差異とお茶会の序章
ガレッティ侯爵夫人のお茶会は、アストラダム王国の社交界で一目置かれている。お茶会への参加は即ち、身分・気品・教養等、一定の基準を満たしていることを意味する。
その為、お茶会に誰が参加しどんなことが話題に上ったのか、という情報は注目の的となった。このお茶会から流行が生まれることも少なくない。
マイエの新作衣装を着てお茶会の場である侯爵邸に降り立ったシュリーは、出迎えた侯爵夫人から感嘆の眼差しを浴びた。
「まあ! 王妃様、その素敵なドレスは如何なさいましたの!? 釧風でありながらレースや装飾はアストラダムのものではありませんこと?」
目利きの侯爵夫人は、早速シュリーの衣装に目を付けたのだ。
「こちらはマイエ・ペンタルの新作ですわ。私が監修し、アストラダムと釧の衣装を融合させましたの」
「あのマイエ・ペンタルが!? 素晴らしいアイディアです! 新作と言うことは……今後売り出す予定がありまして?」
「ふふ。来月から発売を開始する予定だそうです」
「それは是非予約しなくてはいけませんわね。王妃様がいらしてから釧からの輸入品がとても増えましたのよ。他にも釧製品の需要は増すばかり。このドレスもきっと、貴婦人達の新たな流行となりますわ!」
出迎えの場で盛り上がっていると、シュリーの乗ってきた王宮の馬車の後ろにもう一台馬車が止まった。
「あらあら王妃様、もうおいでになっていたのですわね」
馬車から降りて来て王妃に向かい気安く話し掛けたのは、フロランタナ公爵夫人だった。
先程まで顔を輝かせていたガレッティ侯爵夫人の顔色が変わり、厳格な侯爵の妻の顔になる。というのも、この状況はお茶会の主催者にとって、あまりいい状況ではなかった。
本来であればこういった社交の場は、身分の高い者が最後に登場するのが決まりなのだ。
しかし、招待客の中で最も高位であるシュリーことセリカ王妃の後からフロランタナ公爵夫人が来てしまった。
普通であれば、順序を乱した無法者にはやんわりと釘を刺してお帰り願う。遅れてしまったやむを得ない事情があった場合は、遅れた者が高位者へ謝罪をし、高位者が許すことでお茶会への参加が認められる。
しかし、今回王妃より遅れて来たのは侯爵夫人より高位の公爵夫人。事情があって遅れたどころか、明らかに決まりを知らないであろうセリカ王妃を馬鹿にする意図がありありと見受けられた。
ここでガレッティ侯爵夫人から高位の公爵夫人へ苦言を呈するのは、立場的にも政治的にも得策ではない。一番良いのは順序を乱された当事者、セリカ王妃が公爵夫人を窘めること。しかし、異国人のセリカ王妃がどこまでこの国の社交ルールを把握しているか定かではない。
ここは事を荒げず公爵夫人を通すべきか、セリカ王妃にそれとなく教えるか。一瞬の間に考え込むガレッティ侯爵夫人に、セリカ王妃ことシュリーは向き直った。
「ガレッティ侯爵夫人。夜会の席でご挨拶した際にも申し上げましたけれど、私はこの国について、まだ疎いことがございますの。一つだけご教示頂けませんこと?」
公爵夫人を無視して自分に向き直るセリカ王妃に内心で狼狽えつつ。ガレッティ侯爵夫人は頭を下げた。
「は、はい。何なりと」
「では教えて欲しいのだけれど。この国では王妃よりも公爵夫人の方が高位なのかしら」
「えっ……?」
あまりにも突拍子もない問いに驚くのも束の間、セリカ王妃はとても母国語ではない言語を話しているとは思えない程の流暢な言葉で、ペラペラと喋り出した。
「あちらのフロランタナ公爵夫人ですけれど。私の後から登場しておいて、謝罪もせずあまりにも涼しいお顔をなさってるんですもの。公爵夫人ともあろうお方が、より高位の者が後から来るという社交界の決まりを知らないわけではないでしょうし。まさか、他の多くの国とは違い、公爵夫人という立場は王妃よりも高位なのかしら」
「それは……」
笑顔のセリカ王妃の声は、鈴の音のように軽やかだがよく響いた。侯爵家の使用人や、ともすればお茶会の会場にすら聞こえているかもしれない声で、王妃は盛大な嫌味を言っているのだ。
そう確信した瞬間、ガレッティ侯爵夫人は鳥肌が立った。愛らしく何も知らないような笑顔で、何もかも分かっていて最強に屈辱的な方法で、王妃は公爵夫人を窘めている。
「私は公爵夫人に対して頭を下げるべきかしら、それとも順序を乱す者として窘めて差し上げるべきかしら。是非ご教示頂きたいわ」
順序を守るのは常識中の常識、それを知らないのはこの国の順位付けが通常とは違うからなのか、それとも余程の恥晒しなのか、とセリカ王妃は間接的に公爵夫人を問い詰めているのだ。
ガレッティ侯爵夫人が答える前に、フロランタナ公爵夫人が前に出て王妃へと頭を下げた。
「も、申し訳ございません、王妃様! 馬車に異常があり、やむを得ず遅れてしまったのですわ。王妃様より遅れてしまったこと、決して故意ではございませんの。どうぞお許し下さいませ」
頭を下げ謝罪するフロランタナ公爵夫人のその顔は、屈辱と恐怖に歪んでいた。
「あらまあ、公爵夫人。あまりにも遅い謝罪なものですから、私、ガレッティ侯爵夫人へとてもとても無知な質問を投げ掛けてしまいましてよ。まさか王妃よりも公爵夫人の方が高位なのかしら、だなんて。常識を知らないにも程がありましたわね。ごめんなさいね、侯爵夫人」
ガレッティ侯爵夫人に謝るフリをして、フロランタナ公爵夫人に容赦無く追い討ちをかけたセリカ王妃は、終始穏やかな笑みを浮かべていた。
その鉄壁の笑みを見て、アストラダム社交界の二大巨頭であるガレッティ侯爵夫人とフロランタナ公爵夫人は、背筋をゾッと凍らせたのだった。




