青二才
『紫蘭! いったい何がどうなっているんだ!?』
「……五月蝿いのが来ましたわねぇ」
忙しい合間を縫って愛するレイモンドとティータイムを楽しんでいたシュリーの元に、顔を真っ赤にして駆け付けてきたのはシュリーの兄、釧の皇太子雪紫鷹だった。
『懐妊しただと!? 正気か、本当に異国の王の子を産む気か!? 父上がそなたの子にどれだけ期待を寄せていることか……! それに、あの絹と磁器は何だ!? 何故この国で絹が紡がれ磁器が焼かれている? まさか蚕をこの国に持ち込み磁器の秘術を異国人達に教えたのではあるまいな!?』
今更な話を大声で捲し立てる兄に、シュリーは悪びれることなく微笑んだ。
『兄様、最近すっかりお姿が見えず、この国にいらっしゃるのを失念しておりましたわ。いつまで滞在するおつもりですの? 流石に厚かましいと思いませんこと?』
『なっ……!』
少しの遠慮もない妹の言葉にダメージを受けながらも、紫鷹は声を荒げた。
『こんなことをしてタダで済むと思っているのか!?』
『あら。この私をどうこうできるような者がいるとでも?』
胸に手を当てたシュリーが挑発的な笑みを見せたその瞬間、呑気で場違いな声がその場に響く。
「陛下、王妃様! 見て下さいよこれ。ドラドと共同で作った新しい魔道具、すごく良い感じなんですよ」
デレデレと目尻を下げてやって来たのは、ドラドを引き連れたジーニーだった。隣のドラドは積極的な異国の公子に戸惑い気味なものの、ジーニーにされるがまま手を引かれている。ジーニーの恋もそこそこ上手くいっているらしい。
レイモンドとシュリーはそんな二人へと微笑ましい目を向けた。
『金公子! 其方までいったい何をしているのだ!?』
しかし、皇太子からすればこの状況はちっとも微笑ましくない。寧ろ、味方として釧からはるばる連れて来た公子が、異国の地ですっかり異邦人に馴染んでいる姿に衝撃を受け、怒りを露わにした。
『金黙犀! この頃コソコソと動き回っているかと思えば、いつの間にやら異国語を喋り敵と馴れ合うなど言語道断ッ!!』
ビシッと指を差して大声で怒鳴り散らした皇太子とは裏腹に、その場にいた者達の反応は何とも冷静だった。
『殿下、少々声が大きいです。耳が痛い』
『兄様。折角の安らかな午後のひと時が台無しですわ。お帰り願えませんこと?』
『義兄上殿。王妃は身重なのだから、声量には配慮して頂けないだろうか』
三者三様に窘められた紫鷹は、ワナワナと身を震わせた。
『絶対に諦めぬ! 私は何としてでも朝暘公主を連れ帰らなければならぬのだ! この銀玉瑞祥釧に賭けて!』
袖を捲り左手首に光る銀の腕環を見せ付けながら誇らしげに宣言する兄を、シュリーは冷めた目で見遣る。
『そんなにその腕環が大切なのですか? そんなものに拘っている間は、兄様が天下を取る日は永遠に来ないでしょうね』
『……っ!!』
渾身の宣言ですら妹に軽くあしらわれた紫鷹。異国の地でただただ時間を浪費し何の成果も出せていない皇太子は、足を踏み鳴らしてその場から立ち去った。
「殿下は苛立ってるんですよ。毎日机の上で策略ばかりを捻り出してはいますが、何一つ上手くいかないんで。そんな無駄なことはしないでもっとやるべきことがあるんじゃないかと思いますけどね」
仮にも皇太子に対して容赦のないジーニーは、他人事のように紫鷹が去った方を見て首を振った。
「あー、それで。魔道具の説明は後にして、僕に頼みたいことがあるとか?」
気を取り直したジーニーが、兄のことなど少しも気にしていないシュリーに問い掛けた。
「そうそう、ジーニー。貴方の意見を聞きたいのだけれど、私のこの腹に宿っている子のことをどう思って? 何やら強い力を感じるのだけれど」
そう言われ、素直に指で窓を作りシュリーを見たジーニーは、うーんと唸った。
「……そうだなぁ。君の言う通り、ちょっとばかり霊力が強過ぎると思う。普通だったら母体が破裂するくらいの力だ。常人なら保たないだろうねぇ。君だから何とかなってるけど。産むのは君にとっても子にとっても危ないんじゃないかい?」
「医者と同じことを言うのね」
溜息を漏らしたシュリーに向けて、今度はジーニーの隣に立つドラドが口を開いた。
「お師匠様、私も同意見です。異常な魔力が日に日に強まっております。このままでは、いつ御子の力に飲み込まれてもおかしくありません」
「まあ、ドラドまで。大袈裟ねぇ。問題ないわ。私の子の分際で、この私に勝てるわけないでしょう。異常な魔力が何だと言うの。そんなものは幾らでも私の力で押さえ付けてやりましてよ。そうでございましょう? シャオレイ」
不吉な見解を述べる二人を鼻で笑ったシュリーは、肩をすくめて隣の夫を見上げ、固まった。
「……陛下?」
「………………そんなに危険なのか?」
顔面蒼白になったレイモンドが、体と声を震わせる横で。心配する夫の様子が可笑しくて仕方ないシュリーは、必死に笑いを堪えたのだった。




