『稲妻』ウィンダ・ドン
「マッドシェルスライムが4体、ビーホークが2体、ウィルプラタスコーピアが8体ですね、ご提出いただいた素材と照合します」
「ああ。それと、これも。ゴブリンの集団…20体規模だった。発見地点は……地図ありますか?」
2日目の夕。ギルドで狩猟報告だ。討伐証明を見せることで、ギルドの設定した討伐報酬が貰える。これは冒険者……というよりは狩人としての収入になる。
モンスターが人々に害を成す存在であることは言うまでもないが、特定種を狩りすぎることで予想外な生態系の変化を生むことがあるらしい。そういったわけで、ギルドは冒険者たちのモンスターの個体数や討伐数を把握し、討伐報酬額を調整しているようだ。つまり、この討伐報酬は時価になる。
ちなみに、人類に対しての危険度が小さい生物、例えばF級のミールスネークなどは、基本的に恒常クエストの対象にならない。よって討伐報酬はない。素材売却という稼ぎ方もあるため、討伐報酬が出なくても素材のために乱獲されることがあるのだが、どうやらギルドは市場の流れもチェックしており、乱獲に対する制裁などが与えられる冒険者もいるという噂だ。
「討伐報酬は11,020tbsです。ゴブリンの情報提供もありがとうございました。素材はお持ち帰りですか?」
「持ち帰りで」
この1万強の報酬のうち、2割はゴブリンによるもの。ランクこそF級と最低級なものの、都市への侵入や略奪・人攫いを含む人類への損害が大きく、繁殖力も高い生物のため、ランクの割に高めの討伐報酬が設定されている。撲滅省令が出ている数少ないモンスターの一つだ。財源は都税。
「ああそうだ、ついでで悪いんですが、昇級試験の予約とメンバー募集をお願いします」
「承ります。昇級試験は何級の予約をしましょうか」
「C級、最短で」
「えっ」
横についてやりとりを聞いていたナナが素っ頓狂な声を上げて反論する。
「トーマスさん!私、昨日冒険者登録したばかりですよ!?D級ならいけますけど、C級って」
「試験を受けられるのはそちらのお方ですか?」
「そうですが……飛び級の試験、前例ありますよね」
「ええ、まぁ……少々お待ちください」
受付が下がる。先ほど反論を無視してしまったことを詫びつつ、ナナに説明をする。
「ああ、すまん。いやなあ、ナナならもうC級の実力はあるとみているんだ」
「でも……確かに『標燐』の扱いにも慣れてきましたが……」
「敵ランク指定は、1パーティが単体を相手にするときの難易度指標だ。1パーティは3〜7人想定。つまり、D級モンスターを5人がかりで1体を安全に倒せるのがD級冒険者だと考えるんだ」
「5人がかりで1体を安全に……あれ?」
「そう。ウィルプラタスコーピアとビーホークはどちらもD級だが、ナナはソロで複数体を相手取り、余裕を持って討伐しているんだ。だからC級の資格十分だと俺は考えている」
もちろん、前に話した環境によるランク補正もあるし、「群れる」「仲間を呼ぶ」といった習性のあるモンスターはそれも加味したランクになるが、ナナの狩った2種にその習性はない。
「そうなんですね。……あの、さっきの受付の人、すごく不思議そうな顔してませんでした?C級とか、そんなすぐに飛ばせるものじゃないだろうし。そもそも冒険者になって翌日の新人が1人で複数のモンスターを狩ってくるなんていうのも」
「成人のタイミングで冒険者登録をしたやつには、数日で昇級とか、あるいは飛び級っていうのは稀にあるんだ。今まで未登録だっただけの話だし、ちゃんと実力が伴っているならすぐに適性ランクに上がれるはず」
自分で言いながらも、少し自信がない。俺の説明は、確かに理屈としては正しい。正しいのだが。
「……そういうものなんですか?」
「……F級からD級なら何度か聞いたことがあるが、E級からC級は俺自身も聞いたことがない。もしかしたら初めてかもしれん」
「……ええ……」
ナナは困惑の表情を浮かべている。正直、俺だって同じ気持ちさ。でも、君の動きを間近で見た自分の判断は間違っていないと思うんだ。それにナナのランクが早く上がってくれないと困るのだ。
「なんだか随分と面白そうな話してんなぁ〜」
後ろから、ケラケラと笑い声が聞こえる。振り返るとそこにいたのは一人の小柄なエルフだった。年齢は……まだ第二次性徴が済んでいないため、10〜25歳ぐらいだろうか……イマイチ絞り込めない。
「ん〜?挨拶もなしかぁ?E級たぁ偉いもんだなぁ〜?」
手に持った魔法杖の石突きでトントンと床を鳴らしながら、エルフが喋り続ける。随分と高圧的だな。ナナを庇うように一歩出る。
「……すまない。どなたか存じ上げないが、てっきり大きな独り言かと思ったよ」
「俺のことを知らないだぁ?」
エルフが眉間にシワを寄せ、不快感を露わにした。かと思うと今度はニカっと歯を見せてはにかんだ。
「知らねぇもんは仕方がねぇ!自己紹介をしてやる!」
そう言うと、エルフはビシッと……よく分からない、何かのポーズをとった。
「だだーん!!俺は『稲妻』のウィンダ!このチャルコを拠点に活動するB級のソロ冒険者にしてぇ、サンダーボルト最強の使い手ッ!!!」
「…………」
ウィンダと名乗る少女は、その言葉を最後に、高笑いを始めた。どうやら、自分の中で完結したようだ。
しばらく高笑いを続けた後、満足げにこちらを見たが、そこでやっと、自分が無視されていることに気づいたらしい。
「お前らも自己紹介しろぉ!」
怒鳴られた。ナナが一瞬肩を震わせたが、すぐに背筋を伸ばし、先に名乗った。
「私はナナ・ユー・ブラッドタイガー。よろしくお願いします」
ナナは一礼すると、静かに、ウィンダの目を見つめた。
「うん、うん。ナナか。……いい名前だな!!多分ッ!!よく分からんが響きがいい!!で、そっちは」
「トーマス・シンカーだ」
「……シンカー?……シンカー、だと?」
ウィンダが眉を顰め、口を開き、何かを言おうとしたが……その口を開けたまま俺の装備を舐め回すように見て、鼻を鳴らした。
「はんッ、お前がシンカーだと?笑わせんな」
何やら怒っているように見える。ウィンダの持っていた杖がポウと光り始める。これは、もしかして、ここで魔法を使う気か?
「そんな平凡な装備で……シンカーを騙るなッ!!」
「屋内でそんな魔法を使うな」
その杖から魔法が飛び出す前に、小爆発の加速でウィンダに接近。彼女を押し倒した。
「ぐッ!!?」
「魔法職となればフィジカルはこんなもんか」
「……存外やるな、お前……お?なんだこれは?」
ウィンダは床に落ちている……否、俺が床に落とした魔導具を見て尋ねた。
「ああ、それは集雷管だ。雷撃を吸い寄せるから、避雷針として置いた」
フローティングシープの狩りの際に用いる魔導具。羊毛や魔法角といった羊素材を使った手作り品だ。
「……えッ……」
「……?」
「え、待って、待って、本物?本物のシンカーだッ!?うおぁ〜〜〜〜〜ッ!!うぐっ、ひぐっ」
いきなり泣き始めた。どうしたんだコイツは。
「シンカー!会いたかったぞぉーッ!」
俺は彼女の上から離れようとしたが、腰にしがみつかれて離れない。
「おい、何してるんだ」
「『沈み屋』、『羊落とし』、『空飛ぶ只人』!!!あんたが本物のトーマス・シンカーなんだな!!!??」
「なんだその異名は。ちょっと変な気分だな」
「あ、私は『虎爪』のナナです!」
ナナが張り合い始めた。その異名もなんだ、即興か?ややこしくなるので入ってこないでほしいんだが……。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「いやぁ、実は大ファンなんだよ!!ほら、あんたが作ったっていう魔導具もしっかり使わせてもらってるぜ」
ウィンダは髪をかき上げてイヤリングを見せる。いつぞや行商から買って加工した、琥珀のイヤリングだ。確かに俺が作った魔導具に違いない。
「そりゃ良かったよ。今後もご贔屓にしてもらえるとありがたい」
「ああ、是非そうさせてもらうが……あんた、パーティを組んだのか?言い伝えじゃあ、ずっとソロだって」
「言い伝えって、お前、俺のことをなんか神格化してないか?」
「私が頼み込んで、それでパーティを組ませてもらっています」
ナナが割って入り補足する。
ウィンダの視線が横のナナに移る……が、一瞥するとまたこちらに視線を戻す。
「その東方の仮装したE級とどうしてつるんでる」
「当然の疑問だろうが、個人的な理由だ。話す義理はない」
「私、山脈越えがしたいんです!すぐにでも」
「!?おい、ナナ」
「山脈越え……今の時期にか……」
「仲間が欲しいんですが、飛竜種は相手にできますか?」
「そりゃパーティの勧誘か?それともお前の護衛依頼を直接指名してんのか?」
ウィンダが鼻で笑う。
ナナを早く昇級させたかった理由はこれだ。
E級ということで、お荷物に見られる。(荷物持ちという意味ではなく。)そうすると人は寄り付きにくい。
ナナの実力が分かれば、そんなこともなくなるはずなのだが。
いや、というかそもそも。
「こいつを誘うのか?ナナ」
「ソロだって名乗ってましたし……なんとなく直感が言っています。この人を誘えって」
「んなバカな。こいつを誘ってどうする」
「おいおいおい、待て待て待てッ!!!誘ってくれねぇのかよ沈み屋!!」
「はあ?」
ウィンダがオロオロと狼狽し始める。どういうことだ。
ナナもウィンダも、訳の分からない発言がさっきから多過ぎだ。混乱してきた。
整理しよう。
「お前は何がしたいんだ、ウィンダ」
「こいつが良くて、俺が誘われない理由がわからん。俺をパーティに入れろ」
厄介なファンの嫉妬か?ウィンダは加入する気でいる。ナナもそれを望んでいるようだ。うーん。
「一応聞くが、役割は?」
「魔法使いだ!!雷のな!!」
「そうだよな。適性は水と風か?」
「そうなるな!!」
「雷電系統魔法の使い手ですか……格好いいですね!!」
「おッ?おおッ!!分かってるじゃねえかよお前ッ!!」
ナナとウィンダが意気投合し始めた。
俺は彼女を加入させる案を真剣に考えてみる。
魔法使いは通常後衛だ。ソロで冒険するには不都合も多い。だがそれでB級ということは、単なる火力だけでなく、総合的に見てそれなりの実力者であることが予想できる。先ほど放とうとしたサンダーボルトもチャージが驚くほど速かったし、おそらくは間合いを選ばない戦い方もやろうと思えばできるのだろう。
役割のバランスもいい。仲間を募集するなら、盾役か火力持ちをと考えていた。
まず斥候役には俺がいればいい。
ナナは最前線で刀を振るうが、まだ弱点を突くために必要な剣技の正確性に欠けるため、決定力がない……実質的には回避盾のような動きをしていた。なので、一案としては、ナナが冷静に弱点を見極められるよう、最前線に盾役が欲しかった。あるいは、決定力を別の人物に任せる案か。
サンダーボルトを得意技とする火力役なら、うまくパーティが機能するはずだ。
性格はよくわからないが、一見ツンツンとして高圧的な態度をしているものの、シンパシーを感じるとすぐに親密になるタイプのようだ。俺に対しての尊敬の念もあるようだし、制御できないこともないだろう。
あれ、意外とイケるかもしれない。
「美人局か何かじゃ……ないよな」
「アホ!そんなことするやつに見えるか俺!!?」
「どうでしょうか、トーマスさん」
「目標というか、目的は一致してるのか、もう一度確認したい」
「目的か。そうだな……俺はカッコいい奴と一緒に冒険したい!だからお前についていく。楽しそうだし、得られるものも多そうだ!ドラゴンも狩れそうだしなッ!!」
「いや、狩れないから仲間集めをしてたところだが」
「そうなのか?」
「俺は羊狩りだぞ。今まで飛竜種は相手にしてこなかった。足をやられたしな。この話は伝わってなかったか?」
俺は左脚部の義足を見せる。
「……その話、本当だったんだな。……だが、関係ねぇ!俺と協力すれば、そのドラゴンにもきっとリベンジできるぜ!!」
「……そうだといいな。よし、わかった。『稲妻』のウィンダ。これからよろしくな」
握手を交わす。こうして3人目のパーティメンバー、ウィンダ・ドンが仲間になった。
○ウィンダ・ドン
種族:人類・エルフ
年齢:19歳
職業:魔法使い(精霊使い)・B級冒険者・歴史学・気象学者
ロール:後衛・魔法火力役
使用武器:雷杖『アルゲス』(迷宮ゴーレム:雷象ドズルダズラ素材、水属性)、魔導具複数、ピッケル
精霊適性:水・風
特技:サンダーボルト、衝撃耐性強化(味方)、痕跡消し
性格:ギャング意識、博打屋、オタク気質、好奇心旺盛
戦闘スタイル:毎日力尽きるまでサンダーボルトを使うサンダーボルト厨。一応他の魔法も使えるが、一番かっこいいと思っている雷電系統魔法に固執している。一応、帝都分類における水、雷電、霧、風の4系統魔法を操ることができる。
度々パーティを結成しようとするが、なぜかすぐに解散する。ウィンダには理由が分からない。
異名『稲妻』は彼女が自称しているものだが、あまり広まっていない。