浅学非才
シャーロットはその日、苛立った様子で王都のタウンハウスに帰宅した。
シャーロットの父であるエクレイア子爵は自他共に認める親バカで、成人も過ぎたいい歳の娘が子供のように頰を膨らませている様を見ても尚、外で何かあったのではと心配して駆け付ける。
「どうしたんだい、シャーロット。何か嫌なことでもあったのか?」
「嫌なことですって!? そりゃあ、あったわ! 何もかもお父様のせいよ!」
自称〝世界一カワイイ顔〟の鼻に皺を寄せて、シャーロットは金切り声を上げた。
「いったい、何があったんだ?」
「お父様が去年の社交シーズン領地に籠ると言ったせいで、私の人生計画は滅茶苦茶だわ。見てよコレ!」
シャーロットが父親に投げ付けたのは、ドレスのカタログだった。
「なんだ、欲しいドレスがあるなら好きなだけ頼むといいじゃないか」
「違うわ! そんな当たり前のことはどうでもいいのよ! 問題は、王都で流行っているドレスよ! ちゃんと見て!」
娘に言われ、子爵は改めてカタログに目を通した。
アストラダム王国で最も有名な職人、マイエの店のカタログ。よくよく見てみると、そのカタログの半分以上を見慣れない形のドレスが占めていた。
「『セリカ王妃モデル』……? こんなものが王都では流行っているのか。なんと嘆かわしい」
子爵は女性のファッションには詳しくないが、娘が苛立っているということはあまり良いドレスではないのだろうと、取り敢えず否定的な言葉を口にした。
するとシャーロットは父の手からカタログを引ったくり、耳が痛くなるような声を上げた。
「ドレス自体はとっても可愛いわよ! 問題は、誰もそのドレスを私に売ってくれないことよ! どこの店も、私が国王陛下の恋人だって言ったら、私に売るドレスはないって言うのよ!?」
ヒステリックに叫んだシャーロットは、オロオロとする父にここ最近シャーロットの周りで起きていることを愚痴り出した。
「ドレスだけじゃないわ。王都中の誰も、私をお茶会に呼んでくれないのよ! 呼び忘れてたのかと思って、気を利かせてわざわざ乗り込んであげたら皆んな口を揃えて言うの。『王妃様を敵に回したくないから帰ってくれ』ですって! どういうこと!? この可愛いドレスだって、名前を見たら『セリカ王妃モデル』って書いてるじゃない! この国はいつの間にあんな異邦人の王妃に毒されたの!?」
丸めたカタログで父を叩きながら、シャーロットは暴れに暴れた。
「それもこれも、お父様が去年領地に籠ったせいよ! そのせいで私のレイ様があんな野蛮人と婚姻しちゃったんじゃない! あのまま順当にいけば、私が王妃になれていたのよ!? それを……!」
「お、落ち着くんだシャーロット、私の可愛いシャーリー。去年は仕方なかったんだよ。説明したじゃないか。我が家門と親しくしていた者達がフロランタナ公爵に粛清されたと。我々が去年王都に来ていたら、同じ目に遭っていたかもしれない。先王陛下がお亡くなりになり、色々と大変だったんだよ」
娘を宥めるエクレイア子爵は、冷や汗を拭った。
と言うのも、子爵自身も王都や王宮の変わりように度肝を抜かれていたからだった。
たったのワンシーズン。社交の場から遠ざかっただけで、エクレイア子爵家は社交界からも政界からも取り残されてしまっていた。
昨シーズンのうちに何があったのかは風の噂で聞いたが、到底信じられるような内容ではなかった。
東洋から嫁いできた野蛮人の王妃があれやこれやを改革してあっという間に国民の支持を得て、あの恐ろしいフロランタナ公爵を死に追いやった……と。あまりにも真実味のない話に、子爵はこの国に何があったのかと頭を抱えた。
子爵は、娘のシャーロットがアカデミー時代に現国王のレイモンド二世と親交を深め、親密な交際を経て婚約の約束までしていたという話を信じていた。だからこそ、娘を守る為にもフロランタナ公爵から隠そうと領地に籠ったのだ。
それが何故、こんなことになっているのか。今王都を歩けば誰もが王妃を讃え、貧民街があった場所には巨大な街が出現している。しかも、噂では国王と王妃は互いに深く愛し合っていると言うじゃないか。娘のシャーロットというものがありながら、国王はいったい何をしているのか。
何よりも大切な娘がこんな仕打ちを受けていることは、子爵には耐え難い苦痛だった。
「野蛮人の王妃が、私のレイ様を誑かしたに違いないわ! そうして貴婦人達を騙して取り巻きにして、王都の店まで巻き込んでレイ様の真の恋人である私を虐めているのよ! なんて性悪な女なのかしら……! 許せないわっ!」
地団駄を踏んだいい歳の令嬢は、使用人達が耳を塞いでしまう程の金切り声で叫び散らした。
「お前の話はよく分かった、シャーロット。もうすぐ行われる陛下の即位一周年を記念する式典には、全家門が招待されている。そこで陛下にお会いできれば、陛下も愛するお前の現状を知りお力を貸して下さるだろう。噂では、何やら王室から重大発表があるらしいが……」
その重大発表とは、巷では王妃ご懐妊の発表ではないか、と暗黙の了解のように国民が期待に胸を躍らせながら水面下でお祝いの準備を始めているのだが、この親子にはそんな可能性を考える頭がなかった。
「まあ! 重大発表ですって!? それってきっと、私のことだわ! レイ様が野蛮人を追い出して、私を王妃に迎えるって宣言をされるのよ! きゃー! こうしちゃいられないわ! 早く準備しなくちゃ……って、肝心のドレスが買えないのよっ! もう、お父様、何とかしてよ!!」
「そ、そうだな! 取り敢えず、式典に向けてドレスだけでも何とかしなければ……」
エクレイア子爵は、愛娘の為に対策を考えるのだった。




