異聞奇譚
「シュリー、準備は順調か?」
初めて主催するお茶会に向けて準備を進めるシュリーと、そんな妻を労わるレイモンド。
その視線を受けたシュリーは、甘く美しい笑みを夫に向けた。
「陛下。お陰様で滞りございませんわ。そうそう、ちょうど陛下にお贈りしたいものがございましたの」
「ん? なんだ?」
妻に手招きされたレイモンドは、シュリーの隣に腰を下ろした。するとすかさずリンリンが、シルクに包まれた何かを持って来る。
「ギリギリでしたけれど、やっと満足のいくものが仕上がりましたのよ。お気に召して頂けると有り難いのですけれど……」
そう言ってシュリーがシルクの布を取ると、出てきたものを見てレイモンドは目を見開いた。
「これは……!」
薄くて硬質な白い肌地に、鮮やかなコバルトブルーで美しい模様が描かれた見事な一枚の皿。
「このアストラダム王国で……いいえ、西洋で初めて作られた白磁の皿に、呉須で絵付けを施した藍花でございますわ」
「なに? これが、この国で作られたのか?」
「はい。私が、王都にある窯元に白磁の技術を教えたのです。絵付けの図案は釧から持参した釧の皇帝陛下が愛用されていたものを参考に、私が考案致しましたの。ほら、ここをご覧になって下さいませ」
シュリーが指差す皿の縁には、何やら文字のようなものが書かれていた。
「……これは、私に贈ってくれた書と同じ文字ではないか?」
そこには、今や玉座の間の名物ともなった【我愛你小蕾】の文字が品良く模様の中に組み込まれていた。
「左様ですわ! そしてこちら、裏面には窯元の印と……ここ、お分かりになりまして?」
「……数字か?」
シュリーの細い指の先には、レイモンドにも分かる文字と釧の文字で同じ数字が二つ書かれていた。
「これと同じ皿を、限定で三十枚だけ作りましたの。一枚一枚に一から三十までの数字を刻んだのですわ。西洋初の磁器と限定の数字。その中でもこれは陛下に献上するため特に念入りに仕上げた、最も特別な一番目の皿にございます」
西洋初、限定、数字、特別、一番目。シュリーの言葉でレイモンドは、手の中に載せた皿が実際以上に重く感じられた。見た目も勿論美しいのだが、シュリーの言葉によってその皿にはそれ以上の計り知れない価値と希少性が付随したのだ。
「この皿の残り二十九枚を、次のお茶会で招待客の皆さんに配ろうと思いますの。そして孤児院で蚕を育て、無事に織物にまで仕上げた初のアストラダム産シルクも。量は少ないですが、ハンカチにしてお配りする予定ですわ」
「……アストラダム産の磁器とシルクか。どちらも釧以外の国で作られた前例はない。これは国内だけでなく、諸外国にもさぞや衝撃を与えるだろうな」
感心する夫へ向けて、シュリーは意味深に微笑んだ。そして、レイモンドの腕に手を絡ませて、その耳元で誘惑するかのように甘く囁いた。
「この皿とシルクで、陛下の憂いを断ってしまいませんこと?」
「……憂いを?」
よく分からず聞き返したレイモンドに、シュリーは更に身を寄せた。
「この二つには色々と利用価値がございますわ。使い方次第では、五月蝿い小蠅を黙らせることもできましょうね。例えば……」
そっと耳打ちされたシュリーの計画を聞いて、レイモンドは徐々に顔色を変えていく。
「そんなことが……私に可能だろうか」
「陛下ならきっと成功なさいますわ。如何でございましょう?」
夫を見上げるシュリーの黒い瞳には、この状況を楽しんでいるような気配もあったが、それ以上にレイモンドに対する信頼と情が溢れていた。その輝く瞳を見て、レイモンドは妻の期待を裏切りたくないと決意する。
「そうだな……そなたがここまで協力してくれたのだ。いつまでも国王である私が萎縮しているわけにもいくまい。ここは一つ、そなたの力を借りて奮闘してみよう」
「それでこそ私のシャオレイですわ。万事問題ございません。恐れることなど何一つございませんことよ。何せ、貴方様の隣に居るのは他でもないこの私なのですから」
胸に手を当てて堂々と微笑むシュリーの細腕には、金に宝玉が嵌められた四獣の腕環が煌めいていた。
王宮で開かれたセリカ王妃のお茶会には、招待状を受け取った二十九人の貴婦人達が参加した。揃いも揃ってセリカ王妃を真似た釧風のドレスに身を包んだ彼女達の中には、フロランタナ公爵夫人の姿は無かった。
社交界から姿を消した公爵夫人については、体調を壊して療養中、そもそも招待状を受け取っていなかった、王妃の逆鱗に触れて追放された、等様々な噂が囁かれたが、真偽は定かではない。
華々しく国中の視線を集めたこのお茶会はしかし。とても奇妙な現象を引き起こした。
常であれば、ここまで注目を集めるお茶会でどんなものが話題に上り、どんなものが供され、どんなものが次の流行になるか、と言った噂が瞬く間に広がるのだが。参加者は不思議なことに、お茶会直後からその内容について一様に固く口を閉ざしたのだ。
セリカ王妃のお茶会でいったい何があったのか。
誰もが口を噤む程の失態があったのか。はたまた何か訳があって参加者は厳しい箝口令を強いられているのか。
不気味な程に沈黙を貫く参加者達に、招待状を受け取れなかった家門では様々な憶測が飛び交い、誰もが情報を欲した。そして人々は無意識のうちに刷り込まれていく。
美しく気高く風変わりな異邦人、セリカ王妃。良くも悪くも彼女こそが、常に社交界の話題の中心にいるのだと。




