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【書籍化】その王妃は異邦人  作者: sasasa
第一部 〜異ノ章〜
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縁は異なもの味なもの




「あらあら、陛下。随分とお疲れですわね?」


 長い一日を終え、就寝を前にフラフラと現れたレイモンドを見て、ベッドの上で夫を待っていたシュリーは優しげな目を向けた。その顔を見て、レイモンドは固まる。


 幼い印象を消す為、凛とした切長の目元を演出していた化粧を落としたシュリーは、美しく愛らしい素顔を晒して夫を見つめていたのだ。


 化粧を施している時は陶器のように滑らかな肌が、今はつるりと剥きたての卵のように艶々して光を弾かせていた。


「うふふ。いかが致しまして? 私の顔に何かついておりますの?」


「いや……そなたは、化粧をしてもしなくても世界一美しいな」


 素直に惚ける夫に毒気を抜かれたシュリーは、悶えそうになるのを堪えて夫をベッドに促した。


「どうぞ横になって下さいませ。私が疲れを癒して差し上げますわ」


 シュリーの細い手が、レイモンドへ伸ばされる。


「疲れを癒す……?」


 何を考えたのか、耳の先を赤らめたレイモンドを正面から覗き込んだシュリーは、可笑しそうに笑った。



「私、推拿(すいな)(マッサージ)には多少の心得がございますの」








「うっ……く、……!」


 レイモンドは、ベッドの上で声を震わせていた。


 うつ伏せに寝転んだレイモンドの腰に跨り、肩から背中、腰をシュリーの手が指が絶妙な力加減で押していく。硬くなっていた身体が骨ごと解されていくようだった。


 そのあまりの心地好さに声を抑えられないレイモンドは、何でも完璧以上に出来てしまう妻に驚嘆しながらも、その手技に溺れていった。




「邪魔ですわね、少々お待ちを」


 レイモンドの身体を押す度にシャラシャラと揺れていた指の装飾品と腕環を外したシュリーは、それらをサイドテーブルに置いた。


 長い爪を丸ごと覆うような、指の先に取り付ける金属製の不思議なその飾りを見て、レイモンドは疑問に思っていたことを妻に問い掛ける。


「何故、そなたは薬指と小指の爪が長いのだ?」


「これですの? この国では違うようですが、釧では長い爪が美の象徴なのですわ。特に家事をする必要のない貴人は、自らの高位さを見せつける為に爪を伸ばしているのです。慣習のまま伸ばしておりましたが、特に思い入れもございません。陛下が不快に思われるなら、今すぐに切り落としますわよ?」


「いや、その必要ない。そなたはそなたのまま、いつでも在りたいようにいてくれ」


「…………」


 何の気なしに言うレイモンドのその言葉が、どれ程シュリーの心を救い、この奇縁を神に感謝したくなるか。レイモンドは知る由もなかった。


「その腕環も、見事な逸品だな」


 シュリーがずっと着けていた腕環を改めて見たレイモンドは、その意匠の緻密さに些か驚いた。


「全て金か? 装飾にサファイア、ルビー、琥珀、エメラルド。繊細な彫りも実に見事だ。それは動物か?」


「こちらは四獣でございますわ。釧の四方を祀る神獣、青龍、朱雀、白虎、玄武の四神。それぞれの目に宝石が嵌め込まれておりますの」


「ふむ。釧の神獣か。やはりそれは、相当な品なのであろうな」


 腕環を見下ろしたシュリーは、この腕環を後生大事にしていた父を思い出して冷ややかにニヤリと笑った。


「こんなものは、何の変哲もないただの腕環ですわ。釧の皇宮ではごくごく平々凡々な、ありふれたものですわよ」


「そうなのか? 釧という国は、実に興味深い」


 腕環を見つめ続ける夫を見下ろして、シュリーは手を止めた。


「それで、どうです? 陛下のお身体の凝りは大分解けたと思いますけれど」


「ああ。随分と楽になった。ありがとう」


 シュリーが退けると、起き上がったレイモンドは正面に座る妻と向かい合わせになった。


「では次は、私の番ですわね。陛下、どうぞお手柔らかにお願い致します」


 そう言ってするりと上衣を肩から落としたシュリーを見て、レイモンドの喉が鳴る。しかし、シュリーは悪戯に笑って夫を揶揄った。


「私も、今日は疲れましたわ。貴族達の相手に肩が凝ってしまって……揉みほぐして下さいませんこと?」


「あ、ああ。そうか。そういうことか。こういうのは初めてであまり自信はないが……横になってくれ」


 素直なレイモンドは、自分がしてもらったのと同じようにシュリーを寝かせ、上からその華奢な肩をなぞった。


「うふふ、擽ったいですわ」


「す、すまない。弱すぎたか? だが、あまり強くするとそなたの華奢な身体を壊してしまいそうで……」


「あら。言いましたでしょう? 私は、それほど軟弱ではございませんわ」


 うつ伏せに寝転んだ妻が、首を捻って背後の夫を見遣る。露わになった細い肩は白く滑らかで、甘い香りがした。


「もっと強くして頂いて結構よ、シャオレイ」


 後ろ手に掴まれたレイモンドの手が、妻の腰に導かれる。釧の不思議な薄衣は、そこにある紐の結び目を解くだけで簡単に脱げてしまうことを、レイモンドは既に知っていた。


 今度こそ誘われているのだと理解したレイモンドは、ゴクリと唾を飲み込み、背後から覆い被さるように妻に唇を寄せた。





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