表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】その王妃は異邦人  作者: sasasa
第二部 〜才ノ章〜
65/88

人才




 




「少々痛むかもしれないけれど、こんなになるまで黙っていたことの代償だと思って耐えなさい」


 痛々しいランシンの左手に触れたシュリーは、そう言うと真言を誦しながら片手で印を結んだ。


「……ッ!」


 するとランシンの腕に巻き付いていた黒蛇釧はのたうち回る蛇のようにうねり、先からボロボロと崩れてあっという間に消滅した。


 締め付けられた跡だけが残った左腕を呆然と眺めながら、あまりにも呆気ない自由にランシンは暫くの間放心していた。


「シュリー、問題はないか?」


 恐る恐る問い掛けたレイモンドを振り返り、シュリーは美麗に微笑む。


「勿論ですわ。この子から魔力を奪い取って使いましたので、それほど魔力を消耗しないで済みました。何より膨れ上がっていたこの子の魔力を減らせて体が楽になりましたわ」


 腹を撫でながらクスクスと笑う、自分の子にすら容赦のないシュリーを見てホッと胸を撫で下ろしたレイモンドは、妻の肩を抱き寄せると放心するランシンへと目を向けた。


「ランシン、そなたはどうだ?」


「あ……、問題ありません」


 どこか現実味のない顔で二人を見上げたランシンは、自分を蝕んでいた手枷がもうないのだと実感すると、まだ痛々しい跡の残る腕で丁寧に拱手をした。


娘娘(ニャンニャン)、陛下、申し訳ございませんでした。そして心からの感謝を申し上げます」


「そんなことはどうでもいいわ。それよりも、黒蛇釧を失い釧での身分を失くしたお前は、これからどうしたいの?」


 ランシンの謝罪と感謝をさらりと流したシュリーが問えば、ランシンは迷うことなくレイモンドへ頭を下げた。


「レイモンド国王陛下、お願いでございます。どうか何者でもなくなったこの私を、陛下と娘娘(ニャンニャン)の側付きとしてこの国に置いて頂けませんでしょうか」


「シュリーだけでなく、私の元にも仕えたいと?」


「はい。お許し頂けるのであれば。この生涯を賭けてお二人の元にお仕えしたいのです」


 切実な瞳のランシンを見て、レイモンドはそっと苦笑を漏らしながら頷いた。


「ああ、分かった」


 自由を手に入れた途端に願うのがそんなことなのかと、ランシンの境遇に想いを馳せつつ、ただただ受け入れたレイモンドは、ふと以前妻から聞いた話を思い出した。


「実はな、シュリーから聞いて嬉しかったことが一つある。そなたは私がいない場でもシュリーと話す時にアストラダム語で話しているらしいぞ。自分では気付いていないのではないか? そなたは既にこの国の人間だ。優秀なそなたが側にいてくれれば心強い。これからも宜しく頼む」


 驚くランシンを見て更に笑みを深めるレイモンドの横から、黙って話を聞いていたシュリーが声を上げた。


「お待ち下さい。私からも一言よろしいかしら」

 

 不安そうなランシンを見下ろしながら口を開くシュリー。


「よいこと? 今後お前がすべきことは、何かあれば私や陛下を信じて頼ることよ。一人で耐え忍ぼうだなんて高慢な考えは捨てることね。でなければもう側には置かなくてよ」


 厳しい物言いとは裏腹に、シュリーの瞳は優しかった。国王夫妻の温かな眼差しに迎え入れられたランシンは、緊張が解けて眉目秀麗な無表情を歪ませ、黒い瞳からボロボロと涙を流した。


「……是」


 何とか頷いたその声は震えていた。


「あらあら、まあまあ。この子ったら、しょうのない子ね」


 日に日に心臓に近付く呪いを目の当たりにするのはどれ程怖かったことか。それでも二人の幸せを壊したくはないと一人で口を噤んでいた不器用で優しい青年に、シュリーとレイモンドは苦笑を浮かべながら手を差し伸べたのだった。










『なんてことをしたんだ!? 紫蘭(ズーラン)! 黒蛇釧を破壊したのか? 正気か? 皇帝陛下の子飼いを解放するとは、陛下に対する反逆だぞ!? 絹の件と磁器の件も相まってお前は万死に値する!!』


 水を差すように怒鳴る兄に向けて、いい加減にうんざりしたシュリーは鋭い声を上げた。


「閉嘴(お黙りなさい)!」


 魔力の混じった威圧に尻餅をついた皇太子は、信じられないものを見るかのように妹を見上げた。


『あ、兄に向けてなんてことを……』


『妹からの敬意をご所望なら、もう少しマシな言動をして頂きたいものですわ。釧を出立して随分経つはずですのに、まだお分かりになりませんの? 兄様、この世界は釧が全てではございませんのよ』


 シュリーは、異国の地に滞在することで物分かりの悪い兄が少しでも考え方を改めてくれるのを期待していた。しかし、この期に及んで何一つ学ばない兄の姿にこれ以上の期待は無駄だと判断した。


 そうとなれば、この分からず屋の兄の目を覚まさせるのは、荒療治が一番手っ取り早い。


『こんなものが何だと言うのです』


 左腕から皇帝の証である釧の国宝、金玉四獣釧を抜き取ったシュリーは、兄の目の前でそれを床に放り投げ、足を上げた。


『や、やめろ……ッ!!』


 顔面を蒼白にした皇太子の悲痛な悲鳴が響く中、シュリーは兄が生涯を賭けて手に入れたいと欲する金の腕環を無惨にも踏み付けにした。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] なるほどー、あそこの会話シーンがこの伏線か [一言] 兄ェ… なぁに、踏み付けただけで『踏み砕いた』とはなっていないからw 反逆。はぁ、それで?何が起きるんです?兵でも差し向けます?距離…
[一言] メリークリスマス? 我が子の膨大な魔力を奪い(多分すごく高度な)術を施しておいてケロリとしているシュリーと、そんな彼女が無事ならとホッとしてしまうレイモンド。安定の二人ですね(笑) そ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ