そうか。あの常夜灯についても国中に設置して他国にも輸出を考えている。となれば、ジーニー。そなたにも功績に応じた褒賞が必要だな。望みはあるか?」
国王からの問い掛けにジーニーが答える前に、シュリーが横から昔馴染に忠告した。
「〝死体〟は駄目よ。貴方に大量の死体を与えると碌なことになりませんもの。今後は貴方の名も広まるでしょうから、あまり妙な奇行はしない方がよろしいわ」
それを聞いたジーニーは、最初から死体は諦めていたのか、ヤレヤレと首を振って面倒臭そうに頬杖を突いた。
「それなんだけどなぁ。君も知っての通り、僕は基本的に注目されるのが好きじゃないだろう? 目立たず影でコソコソする方が性に合ってるんだ。だから僕の発明については、君の名で発表したらどうだ?」
ジーニーからの思い掛けない提案に、シュリーは大きな瞳を瞬かせた。
「……それは。なかなかいい案だわ」
「だろう? 商売的にもいい宣伝文句になるじゃないか。セリカ王妃の発明した魔道具。これが世界中に広がれば、アストラダム王国としても釧出身の僕の名が出るより効果的だ」
「しかし、そなたは本当にそれで良いのか?」
レイモンドの気遣わしげな視線に頭を掻きつつ、ジーニーはあっさりと頷いた。
「ええ。僕は別に、後世に名を残そうなんてこれっぽっちも思ってないんで。そんなことより、ドラドのことを何とかしてくれませんか。あれ以来会ってもくれなくて困ってるんですよ。このままフラれたらどうしてくれるんですか」
ジーニーのその切実な訴えに、レイモンドとシュリーは呆れ果てた目でジーニーを見遣る。
「そう言われてもな」
「自業自得ではないの。初心な私の弟子に手を出すだなんて」
「冷たいなぁ。実に冷たい。祖国を捨てこの国に残った僕に対して、そんなに冷たい態度を取るなんて。この国の国王夫妻はなんて非道なんだ」
態とらしいジーニーの詰りに溜息を吐いたシュリーは、失恋寸前の昔馴染に向けて言い放った。
「まあ、手を出してしまったものは仕方ないわ。貴方達が上手くいってくれないと、今後の魔道具開発や魔晶石の調査に支障がありますもの。こうなれば無理にでも手篭めにしておしまいなさい」
「やっぱりそれしかないか」
物騒なことを言い始めた釧出身の二人に頭を抱えながらも、レイモンドは静かに二人の会話に割って入った。
「いや、そもそも。ジーニー、そなた。ドラドにその想いを言葉にして打ち明けたことはあるのか?」
「…………え」
思いもよらない国王の言葉に、ジーニーは暫く固まった。
「まさか、何も告げず手だけ出したわけではあるまいな」
「……」
そっと目を逸らしたジーニーを見て全てを悟った夫婦は、長く重い溜息を吐いた。
「まずはそこからだろう。下手をすればドラドは良からぬ勘違いをしているかもしれない」
「昔から人として終わっているとは思っていたけれど、ここまでだとは思ってなかったわ」
二人の反応などお構いなしに、ジーニーは一人で納得したようだった。
「そうか。そういうのが大事なのか。考えてみれば陛下はいつも甘ったるい言葉を小蘭に囁いているしな。うん、参考にしてみるよ。ありがとう、陛下」
助言を得て嬉しそうなジーニーが微笑めば、レイモンドも深く頷いて応えた。
「ああ、健闘を祈る」
シュリーの心臓を破裂させる夫を参考にするのはドラドの心臓が持たないのでは、と思ったシュリーだが、あの奥手な弟子にはそれくらいの方が良いかもしれないと思い直して指摘するのは止めておいた。
三人がとんでもない話をしている間にも、シルビアは興味深げに覗き込んでくる子供達の耳を塞ぎ、養蚕の仕事をする子供達の世話を焼いたりと、忙しなく動いていた。
「シルビア、貴女。以前よりずっと良い顔をしているわね」
そんな彼女を見て目を細めたシュリーが声を掛けると、シルビアは丁寧に頭を下げた。
「王妃様のお陰ですわ。思い返せば私は、昔から子供が好きでしたの。夫があのような男だったのですっかり忘れておりましたけれど。こうして子供達の純真さに触れておりますと、幼い頃弟と過ごした眩しい時間を思い出しますわ。そして息子の幼少期のことも……」
「ダレルは体が弱くとも、父親に邪険に扱われた過去があっても、今は才能を発揮して強く生きているわ。貴女はきっと、良き母なのでしょうね」
「王妃様も母となられるのですわね」
シュリーの膨らんだ腹を見たシルビアは、感慨深げにそう呟いた。




