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【書籍化】その王妃は異邦人  作者: sasasa
第一部 〜異ノ章〜
37/88

異業の術




「シュリー!!!」




 馬から飛び降りたレイモンドが駆け寄ると、絶壁の下では叩き付けられた馬車が大破していた。


 はぁはぁと、己の荒い息遣いだけが聞こえる中で、レイモンドは現実を理解したくはなかった。


 両手両膝を突きガクガクと震えながら、ただただ愕然とするレイモンドに向けて、何処からともなく矢が飛んでくる。


 その気配を確かに感じながらも、レイモンドは動かなかった。遅れて来た護衛達の叫び声が聞こえたが、もう何もかもがどうでもよかった。


 寧ろこんな結末ならばここで終わりたい……とさえ思い目を閉じたのだが、しかし。


 そんなレイモンドの耳に、闇を裂くような玲瓏な声が響く。



「言いましたでしょう? 私は、例え地獄に堕ちようとも貴方様のお側に舞い戻りますわ」



「……シュリー!」


 レイモンドに向かって飛んで来た矢は、レイモンドに届く前に燃え上がり灰になった。


 次に来る矢も、その次の矢も。レイモンドに届かず、まるで見えない壁に当たったかのように燃え落ちる。


 それどころではないレイモンドは妻の声が聞こえた方を見て、思わずポカンと口を開けた。


「……そなた……と、飛べたのか?」


 それはあまりにも間抜けな声だった。レイモンドの元に駆け付けた護衛達も、涼しい顔で宙に浮く王妃を見て目と口をこれでもかと開いた。


「これは仙師の御剣の術ですわ。剣に霊力を込めて操り、その上に乗っているのです。私、仙術や武術にも多少の心得がございまして。軽功を使えば剣無しでも飛べるのですけれど、御者がおりましたので一緒に乗せてやりませんとでしょう?」


 恐怖に凍り付く御者を地面に降ろしてやりながら、シュリーは崖の下を覗き込んだ。


「……流石に馬は救えなかったわ。可哀想に。酷いことをするものね」


 悲しげに呟いたシュリーが剣から降りると、レイモンドは一目散に妻の元に駆け寄り抱き締めた。


「無事か? 怪我は?」


「ございませんわ。それにしてもシャオレイ。どうしてここに? まさか、私を追いかけて来て下さいましたの?」


「それは……っ」


 馬車ごと転落しても尚、あっけらかんと笑うシュリーは、泣きそうに震える夫に気付いて苦笑を漏らした。



「困った人ね」



 愛おしそうにレイモンドの金髪を撫でながら、シュリーが矢の飛んで来た方向に目を向けると。まだこちらを狙う殺気があった。


「それにしても。私に手を出すだけならまだしも。私のシャオレイに矢を向けようだなんて。死にたくて死にたくて堪らない者共がいるようね」


 レイモンドの腕から抜け出たシュリーは、隣に佇む侍女へと手を差し出す。


「リンリン」


 リンリンが渡した弓を構えたシュリーは、流れるような動作で舞うように一気に五本の矢をつがえて放った。


 次の瞬間にはあちこちからちょうど五つの断末魔の悲鳴が聞こえ、レイモンドは呆気に取られる。


「今ので倒したのか?」


「いいえ。どうやら腕が鈍ってしまったようですわ。一人仕留め損ねてしまいました。頭を狙ったのですけれど、肩に逸れてしまいましたわ」


 苦笑するシュリー。頰が引き攣るレイモンド。


「……それはつまり、四人は頭に命中したと?」


「はい。即死でしょうね」


 クスクス笑うシュリーは、キラリと黒曜石の瞳を煌めかせた。


「さて。傷を負った体でどこまで逃げられるかしらね。存分に甚振って差し上げませんと腹の虫が治らないわ」


「……あー、シュリー。話が聞きたいので生きたまま捕まえて来なさい」


 妻の物騒な気配を感じ取ったレイモンドが言うと、シュリーは花が綻ぶように美しく微笑んだ。


「陛下がそう仰るなら仕方ないですわね。分かりましたわ。()()()()()でお持ちしますわ。ランシン、行くわよ。リンリン、陛下をお守りしてね」



 そう言ってランシンと共に一瞬で森の奥に消えたシュリーは、一分もしないうちに戻って来た。


 優雅に歩くシュリーの後ろでは、痛ましい姿のアルモンドを抱えたランシンがいつもの無表情で付き従っていた。



「陛下、言い付け通り、捕まえて参りましたわ」


 肩に矢が刺さり、脚が折られているようだが、ちゃんと生きた状態で地面に下ろされたアルモンドを見て、レイモンドは問い掛けた。


「公爵の差金か?」


「…………っ!」


 答える気はないとでも言うかのようにそっぽを向いたアルモンド。すかさずシュリーはその唯一無事な腕を踏み付けた。


「ぐぁッ……!!」


「陛下が聞いておられますでしょう? きちんとお答えなさったらどうかしら? ねぇ、聞こえてますこと?」


「シュリー、痛々しいのでグリグリするのはやめてあげなさい」


 レイモンドが額を押さえながら言えば、シュリーは素直に足を退けた。アルモンドは痛みに顔を歪めながらも、絶対に答えないと言う姿勢を貫いていた。


「思ったより強情ね。そうだわ、卿にとても良いことを教えて差し上げますわ。私に目を付けられて、五体満足で息をしていられるだなんて。公爵は、とても幸運ですのよ」


 クスクスと笑うシュリー。


 レイモンドにとっては見惚れる程に可愛らしい笑顔だが、アルモンドやここまでのあれこれを見ていた国王の護衛達にとっては、鳥肌が立つ程に凶悪な笑みに見えた。


「釧ではね、五馬分屍と言って、四肢と頭を馬に引かせて八つ裂きにする処刑方法がありますのよ。皆さんも見てみたいと思いませんこと?」


 想像して震え上がる面々の中で、恐怖に顔を引き攣らせながらもアルモンドは何も吐かなかった。


「あら。脅しも効かないのね。では、これではどう? 貴方のお姉様、公爵夫人もご子息も無事ですわ。他でもない、私が保護して差し上げましたもの」


 そのシュリーの言葉に、これまで黙秘していたアルモンドは血相を変えて頭を上げた。


「あ、姉上を? 姉上はどこだ!? ずっと連絡が取れず、私がどれほど案じたことか……」


「セレスタウンの端にある孤児院で、子供達の面倒を見てくれておりますわ」


「セレス……タウン……? 子供……?」


 領地に戻ったと思っていた姉と甥が、忽然と姿を消してからと言うもの。持てるだけの力を総動員し捜索をしていたアルモンドは、王妃のあまりにあまりな言葉に完全に毒気を抜かれた。


「言っておきますけれど。これは()()()()()()()()()()ですわよ。強欲な夫とその権力争いから逃れたいと仰るので、私の庇護下に置いたのですわ。ついでに病弱なご子息の治療もしてあげましてよ」


「……姉上が、自ら逃げ出したと……?」


「左様ですわ。公爵夫人は、平穏を望んでらしたのよ。それなのに公爵ときたら。……それに貴方も貴方ですわ。夫人は、自分の為に夫の言いなりになる弟を見て、逃げたくても逃げ出せなかったのでしてよ。夫人の平穏を奪っていたのは、他でもない貴方だわ」


「そ、そんな……私の行動が、姉上を苦しめていたと……?」


 絶望するアルモンドに、シュリーは追い打ちを掛けた。


「夫人の苦痛を終わらせる為にも、全てを正直に白状しては如何ですこと?」


 こうしてアルモンドは、身も心もズタボロにされて全てを吐露した。


「……国王陛下の仰る通り、全てはフロランタナ公爵の指示でした。公爵に命じられ、王妃様を暗殺するようにと。そして……先王陛下と王妃殿下、王太子殿下を手に掛けたのも。公爵に命じられて私がやったことです」


「…………やはり、そうか。そうだったか」


 その告白を聞いて、レイモンドは目を閉じると静かに頷いた。心配そうなシュリーがその手を握ると、強い力で握り返したレイモンドは、目を開けると憑き物が落ちたかのようにスッキリとした顔をしていた。





「……王妃様、私はもう、逃げも隠れもしません。ですのでどうか、一つだけ教えて下さい」


 レイモンドの護衛達に縛り上げられたアルモンドは、最後にシュリーを見上げた。


「王妃様は、異邦人でありながらあまりにもこの国の事情に精通していらっしゃる。それも我々貴族派の情報は筒抜けでした。いったいどのように情報を得られたのですか?」


 アルモンドの問いに、シュリーは大きな瞳をパチパチと瞬かせたかと思うと、ニッコリと微笑んだ。


「貴方が私に便利なものを贈って下さったのよ。それも十三人も。覚えてなくて?」


 十三人、という数字でアルモンドが思い出したのは、公爵の命令で王妃の元に送り込み、その後連絡が途絶えた間諜達だった。


「ま、まさか……」


「最初は使い物にならなかったものですから、処分しようかと思いましたけれど。遺体(ゴミ)を処理する場所が無かったものですから。廃棄ではなく、再利用(リサイクル)することに致しましたの。幸い従順な子達でしたから、少し調教すれば立派な私の手足になってくれましたわ」


 ニコニコと。涼やかに愛らしく。笑う王妃は、普通ではない。


 自分のところに潜り込んで来た間諜を洗脳して自分の味方に付けていただなんて。彼等は元は貴族派にいた者達。道理でこちら側の情報が筒抜けなわけだ。


 何一つ敵うわけはなかったのだと悟ったアルモンドは、大人しく護衛達に担がれ連行されていった。











「シュリー。私は心を決めた。私の甘さが今回のようにそなたの危険を招くのなら、これ以上の情けは無用だ。目の前でそなたを失いかけて改めて痛感した。私にとって一番大切なのは、そなたなのだ」


 レイモンドは、暮れ行く夕陽を背に手を繋いだ妻へと、静かに決意を口にした。


「フロランタナ公爵に罪を償わせる。此度のことだけでなく、私の両親と兄の件も含めてだ。先王暗殺の証拠は既に揃えているのであろう?」


「流石は陛下ですわ。私が密かに調査していたのをご存知でしたのね」


 夕暮れに照らされたシュリーは、その秀麗な顔で慈愛に満ち溢れた笑顔を向ける。


「物的証拠、状況証拠、証人、全て完璧に用意しておりますわ。実行犯であったアルモンド卿も捕えましたので、言い逃れることは不可能でしょう」














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― 新着の感想 ―
[一言] 公爵・侯爵家共にとり潰しで当主の処刑は免れないでしょうけど、 公爵夫人に関しては刑の確定前に両家から離縁されていた、という扱いになるのかなこれは
[良い点] いよいよ断罪の時が来ましたね [気になる点] 王妃様なんでもありっすねw 舌でこめかみを貫いたり、柱飛ばしてその上に乗って高速移動も出来そうw
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