異議
「ふん。やはり、野蛮人の王妃など大したことはなかったな」
セリカ王妃のお茶会についての憶測が飛び交う中、フロランタナ公爵は一人ほくそ笑んでいた。
お茶会が失敗に終わった、という一部の噂だけを聞き付けて信じ込んだ公爵は、その結果に大いに満足していたのだ。やはり、少しばかり目立つとは言え所詮はただの小娘。王妃を警戒する必要などなかったのだ、と安心し切った公爵。
「マドリーヌ伯爵、マクロン男爵。そなたらの奥方もお茶会に出たと聞いたが、さぞや王妃は酷い失態を犯したのであろうな」
話を振られたマドリーヌ伯爵とマクロン男爵は、揃って首を傾げた。
「はて……どうでしょうな。何せ妻はお茶会の話をしたがらないもので」
「私の妻もそうです。聞いても何も答えませんもので」
「ハッ! やはりな。それ程に悲惨な場だったのであろう。我が妻が出席しなかったのは正解だったのだ!」
結局フロランタナ公爵夫人の元に招待状は来なかった。そのことを無理矢理肯定するように声を張り上げた公爵は、取り巻き達に向けて言い放った。
「それよりも、今日の議会では例の貧民街の件を正式に発議する。貧民用の予算なんぞ、もともと端金に過ぎないが、少しでも金が我等の手に流れると思えば悪くない。何よりレイモンドは昔から孤児院を支援したり、貧民街での慈善活動をしたりする変わり者であった。アイツの顔を潰すのに今回の発議は良い見せしめになるだろう」
「ですが閣下、ガレッティ侯爵のことはどうするのです? この件については何やら国王陛下の意見に賛成されていましたが」
「フンッ。どうせ今回だけだ。あの頑固者がそう簡単に中立の立ち位置を崩すわけがない。それにどちらにしろ、中立派の票が全て流れようとも、過半数を確保する我が貴族派に太刀打ちできるはずもなかろう」
「確かに……」
「それもそうですな」
目を合わせたマドリーヌ伯爵とマクロン男爵は、公爵の言葉を肯定しながら頷き合った。
「では行くぞ! あの生意気なレイモンドの鼻をへし折ってやるのだ!」
自分の意見に納得した取り巻き達を引き連れて、フロランタナ公爵は議会の場へと向かったのだった。
「前回のガレッティ侯爵のご意見を踏まえて、今回改めて議案書を用意致しました。これによれば、貧民街への流入は年々増加し、現在では過去最高の人数を記録しているとか。陛下が甘やかして施しなんぞ授けるから、仕事をしない貧民がこんなに増えているのです。今すぐ貧民街への施しを廃止し、我々の俸給を上げて頂きたい!」
声高に議会の中央で宣言したフロランタナ公爵。その様子を国王レイモンド二世は静かに見つめていた。
「……公爵の意見はよく分かった。此度は正式な書類も提出されている。この議題について、意見のある者はいるか?」
国王の投げ掛けに、答える者は誰一人いなかった。フロランタナ公爵は自慢の口髭を触りニヤリと笑う。
そんな中、国王レイモンドが腰を上げる。
「……では私が意見しよう。私は公爵の意見に反対だ。確かに彼等は貧民という立場にいるが、我が国の国民であり貴重な人材であることに変わりはない。施しを廃止し彼等が飢え死にするようなことがあってはならない」
力強く言い切った国王を、公爵は鼻で笑い飛ばした。
「陛下! それはあまりにも青臭い意見ですな。満足に仕事も出来ぬような奴等の、一体何処に価値があると言うのです。役立たずで汚らしく、価値もない。あんなものはゴミに等しい。ゴミは綺麗に掃除すべきです!」
議会の中心で国王の意見を否定する。そんな自身の発言に酔う公爵。国王レイモンドは静かに立ち上がると、議会へ向けて問い掛けた。
「他に意見はないだろうか」
議会は静まり返り、発言する者はいなかった。
「では採決に移る。フロランタナ公爵の発議に賛成し、貧民街への施しを廃止すべきと思う者は起立せよ」
公爵は立ちながら、結果の分かり切った採決に目を閉じた。こんなものは見る必要すらないのだ。それ程までに、公爵の地位は盤石であり国王よりも格上なのである。
「次に、公爵の発議に反対の者は起立せよ」
今度は座り込みながら。フロランタナ公爵は相変わらず目を開けなかった。目を開けて立っているのがレイモンド一人では、あまりに可哀想だ。そんな惨めな甥の姿は想像しただけで笑えてくる。
笑みを堪え切れない公爵は、妄想の中のレイモンドを散々嘲笑いながら結果が出るのを待った。
「書記官の集計が終わったので結果を発表する」
思ったよりも時間の掛かった集計に苛立ちつつ、公爵はやっと目を開けた。レイモンドの悔しそうな顔を想像していた公爵は、いつもと変わらぬ澄まし顔の甥に舌打ちした。分かり切った結果よりも甥の歪んだ顔の方が楽しみだと言うのに、何とつまらないことか。
不満げな公爵は、次の瞬間耳を疑った。
「賛成35人、反対38人。これによりフロランタナ公爵の発議は棄却された。次の議題は……」
「………………何だ、と?」
 




