異国情緒
その情報は、瞬く間に西洋中を駆け巡った。
後にセノワズリ(釧国趣味)と称され、釧の陶磁器やシルクを始めとする様々な釧製品が人気を誇った空前の釧ブームの中にあった西洋諸国にて。
これまで特にこれと言って目立ったことのなかったアストラダム王国が、他の多くの国に先駆けて、自国内で磁器とシルクの製造に成功したらしい。
半信半疑の各国の商人達は、取り寄せたアストラダム産の磁器やシルクを見て、その品質の高さに目を瞠った。それらの品は質が高いだけでなく、釧の異国情緒を残しつつ、西洋人の好みも取り入れた完璧なものだった。
アストラダム王国は、これを機に一躍西洋中にその名を轟かせることになる。
「王妃様! 国内外から発注が止まりません! 窯を休める暇もありません!」
「こちらも、セリカ王妃モデルドレスの問い合わせが殺到しております! シルクがいくらあっても足りませんわ!」
王妃の姿を見つけて駆けつけて来たベンガーとマイエに悲鳴じみた報告を受けて、シュリーはいつもの笑みを浮かべた。
「それは良いことね。二人とも、死ぬ気で働きなさい」
慈悲深い笑顔で無慈悲なことを言われた二人は、何も言い返せずにトボトボとそれぞれの持ち場に戻って行った。
「……そなたは人使いが荒いな」
可哀想な二人を見送ったレイモンドが妻に言うと、シュリーはニコリと笑う。
「どうしてもと弟子に志願してきたのは彼等ですもの。とことん使ってあげませんと」
レイモンドとシュリーは、貧民街に建設した大規模工場と住人のための新たな街、セレスタウンに来ていた。
このセレスタウンという名前は、住民達がいつの間にか付けていた名前だった。セレスというのは『セリカの民』を指す古代の言葉。貧しさのどん底にいた自分達を救い上げて新たな生活を与えてくれたセリカ王妃を讃えるために、住民達は率先してこの街をセレスタウンと呼んだ。
今日はこの新たな街を貴族向けに披露する式典が行われる。連れ立って歩く二人の姿を見つけた貴族達はこぞって挨拶にやって来た。
「陛下、王妃殿下」
「これはこれは、ガレッティ侯爵。侯爵夫人。楽しんで頂けまして?」
夫妻で挨拶に来たガレッティ侯爵と夫人へ向けてシュリーが微笑むと、侯爵夫人は肩をすくめた。
「王妃様、それが主人ったら釧の料理をいたく気に入ったようでして。先程から食べ過ぎて胃を痛めておりますのよ」
「お、おい……」
シュリーは、この街を作った際に釧料理を提供するレストランを開店させていた。そこで食事を楽しんで来たらしい侯爵夫妻。バツが悪そうに胃を押さえる侯爵を見て、シュリーは手を叩いた。
「それは大変ですわ。釧の料理は脂っこいものが多いのですから、食べ過ぎは禁物ですことよ。それだけ気に入って頂けたのなら嬉しいのですけれど。……そうだわ、後ほど胃薬を調合して侯爵邸にお届けしますわ」
「えっ!? 王妃様は薬の調合までなさいますの?」
「ええ。漢方でしたら多少の心得がございますの。よく効く薬を作りますから、是非試して頂戴」
セリカ王妃の規格外ぶりに慣れてきたと思っていた侯爵夫妻も、言葉を失ってしまう。薬を作る王妃とは。しかし、絶対に良く効くであろうことが想像できるので、二人は有り難く頷いたのだった。
「陛下、王妃様! こちらにおられたのですね」
「あら。マドリーヌ伯爵にマクロン男爵。お越し頂いてありがとう」
そこにやって来た二人を見て、シュリーはあることを思い出した。
「そうだわ。ちょうどマクロン男爵にお伝えしたいことがございましたの」
「私に? 何でございましょうか?」
急に名指しされたマクロン男爵が目を見開くと、シュリーはニコニコと微笑みながら話し始めた。
「男爵の領地で大量に産出されるジェダイトですけれど、安値で釧に輸出されてますわよね」
「ああ、あの緑の半透明な石ころですか。エメラルドになり損なった石、なんて言われてますね。確かに安価ではありますが輸出しております。大量に採れても使い道がないところを釧の商人が買い取ってくれると言うので金になるならと」
それがどうしたのかと不思議そうなマクロン男爵に向けて、シュリーはとんでもないことを言い出した。
「あの石は、釧では翡翠と言われ、ダイヤモンドよりも重宝されている石です。釧国内では最も人気のある玉ですわ。更にマクロン領で採れるものは釧のものと比べて色が淡く釧人好み。その分高値で取引されておりますのよ」
「ちょっと待って下さい! あの石が、高値で……!?」
「今後、価格の見直しを考えられては如何? そうね、輸出を止めると言えば、焦った商人達が血相を変えて来るでしょうね。向こうが取引の継続を頼み込んで来たら価格を吊り上げればよろしいわ。今の価格の百倍を吹っ掛けても頷くはずよ」
「ひゃ、百倍……!?」
「男爵、大丈夫か?」
膝を突いたマクロン男爵にレイモンドが声を掛けるも、男爵の意識は遥か遠くに飛んでいた。
「百倍……あの大量に余ってる石が……今まで私はどれほど損をして来たんだ……? あの釧の商人達め……」
「あまり彼等を責めないであげて頂戴。彼等に入知恵したのは私ですの。翡翠を安価に仕入れたいと言うものですから」
「は……?」
王妃の暴露に何も言えなくなってしまう男爵。
「まったく、シュリー。そなた、商人まで弟子にしていたわけではないだろうな?」
呆れたレイモンドが問えば、シュリーは胸を張った。
「あら。勿論商人の弟子もおりましてよ。向こうから是非にと頭を下げてくるんですもの。応えてやらねば可哀想ではありませんか」
「そんなことを言って。先日はとうとうドラド・フィナンシェスまで弟子にとったじゃないか」
「あれは陛下もお許しになりましたでしょう」
「それは……フィナンシェスが毎日毎日執務室に現れては王妃を説得してくれとしつこく頼み込んで来たので仕方なく……」
「私が、陛下の許可があれば弟子にしてやるとフィナンシェスに言ったのです。その対価として魔塔は王室に忠誠を誓いましたし、このセレスタウン建設にも尽力してくれましたわ。弟子をとるのも悪いことではありませんのよ」
「そうかもしれないが……やはり、あの男の、そなたに向ける熱烈な視線が気に入らないのだ」
「まあ! そんなことをお考えでしたの? 私の可愛いシャオレイ。フィナンシェスが見ているのは私ではなく私の魔力です。陛下が心配するようなことは何もありませんのよ」
「…………それでも。そなたが人気過ぎて私との時間が減ってしまわないか心配だ」
「陛下……私の最優先は陛下ですわ。陛下より大切なものなどこの世に存在しません」
「シュリー……」
国王夫妻の熱々ぶりを、周囲はいつものことだとスルーしていた。
ショックを受けていたマクロン男爵でさえ、呆れ顔で体を起こし、マドリーヌ伯爵と別の話をしている。堅物のガレッティ侯爵でさえも見て見ぬふり。二人の熱烈加減は、社交界では今更話題にもならないお決まりの一つだった。




