才弾け
『言っておくけれど、私の大切な家族に手を出したら命は無いものと思いなさい』
シュリーが微笑を浮かべたまま世間話のようにそう言えば、金公子は溜息を吐きながら人差し指と中指、薬指の三本を立てて掲げた。
『分かってるよ。君には幼い頃に手痛い返り討ちに遭ってから逆らうつもりはない。君達に手は出さないと誓うよ。ちょっと面白そうだと思っただけだ』
シュリーに殺され掛けた経験のある公子は、自分とシュリーとの力の差をよく理解していた。故に素直に引き下がり、改めてこの国の国王夫妻を見遣る。
『それにしても、本当に仲が良いんだなぁ。こんなところで逢瀬かい?』
『陛下との逢瀬を楽しんでいたのは事実だけれど、貴方に用があったのよ。どうせ墓でも探して出歩いているのではと思って』
『よく分かったなぁ。西洋の墓を掘り起こして僵屍を作ったらどんなものかと気になってね。あんまり問題を起こすと君の兄さんから怒られるから断念したんだが』
皇太子を兄さん呼ばわりする公子だが、他国で問題を起こしてはいけないと言う最低限の立場は弁えているらしい。ここまで黙って二人の会話を聞いていたレイモンドは、それよりも聞き慣れない単語が気になった。
『キョンシーとは……?』
レイモンドの反応が嬉しかったのか、シュリーが説明しようと口を開く前に金公子が満面の笑みでキョンシーについて話し出した。
『動く死体の化け物ですよ。ちょっとした術式と死体さえあれば作れるんです。まあ、多少凶暴で人を喰らおうとするんですけどね。面白いですよ、ピョンピョン跳ねて可愛いったらない』
ニヤニヤと大好きなキョンシーを語る公子を見て、レイモンドは感心したような声を出した。
『ほう。釧には多様な術があるのだな』
『…………え、それだけですか?』
『ん?』
怖がるでも気味悪がるでもなくただただ感心するというレイモンドの反応に肩透かしを喰らった公子は、不思議そうな顔をする国王へ向けて更に言い募った。
『あー、他にも色々できますよ。例えば……貴方様のご両親や兄君は亡くなっていると聞きましたが、僕の手に掛かれば魂を呼び戻してあげられますよ。墓を掘り起こせば遺体を動くようにもできます。どうです、亡くなったご家族に会いたくはないですか?』
『いや、遠慮する。安らかな眠りを妨げたくはない』
即答した国王に、絶句した金公子は困惑してその隣の王妃を見た。
『小蘭、君の旦那様は何と言うか……変わっているな。今までこの手の話をしたら怯えられるか縋られるか激怒されるかだったんだが。こんなに普通に返答されたのは初めてだ』
本気で戸惑っているらしい公子に気を良くして、シュリーは胸を張った。
『当然でしょう。私の愛する夫をその辺の馬の骨と一緒にしないで頂戴』
『……君がこの国に居着く理由が分かった気がするよ。いいなぁ、楽しそうで』
指を咥えて羨ましそうにする公子。そんな昔馴染へと、シュリーはニヤリとほくそ笑んだ。
『だったら貴方もこの国に住めば良いじゃない。歓迎するわよ? 陛下もそう思いませんこと?』
『ああ、いいんじゃないか?』
『は?』
何を言い出すんだこの夫婦は、と驚く公子に向けてシュリーは他者を魅了するような漆黒の瞳を向けた。
『貴方にとってその琥珀の腕環はそんなに価値のあるものなのかしら?』
『…………っ!』
それは一つの比喩だった。琥珀の腕環とは、金黙犀が腕に通している金家の跡取りの証のこと。つまりシュリーは、公子に向けてそのまま窮屈で退屈な家を継ぐことに価値はあるのかと問うているのだ。
皇帝の寵愛と富、名声、権力、全てを恣にしながらも、何の未練もなく国を飛び出した朝暘公主。そんな彼女にそう言われたことが、金黙犀の心を強く揺さぶった。
『ここにいる間によくよく考えてみることね。ああ、そうそう。どうせ暇を持て余していると思って、誘いに来てあげたのよ。貴方に会わせたい者達がいるから、明日私のところに来てくれるかしら』
『はあ。どうせ暇だからいいけど……』
何かを企んでいそうな王妃に警戒しつつ。公子は、あの朝暘公主が自分に会わせたい者とはいったいどんな人物なのか、好奇心に負けて頷いていた。
『では明日、遣いをやるわ。上等な服を着て、柘榴を持って来て頂戴』
『柘榴?』
『どうせ貴方のことだもの。手荷物に忍ばせているのでしょう?』
『そりゃあ、あるけど……』
不思議そうにしながらも、やることのない異国での滞在にうんざりしていた公子は約束を交わしてその場を去った。
「そなたのことは信頼しているが、頼むから無理だけはしないでくれ」
夫から真剣にそう言われたシュリーは、愛しげに目を細めながら頷いた。
「分かっておりますわ。この身もこの腹の子も大切にしますから、安心して下さいまし」
繋いだ手に力を込めて美麗な笑みを見せるシュリー。過保護を発動しつつもシュリーを縛り付けることは不可能だと理解しているレイモンドは、異国の貴公子が去って行った方角を見遣った。
「……金公子は懐妊のこと、皇太子に話すだろうか」
「いえ。あの男は基本的に面倒臭がりですから、火種になりそうなことをわざわざ兄様に話したりはしませんわ」
それを聞いたレイモンドは複雑な顔で妻を見た。
「そなたは彼のことをよく分かっているのだな」
ぼそっと呟かれたその言葉に、シュリーは瞳を煌めかせる。
「あらあら、まあまあ。妬いているのですか?」
「……少し。だが、そこまで心配も不安もない。そなたに相応しい男は私だけだ。そうであろう?」
「勿論でございますわ! 陛下ったら、いつの間にこんなに頼もしくなられたのかしら」
口では茶化しながらも、見るからに嬉しそうなシュリーは、繋いだ手を引き寄せて夫の肩に身を寄せた。
「そなたのお陰で私も自分を信じることができるようになったのだ。それに……あの公子に関しては、そなたの許婚と聞いた時は不快だったが、今は何故だかそういう心配が全く起こらない」
それを聞いてシュリーは堪え切れずケラケラと笑い出した。
「ああ、まったく。私のシャオレイは。前から思っておりましたけれど、なかなか勘が鋭いお人ですわね。仰る通り、私と金黙犀には、絶対に何も起こりようがないのですわ」




