異質な初夜
「これを、どうすると……?」
レイモンドは、渡された棒を手に立ち尽くしていた。
「布、トル。これ、使う」
片言の異国人に初夜の作法の説明をされながら、レイモンドは棒の先を正妃となった女性へと向けた。
「これで、あのヴェールを取ればいいのか?」
「そう。で、お酒。一緒に呑むヨ。それから夫婦なるネ」
テーブルには、陶器の小さな器が二つ。そこに水のような透明な酒を注ぎ、レイモンドに説明していた小太りの釧国人は部屋を出て行った。
「……私はいったい何をしているんだ」
額を押さえつつも、レイモンドは天蓋付きのベッドにちょこんと座る花嫁へと近寄った。真っ白なシーツの上に乗る真っ赤な衣装はどこか不釣り合いで、よく分からない棒を手に花嫁の待つベッドへ向かう自分を想像すると、あまりにも滑稽で現実逃避をしたくなる程だった。
「あー……、失礼する」
一応声を掛けて、渡された棒でゆっくりと花嫁のヴェールを引っ掛けて落としたレイモンドは、花嫁の顔を見て思わず息を呑んだ。
真っ赤な衣装によく映える、白い肌と黒い艶髪。目尻に紅を差したその瞳もまた夜闇のように黒く、強い眼差しでレイモンドを見上げていた。
東洋のエキゾチックで鮮やかな色彩の中で、今までレイモンドが見てきたどんな美女よりも美しい顔立ちの少女は、レイモンドの顔を見るとその蠱惑的な薄い唇を笑みの形に変えた。
強烈な美貌に、レイモンドが放心したのも束の間。
「好男人啊(いい男ね)」
「なに?」
舌を噛みそうな異国の言葉で何かを呟いた花嫁が、テーブルの上の酒を取り、片方をレイモンドへと差し出した。
「……呑めと言うのだな?」
素直に受け取ったレイモンドが杯を口元に持っていくと、花嫁は急にその手を掴んで引き留めた。
「なんだ、呑むのではないのか?」
異国の作法など分からず困り果てたレイモンドへ向けて、花嫁は美しく微笑んだ。真っ赤な紅を差した唇の間から、白い歯が見える。
そのまま花嫁は、レイモンドの手に手を絡めて引き寄せ、その杯から酒を啜った。目を見開いたレイモンドを見つめながら、花嫁はゴクンと酒を呑み込み、上目遣いに新郎を見上げる。
知らず、レイモンドの喉が鳴る。この世のものとは思えぬ美しい顔立ち、小柄で華奢な体躯。西洋人とは違う、黒く重たい艶髪。大きく開いた胸元から見える白く滑らかな柔肌。言葉の通じぬ花嫁から発せられる、その妖艶さに中てられたレイモンドが我に返るのと同時に。
グッと、レイモンドの口元へ、花嫁の持った杯が押し付けられ、反射的に口を開けたレイモンドは、思いの外強い酒に咽せた。
「ゲホッ、ゴホッ、何だこれは! 水のように透明なのに、何故こんなに強いのだ!?」
次から次へと津波のように押し寄せてくる驚きに辟易しつつあったレイモンドは、次の瞬間、更なる驚きに見舞われた。
花嫁の両腕が、するりとレイモンドの首に回され、頬に柔らかな感触が触れる。
それが彼女の赤い唇だと気付いたレイモンドは顔を赤らめて、絶句しながら花嫁を見た。すると至近距離の花嫁から甘く華やかで神秘的な香りがレイモンドに届き、美しい顔と伏せられた流し目から醸し出される異国の姫の不思議な色気も相まって、レイモンドは眩暈がした。
ドクンドクンと痛い程に波打つ心臓。初めて口にした異国の酒に悪酔いしたせいだと己を奮い立たせたレイモンドが、花嫁の腕を解こうとしたところで。グッと身を寄せた花嫁の柔らかな肢体がレイモンドを戒めた。
クラクラする程の香りと、赤い布地に映える白肌。再び喉を鳴らしたレイモンドの頬に彼女の手が触れ、唇に赤い唇が寄せられる。
そうして若き国王レイモンド二世は、異邦人である王妃の強烈な色香に屈服したのだった。