異極結合
「どうぞ、何なりとお聞き下さいませ」
覚悟を決めたシュリーは、真面目な顔で夫を見た。何を聞かれるのか想像がつくからこそ、どう答えればレイモンドに信じてもらえるのか。そればかりを必死で考えていたシュリー。
そんなシュリーへと、レイモンドも真面目に問い掛けた。
「では聞くが。そんなに魔法を多用したりして、そなたの体に異変はないのか?」
「…………はい?」
シュリーは、夫の問い掛けを理解するのに数秒掛かった。
今の会話の流れで、気になるのがそこ。そこなのか。想定外の問いに固まるシュリーを他所に、レイモンドは心配そうな目を妻に向けた。
「高度な魔法には危険が伴うこともあると言うだろう? その規模の魔法を多用することに、何か問題はないのか?」
「え、ええっと……全く問題ございませんわ。私にとっては莫大な魔力の一部をほんの少し消費するだけの、造作もない行為ですもの」
「そうか。ならば良い」
「…………そ、それだけですの?」
「……? 他に何かあるか?」
キョトンと首を傾げる夫を見て、シュリーは思わず叫んでいた。
「もっとありますでしょう? 私は相手を魅了する術を使えるのです! 例えば……私が、陛下に術を掛けて惑わせただとか……陛下の心を無理矢理操っただとか……そういったことを、お疑いになりませんこと?」
自分で言い募りながら自分の言葉に傷付くシュリーへと、レイモンドは真っ直ぐにその黄金の瞳を向けた。
「そのような術を、私に掛けたのか?」
「いいえ。……陛下に対しては、何もしておりませんわ」
きっぱりと否定しても、到底信じては貰えないだろうというシュリーの考えはしかし、あっさりと裏切られる。
「そうであろうな。そなたはそのようなことはしないだろう」
レイモンドのその言葉に、シュリーは喜ぶどころか、寧ろどうしようもなく悲しくなった。
「そんなことはありませんわ! 私は、手段を選ばず簡単に人の心を惑わし操るような女なのです。決して純真無垢な女では……」
「ああ。いや、そうではなくて。シュリー、そなたはそんなにつまらなく、無駄なことはしないだろうと言っているのだ」
「…………へ?」
レイモンドの言葉の意味を飲み込み損ねたシュリーは、珍しく言葉を失った。そんな妻を愛おしげに眺めながら、レイモンドは微笑んだ。
「そなたの術であれば私を意のままにするくらい容易いのであろうが、それではあまりに味気ないのではないか? そなたであれば、術を使わずともそなた自身の魅力でいくらでも私を誘惑できるのだから。それを楽しむのこそが、そなたであろう?」
「…………その通りですわ」
「宴のダンスや衣装は、そなたの印象を決める大事な機会だった。あの場で魅了の術を使ったのは効果的であったと思う。お茶会でもそうだな。皿についてはこれ以上の使い道はないのではないか? 正に術の真骨頂だった。そして私に贈ってくれたあの書に術を使ったのは……」
言いながら、レイモンドは何かを思い出したように笑った。
「……ちょっとした悪戯心だったんだろう? 思い返せば玉座の間でアレを見た公爵が暫く惚けていて、なかなかに面白かった」
「……何もかも、お見通しですのね」
本当に可笑しそうに笑う夫を見て、シュリーは呆然とそう呟いた。
「それはそうであろう。私達は夫婦なのだから。そなたが私のことを理解しようとしてくれるように、私もそなたを理解したいと思っている」
「陛下……」
「しかし、シュリー。そなたのことだ。私に隠れて使った魔法が、他にもあるのではないか?」
シュリーは、最早この夫には隠し事ができないと観念した。
「…………魅了の術を使ったのは、お話した通りですわ。ですけれど……陛下の言う通り、他の術も色々と使いました」
悪戯が見つかった子供のように、シュリーは指折りこれまでの諸々を白状する。
「陛下にお聞かせした二胡の音色に、眠りの術を施しましたわ。お疲れの陛下にゆっくり眠って頂きたかったのです。先程召し上がって頂いた餃子にも、疲労回復の術を混ぜました。それと……貴族派を招いたお茶会で、万が一にも裏切り者が出てこちらの手を公爵に知られぬよう、参加者の皆さんにちょっとした術を……」
「どんな術だ?」
「……裏切ろうとしたり、こちらの情報を敵に口外しようとした場合には舌が捩じ切れるように……」
いらないことまで白状してしまったシュリーが慌てて言葉を切るも、レイモンドにはしっかりと聞かれていた。
「そうか。それは少しやり過ぎだ、シュリー。それでは魔法と言うより呪いではないか。議会も無事に終わったことだし、今すぐ解いてやりなさい」
「……分かりましたわ。シャオレイがそう仰るなら……」
不満げながらも、シュリーはレイモンドに言われた通り、目を閉じてお茶会の参加者達に掛けていた術を解いた。
「…………もう。こんな筈ではなかったですのに。私はどうやら、すっかり陛下の術中に嵌まって魅了されてしまったようですわ。この私を意のままに操るだなんて。責任は取って頂けるのでしょうね?」
頰を膨らませたシュリーが詰め寄ると、レイモンドは楽しげに笑いながら妻の手を引いて自らの腕の中に導いた。
「勿論。一生を掛けて面倒を見るつもりだ。だから安心してくれ」
「……〜〜ッ」
すっかり慣れてしまった抱擁に身を委ねながら、シュリーはこれまでの人生を回顧した。
普通ではないシュリーは、いつでも孤独だった。
他人とは違うシュリーの才能は、時には化け物と恐れられ、時には神と崇められ、ある者にとっては便利な道具に、ある者にとっては妬ましい憎悪の対象になった。
そんな世の中に息苦しさすら感じていたシュリーにとって、打算なく接してくれるレイモンドという男は得難いオアシスのような存在になってしまった。
少しだけ羽を伸ばして、世界を見に行くつもりで国を捨てたシュリーは、思いがけずできてしまった居場所、半身である男の腕の中で初めて安らぐ喜びを知った。
「そうですわ。一生を掛けて責任を取って頂かないと、割に合いません。ずっとお側に置いて下さらないと嫌です」
駄々っ子のようなシュリーの物言いに小さく笑いながら、レイモンドはより一層腕に力を込めた。
「ああ、約束しよう」