異類の中を行く
その日シュリーは、ガレッティ侯爵夫人から送られてきたお茶会の招待状を受け取った。
「社交辞令ではなくちゃんと招待して下さるところをみると、侯爵夫人は本当に釧に興味がおありなのね」
ガレッティ侯爵夫人の手紙と、もう一通別の手紙をシュリーに持って来たドーラは、心配そうに王妃に申し出る。
「あの……差し出がましいかとは思うのですが、王妃殿下はお茶会についてご存知ですか?」
「私が知っているのは、釧の後宮のとってもギスギスしていて楽しいお茶会だけよ。この国の貴婦人達のお茶会について、教えてくれると助かるわ」
ドーラがレイモンドの乳母だったと知ってから、シュリーはドーラに対して気安く話すようになった。頼りにされて嬉しいドーラは、シュリーのために懇切丁寧に説明した。
「もちろん、お茶を飲んで語らい合うのがメインなのですが、高位貴族の方々のお茶会ですと、いわゆる〝お土産〟が重要です。それぞれが参加者にプレゼントを持参するのです。そのセンスによって、お茶会での立ち位置が決まります」
ドーラの説明にふむふむと頷いたシュリーは、ニヤリと笑った。
「成程。お土産ね。そうねぇ。では、王宮で使われている食器の保管場所に案内してもらえるかしら? それと、もう一通の手紙は燃やしといて頂戴」
ドーラに案内され、シュリーは王宮で使われる多種多様な食器の保管庫に来ていた。
「これも微妙ね。これも……物足りないわ」
皿を一つずつ吟味しながら、爪で叩いたり指でなぞったりして何やら呟くシュリー。倉庫の中を全て見て回る勢いのシュリーは、端の方で埃を被っている食器を見つけて足を止めた。
他の皿はピカピカなところを見るに、この皿はあまり使われていないらしい。
「ふーん? ドーラ、この食器はどこの工房から納められたのかしら?」
「そちらは……ええっと、王都の郊外にあるマイスンという工房から仕入れたものでございます」
細かい名簿を追っていったドーラが答えると、シュリーはその皿を取り上げて爪で弾いた。コンッと硬い音が鳴る。
「いいわ。明日にでもその工房の職人を呼んでくれるかしら?」
「承知致しました」
頭を下げたドーラに満足して、シュリーはカトラリーに目を向ける。大小様々なナイフやフォーク、スプーン。何の気なしに手に取っていたところで、シュリーはふと窓の外を見た。
「あら? あれは……」
レイモンドは、深いフードを被り、金髪を一時的に魔法で茶色く染めて王宮の裏口へ向かっていた。
妻であるシュリーに黙って出るのは気が引けたが、まだ妻に話すのは早い気がして今回は一人で王宮を抜け出すことにしたのだ。
裏門の少し手前、城壁の下に抜け穴がある場所へ来たレイモンドは、身を屈めようとしたところで背後から声を掛けられた。
「陛下、お一人で何処に行かれますの?」
ギクリ、と反応したレイモンドは、振り返って目を見開く。何をどうしてこんな所にいるのか。そこには妻である王妃、シュリーが笑顔を浮かべて立っていた。
「シ、シュリー……何故ここに」
シュリーは、ニコニコと崩れぬ微笑を浮かべながら夫に詰め寄る。
「コソコソと。変装までして、護衛の騎士も置き去りにして。王宮から抜け出して何処に行く気なのです? 私との時間を犠牲にしてまで行きたい所がありますの? よもや、他の女のところに行こうなどと……」
「誤解だ! シュリー、頼むから話を聞いてくれ! 正直に話す、いつかそなたを一緒に連れて行きたいと思っていたのだ! だからそのナイフは元の場所に戻して来なさい」
シュリーの手の中でギラリと光る銀色に顔を青くしながら、レイモンドは妻を宥めた。終始笑顔なところが本当に恐い。
どうやら秘密の逢引に行くわけではなさそうだと判断したシュリーは、息を切らしながら駆け付けてきたドーラにナイフを渡した。
「私も連れて行って下さるのなら、陛下のお話を聞きましょう」
簡素で粗末な馬車に揺られながら、レイモンドはシュリーに弁明していた。
「いつかそなたには同行して欲しいと、本当に思っていたのだ。予定より早くなったが、私の伴侶であるそなたには、是非理解して欲しい」
神妙な様子の夫に少しだけ身構えたシュリーは、いったい何処に連れて行かれるのかとアレコレ思考を飛ばす。
しかし、シュリーが考え込んで想定したあらゆる事態を、レイモンドは呆気なく飛び越えるのだ。
到着したと聞いて馬車を降りたシュリーは、明るい笑い声が風に乗って聞こえてくるのに気付いた。声の感じからして、大人の声ではない。
「子供……?」
王都の郊外に、ポツンと建つ山荘。その周囲で遊ぶのは、まだ幼気な子供達だった。
「ここは、身寄りのない子供達を育てる孤児院だ。私が第二王子だった時代から私財を投じて援助してきた施設の一つでもある」
レイモンドの言葉を聞いて、シュリーは納得したと同時に息を吐いた。ここに来る為だけに、国王が変装して護衛も置かずに街に出るのだと思うと、溜息しか出なかった。
「レイさま! レイさまが来た!」
レイモンドを見つけた子供が叫べば、走り回っていた子供達は一斉にレイモンドの元にやって来る。
『わぁー』と『きゃー』がそこら辺中に溢れかえっていて、シュリーは瞳を瞬かせていた。その一人一人に挨拶をしながら、レイモンドは優しい顔で子供達を見ていた。
「つまり……ここにいる子供達は、陛下にとても懐いているのですわね? そして陛下は、定期的に彼等に会いに来ていると」
挨拶がひと段落して、庭で遊ぶ子供達を眺めながら、シュリーは夫に問い掛けた。
「まあ、どの子もここに来た時から見ているからな。第二王子として個人的になら慈善活動の一つとして黙認されていたが、国王としてここに私財を投じるのは、贔屓や差別と取られてしまう。表立っての援助ができず、コソコソと王宮を抜け出して会いに来るのがやっとなのだ」
できることなら、もっと子供達に何かをしてやりたい。
そう吐露する苦しげな夫を見て、シュリーはまったくこれだからこの人は……と、目を細める。そうしてまた一つ、夫の好きな部分を増やしたのだった。
と、そこでシュリーはある事に気がつく。
「……陛下。ここにある大量の木ですが。これは桑の木ではないですか?」
「クワ? それはマルベリーだと聞いたぞ? 甘い実のなる丈夫な木だ。子供達のおやつ代わりになればと私が植えたのだ。それがいつの間にか増えに増えたらしいな」
シュリーの思考が、常人には到底真似できない速度で駆け巡る。そして頭の中で算盤を弾き出したシュリーは、思わずレイモンドの手を取った。
「シャオレイ! やはり貴方様は世界一の旦那様ですわ!」
「……ん?」
「若くて従順な労働力、人里離れた場所、そして桑畑。私の欲しかったものが全てここに揃っております」
突然はしゃぎ出した妻についていけず、惚けるレイモンドは、続く妻の言葉に絶句した。
「私が。セリカ王妃として新規の個人事業を立ち上げ、あの子達を雇いますわ」
 




