同始異終
幼い頃は幸せだった。
厳しくも優しい両親と、優秀な王太子である兄。
何不自由なく。欲しいものは与えられ、学びたいことは何でも学べた。確かな家族の愛の中、好きなことを好きなだけできた。
しかし、そんな暮らしはある日突然壊れてしまう。
その日、一緒に絵の授業を受けていた兄が冗談で『画家になりたい』と言った。すると父は怒り出し、『お前は王太子なのだからそんなことは許さない』と説教した。
好奇心に負けた私は、『僕も画家になりたい』と言った。そうすると父は少しだけ考え、『お前がそうしたいなら好きにしたらいい』と言った。
その時思ったのだ。私は兄の代替品でしかなく、私の将来は父にとってどうでもいい事柄なのだと。
言いようのない虚無感と絶望が私を襲った。
尊敬し、愛していたはずの兄が。どうしようもなく憎く妬ましく思えてならなかった。
それからの日々は地獄だった。
兄の影に隠れ、何をやっても兄の方が褒められる。そのことに気付いてしまえば、劣等感は重く深く増大していった。
兄が褒め称えられる横で、私はただ立ち尽くし、何でもない顔をして耐えるしかなかった。
だからなのか。
自分と全く同じ境遇の甥を見て、その人生を滅茶苦茶にしてやりたいと思うほど無性に腹が立ったのは。
取り澄ました顔を、絶望に歪めてやりたいと思ったのは。
自らの手で何もかもを与えてやり、その上で一つずつ奪い取って苦しむ様を見たいと渇望したのは。
全ては、何一つ不満のないような顔をした甥が、最も忌まわしい己の過去に重なって見えたからだったのかもしれない。
王妃暗殺の報せを待っていたフロランタナ公爵は、王宮の騎士により捕えられた。
「離せ! 私が何をしたと言うんだっ!?」
「……正直に白状する気はないか」
引き摺り出された玉座の間で、国王であり甥であるレイモンド二世に問い掛けられ、公爵は歯を剥き出しにした。
「何のことだ!? こんなことをして良いと思っているのか、レイモンド!」
「……フロランタナ公爵。いや、叔父上。いい加減に観念して下さい。これが最後です。自ら罪を認めるなら、命だけは助けましょう」
甥の慈悲を、公爵は真っ向から破り捨てた。
「二番手の分際で! 所詮は兄の代替品でしかない分際で! いい気になるなっっ!!」
溜息を吐いたレイモンドは、自慢の口髭を乱して吠える叔父に一言だけ投げ掛けた。
「…………それは、誰の話ですか?」
目を見開いた公爵は、漸くこの状況を認識した。レイモンドはもう、王太子であった亡き兄の代わりでもなければ、二番手でもない。紛うことなきこの国の国王で、公爵が握っていたはずの政権をその手に収め、国民からの支持も受けて誰よりも高みに立っている。
片や公爵は、未だに兄の亡霊に囚われ、権力も失くし、縛り上げられている。
二番手の代替品は、どちらなのか。論じるまでもない。
「昨日、王妃の乗った馬車が襲われた」
「……っ」
「それも私の目の前で。幸い王妃は無事だったが、その際に現行犯としてアルモンド卿を捕えた」
「……!」
公爵は、唇を噛み締めてレイモンドと目を合わせようとしなかった。
「アルモンド卿と、そして公爵夫人が証言した。此度の王妃暗殺未遂、そして先王と王妃、王太子の暗殺。どちらも公爵、そなたの指示であったと」
「なっ……!?」
公爵は驚きに目を見開いた。絶対に裏切ることのないはずの二人が、まさか自分を裏切ったなど、到底信じられなかった。
「もしこれがそなたの所業であれば、先王崩御の際逆賊の汚名を着せられて粛清された国王派の貴族達は無実と言うことになる。その罪は更に重くなるであろう。証拠も揃っている。シュリー」
「はい。陛下」
レイモンドの隣にやって来た王妃は、襲われたと言うのにピンピンしていた。傷一つなく、いつもの眩しい程の美貌と微笑みで公爵を見下ろす。
「何から出しましょうかしら。まずこちらは、先王陛下暗殺の際に矢尻に塗られていた毒ですわ。今回私が乗った馬車の馬と、私や陛下を狙った矢にも同様の毒が仕込まれておりました。こちらは王都の薬屋が上客のみに特別に調合したもの。毒を受け取ったのはアルモンド卿でしたが、薬屋の顧客リストに載っていたのはフロランタナ公爵のお名前でしたわ」
小瓶を振ったシュリーは、続けて別のものを取り出した。
「それからこちら。公爵夫人よりお預かりした、釧の皇家から公爵家に届いた書状です。釧の皇女をアストラダム国王レイモンド二世に嫁がせるという内容が記されております」
釧の言葉で書かれた書状をヒラリと広げるシュリー。
「ですがおかしいのですわ。この書状が公爵家に届いたのは、先王陛下が崩御された翌日のこと。釧からの書状ですもの。どんなに速くとも届くまでに三ヶ月は掛かる手紙に、何故〝国王レイモンド二世〟の名が記されているのかしら。この書状が書かれた頃は先王陛下がご存命で、王太子殿下もいらっしゃったと言うのに。どう思われまして?」
「…………っ!」
「答えはこちらに。これは私が釧から持ち出した、釧の皇家に宛てたフロランタナ公爵直筆の手紙ですわ。ここには、『近々即位予定の国王レイモンド二世』の花嫁についての打診が書かれております。先王陛下がお亡くなりになる数ヶ月も前の手紙ですのに。まるで先王陛下と王太子が崩御し、レイモンド陛下が即位されるのを知っていたかのようですわね」
「ぐっ……!」
何も言い返せない公爵を見て、レイモンドは静かに告げた。
「これらの証拠、実行犯のアルモンド卿の証言により、王妃暗殺未遂と先王一家暗殺の罪でフロランタナ公爵家及びアルモンド侯爵家は取り潰しとする。そして主犯のフロランタナ公爵とアルモンド卿を斬首刑に処する。言い逃れはあるか、公爵」
「……何が、……だ?」
下を向いて震えながら。公爵は、何かを呟いた。
「なんだ?」
レイモンドが聞き返せば、公爵は顔を上げて血走らせた目で甥を睨みつけた。
「私とお前、何が違うと言うのだ!?」
読んで頂きありがとうございます!
餃子の効果(?)で生まれたシュリーとレイモンドの息子が登場する短編を書きました。
短編【どうやら私が聖女なのですが、望み通り追放されてあげようと思います。】
旧タイトル:『予言に該当する聖女候補が二人いて、聖女だった方は王子と結婚するそうです。どうやら私が聖女なのですが、もう一人の聖女候補と王子が恋仲になって私を邪魔者扱いするので、望み通り追放されてあげようと思います。』(諸事情により改題してます)
こちらもお読み頂けると幸いです。




