才華爛発
国王レイモンド二世は、愛する妻であるセリカ王妃を見て深い深い溜息を吐いた。
その姿が、あまりにも美し過ぎたのだ。
「陛下、如何なさいましたの?」
「いや……、そなたの美しさに心臓が止まりそうだ」
大真面目なレイモンドの言葉に、シュリーは大きな瞳を見開き、次の瞬間にはクスクスと笑い出した。
「何を言い出すかと思えば……貴方様こそ、今日は誰よりも輝いていらっしゃいますことよ、私のシャオレイ」
生地から揃いで作られた衣装に身を包んだ二人は、互いに見惚れながらレイモンドの即位一周年を祝う式典に向かった。
「初めて夜会に出た時のことを思い出しますわね」
すっかり慣れ親しんだ夫のエスコートを受けながら歩く王妃は、初夜の翌日に急遽引っ張り出された夜会のことを思い出して懐かしそうに目を細めた。
「あの時だったか、比翼連理の話をしてくれたのは」
「左様ですわ。自信を失ってしまっていた陛下が、こんなにも頼もしくなられるだなんて。貴方様を片翼に選んだ私の目に狂いはなかったようですわね」
空にあっても地にあっても、決して離れることはできない夫婦の契りを交わした二人は、互いの目を見て微笑み合った。
「シュリー、この先も一生こうして私の隣にいてくれ」
「今更何を言うのです。一生どころか来世のお約束もした仲ではございませんか」
強く手を握られたシュリーが戯けて答えれば、レイモンドは真剣な目で妻を見つめた。
「そなたは強く自由で美しい。いつか、その翼を広げて一人で飛び立ってしまうのではないかと、時々不安になる」
思ってもみない夫の言葉に、シュリーは一瞬虚を衝かれた。
確かに、嫁いで来た当初なら、そんな考えもあったかもしれない。しかし、今はこの男と離れるなど、考えただけで身を切られるような悲痛に襲われる。それ程までに、シュリーはレイモンドのことを深く愛してしまっていた。
「陛下、貴方様なしで生きられないのは、私の方ですわ」
引き寄せた夫の手に頰を寄せ、シュリーはいつも浮かべている微笑もなくし、切なげな瞳を夫に向けた。
「シュリー?」
「……私の片翼を捥ぎ取り、私の中に強く根を張り雁字搦めにしたのは他でもない陛下です。何者にも踏み込ませない高嶺の花、朝暘公主だった私を地に落とし、ただの女にしたのは貴方様だわ。残酷な人。貴方様の所為で私は一人で飛ぶことはおろか、歩くことすらままならないと言うのに。ここまで私を縛り付けておいて、まだ私が貴方様なしで生きられると思うだなんて、とんだ思い違いよ。お分かりになりまして?」
レイモンドは思わず妻を抱き寄せていた。華奢な体は初めてそうした時と変わらないはずなのに、すっかりレイモンドの手に馴染み、その甘い香りも今では嗅ぎ慣れてしまった。
落とした口付けでさえ、初めてした時の突き刺すような高揚はなく、ただただ甘やかで幸福なだけの慣れ親しんだ行為になっていた。
移った紅に気付いたシュリーが、夫の口元を拭いながらクスクスといつもの笑みを浮かべる。
「私のシャオレイは、本当に可愛らしいこと」
自分の世話を焼く妻の楽しげな瞳を甘んじて受け入れながら、レイモンドは無意識に呟いていた。
「愛してる」
ピクリと手を止めたシュリーは、顔を上げずに素っ気なく答えた。
「ええ。よくよく存じ上げておりますことよ」
しかし、その頰も耳も朱色に染まっていて、照れ隠しをしていることは明白だった。
「そうか」
「……そうですわ」
そんな妻を愛おしげに見つめながらレイモンドがそう言えば、シュリーは何でもないことのように頷いて、再び手を動かし始めたのだった。
甘い。甘過ぎる。
式典の準備に奔走し、国王夫妻の準備の様子を見に来ていたマドリーヌ伯爵は、本気で口の中に砂糖の味がした。
イチャイチャと音がする程にデロデロに甘やかし合っている熱々の夫婦に割り込んでいけるはずもなく。
一連のラブラブっぷりをただただ傍観するしかなかった伯爵は、ここに来てしまったことを後悔していた。
まだ少し時間があるとは言え、何もこんなところで……と頭を抱えつつ。揃いの衣装に身を包み、荘厳な美を放つ仲睦まじい国王夫妻を見て、この国がいかに安泰であるかをしみじみと実感していた伯爵は、使用人達に目配せをして今暫く夫婦の時間を差し上げるように合図した。
と、そこへ。マドリーヌ伯爵の元に伝令がやって来る。
「ん? 妻が?」
何やら伯爵夫人が急ぎ伯爵に用があるらしい。普段から伯爵の忙しさをよく理解してくれている妻からの、式典直前の呼び出し。
何か緊急事態では、と眉間に皺を寄せた伯爵は、他の者にその場を任せて妻の元へ向かった。
「あなた!」
「どうしたんだ、何かあったのか?」
訝しげな夫に、伯爵夫人は焦った様子で耳打ちをした。
「エクレイア子爵と子爵令嬢を今すぐに追い出して下さいませ。大変なことになりますわ……!」
「なに?」
「それが……」
緊迫した様子の妻に面食らった伯爵は、妻の話を聞いて絶句した。




