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【書籍化】その王妃は異邦人  作者: sasasa
第一部 〜異ノ章〜
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奇異荒唐





 シュリーから蚕とシルクの説明を受けたレイモンドは、目眩を覚えた。



「つまり……この卵から出てきた幼虫が桑の葉を食べて成長し、蝶と同じように蛹になる際に、繭という玉を作るのだな? それを煮て、細い糸を取り出して、撚り合わせたものが生糸で、それで織った布がシルクであると」


「左様でございますわ」


 レイモンドにとっては奇異荒唐な話だが、シュリーが言うのならそうなのだろうと信じる他なかった。


「まさかシルクの正体が、このような虫だとは。釧以外の国ではあまり知られていないのではないか?」


 相当な衝撃を受けたらしいレイモンドを見て、シュリーはふむふむと頷く。


「そうかもしれません。思えば、釧では蚕について厳しい規制がございましたもの。その技法は勿論のこと、蚕を国外に持ち出すのは重罪。発覚すれば即死罪です。本人だけでなく、一族郎党に至るまで」


「なっ!? そんな危険を冒してまで蚕をこの国に密輸したのか?」


 驚愕するレイモンドに、シュリーは何でもないことのように鼻を鳴らした。


「あら。貴方様と婚姻した私はもうアストラダム王国民ですわ。釧の法律など知ったことではありません。それに……私の一族郎党と言えば即ち、釧の皇族や官吏ですもの。私を処罰しようとすれば、彼等は自分達の首を絞めることになるのです。私を咎めたところで誰が得をするのです?」


 ケラケラと笑う妻に、これぞシュリーだなと思いつつ。レイモンドは、改めて木箱の中を見た。


「つまりこの卵は、宝を産む金の卵なのだな」


「左様でございます。きっと役に立つだろうと、嫁入り道具の中に卵を隠して持ち込んだのですわ。ちょうど卵の休眠期に重なりましたので、持ち運びも楽でした」


「……遠い異国に嫁ぐからと、これを持って来ようとする花嫁はなかなかいないのではないか」


「そうでございましょうね。普通の姫ならそんな発想すらないでしょう。考えついたとしても途中で見つかっていたでしょうね。勿論、私はそんなヘマは致しませんが。陛下の花嫁が私で良かったですわね」


 美麗な顔で胸を張って微笑む妻を見て、レイモンドはキュンとしてしまう。シュリーのこういった大胆で不敵で自信満々で、普通ではないところが、どうにもレイモンドのツボにこれでもかと嵌って仕方なかった。


「私の妻はそなた以外考えられない」


 レイモンドが真面目な顔でそう言うと、シュリーはその大きな黒目を輝かせた。


「まあ! そうでございましょう? シャオレイ、もっと私を褒めて下さいませ」


 するりと抱き着いてきた妻を受け止めて、レイモンドはどこまでも真面目に妻の要望に応えた。


「そなたは美しく聡明で多才で、時に妖艶であり、可憐であり、豪胆で優雅だ。そして強くしなやかで、突拍子もないことをする姿さえ愛らしい。そなたのような女は他にいない。私には勿体無いほどに最高の妻だ」


 レイモンドの腕の中で頭を撫でてもらいながら、シュリーは胸をときめかせて夫の言葉を噛み締めた。


 感嘆、驚異、畏怖、賛美に崇拝。数多の美辞麗句を受けたことのあるシュリーは、そのどれよりも夫からの言葉に胸を躍らせた。レイモンドが真っ直ぐに見ているのは、シュリーの能力や外観だけではない。もっと内面的な、シュリーの普通ではない部分まで、レイモンドは見てくれている。そう感じられるからこそ、シュリーは夫が愛しくて仕方なかった。


「……私をこんなに夢中にさせる男も、貴方様だけですわ」


「ん?」


「うふふ。どうやら私達は、『とてもとても愛し合っている』お似合いの夫婦のようですわね」


「なっ!? あれを聞いていたのか?」


「当然ですわ。陛下が他の女と楽しげに話しているのを、黙って見ているはずがないでしょう? ちゃんと聞いておりました」


 妻の宣言に、レイモンドは眉を下げて恥ずかしげに頰を掻いた。


「……間違ってはいない。……そうであろう?」


 おずおずと。しかし、ハッキリとそう言ったレイモンドに、シュリーは心臓が飛び出すかと思った。急に子供のように不安げな顔で、何を言い出すのかこの男は。夫が可愛くて可愛くて可愛過ぎてどうにかなりそうなシュリー。


 あまりの愛おしさに指先まで痺れる程の手を、レイモンドの頬に滑らせて。シュリーは、夜にしか見せない顔で夫を見上げた。


「当然ですわ。陛下……私のシャオレイ……」


 毎夜見せつけられているその視線や表情に、レイモンドの喉が鳴る。


「シュリー……」


 昼間がどうのこうのと言っていた新婚の夫婦は、堪え切れずに互いを引き寄せ合った。

















「それで……この虫を、子供達に育てさせるのか?」


 乱れた髪やら服やらを直しながら、レイモンドは改めてシュリーに問い掛けた。


「はい。虫を育てるには、大人より子供の方が適していますでしょう? 大人は陛下のように虫に嫌悪感を示しますもの。陛下に懐いている従順な彼等は幼いうちに洗脳……教育すれば、立派な職人になりますわ」


 床に落ちた簪を拾い上げながら、シュリーはニヤリと笑う。


「それにあの場所は人里離れていて秘密保持には打ってつけ、更には陛下が植えられた桑は蚕の唯一の餌。あれ程条件の良い場所は他にありませんことよ」


「それは……確かに。そうかもしれないが……こういった生物の飼育には専門的な知識がいるのではないか?」


「あらあら、陛下。私を誰だとお思いですの? 私にお任せ下さいませ」


 シュリーは、いつものように手を胸に当てて厳かに微笑んだ。



「私、養蚕には多少の心得がございますの」










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― 新着の感想 ―
[良い点] この夫婦、相思相愛が過ぎるだろ、と思っていたらなるほど、嫌悪感を抱く方も居るのですね。 しかし付き合いたてならこんなものでは、と思わなくもないですね。 それよりも、sasasa様は「…
[良い点] ホータン伝説ですな 蚕をはるか西国に届けるには杖に仕込むより花嫁行列に隠す方がはるかに容易… とはいえ、これバレたら祖国から相当の罰が降るのでは。別に国外で祖国の律を厳格に運用する必要はな…
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