表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/8

「一体何者なんだろう」

「ええ〜っ、てっきりチャルコでやってくんだと思ってたけど、帝都まで旅するのぉ?」

「ええ、そうなんです。こいつを送ってやらないと」

 ペコさんに驚かれた。店主オススメで装備を整えろ、といえば、当然目的の聞き取りをされる。そこで暈しながら掻い摘んで説明していたのだが、ペコさんが興味津々で根掘り葉掘り聞くものだから、ついこれまでの経緯を全て話してしまった。


「大変だったんだねぇ……。そうかあ、故郷に帰るんかぁ。踏ん張らなきゃだね」

「はいっ」

 ペコさんはナナを激励し、ナナは顔をキュッと引き締め返事をする。踏ん張らなきゃ。俺もよく言われたなぁ。

 俺とペコさんとは付き合いが長い。俺が狩人を始めた頃からだから、かれこれ10年目になる。初心者の頃は本当に世話になった。今も世話になってるけど。


「防具についてはどう思います?」

「んー、トーマスくんの見立て通りで合ってるんじゃない?トーマスくんが着てる羊狩り用の耐寒装備は山脈越えにぴったりだし、防御力もそれなりだ。ナナちゃんが持ってる防寒着も、革製で最低限身を守れる。子供が重い鎧を着ていても、動けなくなるしね。動きやすさは大事だ。それに」

 武具の手入れをしながら話していたペコさんが、説明を一拍置く。

 視線の先は、ナナの着ている羽織袴だ。


「この服、何かあるよねぇ。魔力が通ってる。トーマスくんの羊毛とは別物だけど、魔法糸だよぉ。全然擦り切れてない。何か付加(エンチャント)があるのかなぁ。見た目よりしっかり防御力もあるようだし、いいものだから大事に着なさいな。そういうわけで、特に防具の購入は必要なし!っていうのが僕の見解だよぉ」

「そうですか、よかった」

「私もよく分からないまま着ていますが、このままでいいんですね!」

 ナナは嬉しそうだ。俺もホッと胸を撫で下ろす。

 予算的にも、荷物の総重量的にも、あまり増えるのは好ましくない。浮遊で軽くすることはできるが、マナの消費もそれなりだし、飛竜種に襲われた時の逃走が困難になる。


「ナナちゃんの装備はそのまま進んでも良さそうだけど、トーマスくんの装備だと、湿気の多いヒスプリスク側に下山した時に暑苦しいかもねぇ。着たまま行けるかはちょっとどうかなぁ……山越え前にこっちで持ってても邪魔だし、向こうで何か買うのがいいんじゃない?」

「ヒスプリスクではよく騙されるって噂ですから、信頼できるペコさんの店で買っておきたい気持ちもあるんですが……そうですね」

「向こう側は初めてなんだよねぇ、他所での買い物、ドキドキするねぇ!何事も経験だよ、トーマスくん?」

 ペコさんが笑いかけてくる。確かに、何事も経験というのは一理ある。もし騙されたとしても、そこは()()()というやつだと割り切ってしまってもいいかもしれない。意外とヒスプリスクだって良いところかもしれないし。


 ドアベルが小気味良く鳴り、他の客が入ってくる。

「いらっしゃい〜、ゆっくり見て行ってちょーだい。……まあ大体そんなところだねぇ。情報料はいつもの、ね」

帰還報告(デブリーフィング)、ですね。毎度毎度ありがとうございます」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 早めの昼食を済ませ、俺たちは再び都市の外に出てきていた。

 開けた草原での戦闘。快晴で視界も良好である。


「ほっ」


 横薙ぎの一閃。踏み込んで袈裟斬(けさぎ)り。ゴブリンが倒される。これで10体目だ。

 踊るような軽やかな剣(さば)き。ナナは好調だ。新しい脇差との相性が抜群なのだろう。


「近くにお家があるんでしょうかね?巣というか、集落というか」

「…………」

「……あの、トーマスさん?回収しましょう?」

「……!ああ!!」

 ゴブリンの遺品回収、もとい討伐証明の剥ぎ取りをしなければ。

 ナナが倒したゴブリンに駆け寄る。一撃で仕留められているのが一眼で分かる。バッサリと両断されているから。


 ……彼女の動きにちょっと見惚れていた。

 洗練されていないのはまあそうだが、それでも初心者冒険者とは思えないほどに機敏な動き。

 これはひょっとすると、E級なんてレベルじゃなくて既に……


「あ、前方になんかいます。ウィルプラタスコーピアかな。やっぱ昼間動いてるのは、結構わかるもんですね」

 ナナの報告を聞き顔を上げる。本当だ。2体ほどのスコーピアが見える。

 念の為、マナの跡を探ると、周囲にもう3体、計5体の存在が確認できた。


「ああ。丁度そこは草が生えていないからってのもあるが」

「もう、気づけたんだから素直に褒めてくださいよ」

「……ありがとう。探知してなかったから気づかなかったよ」

 感謝を受けてナナがにかっと笑う。

「こっちの回収は終わった。……右にも3体いる。そっちを俺が」

「うん。正面2体は私が」

「了解」


 ナナが走り出す。彼女の戦闘スタイルは、相変わらずの突撃特攻、モットーは先手必勝だ。

 だが、不意を付けなければ先制のメリットはそう多くない。

 だから。


 振りかぶったのは刀の斬撃ではない。腕から物体が放たれる。石。投擲(とうてき)だ。

 投石が放物線を描く。そのうちにもナナは接近する。

 石がサソリの後方に落ちる。地面にぶつかる。なんていうことはない、ただの石だ。

 だがその僅かな音と振動に、スコーピアの意識は一瞬、掻き乱される。


 ナナが刀を抜く。その頭身から、パチリ、と音がした。

 脇差『標燐』の白刃が煌めく。その反射光はナナの動きに合わせて揺れ、サソリの尻尾を落とし、ハサミを落とし、足を落とした。


 その一部始終を俺は横目で見届ける。

 スコーピアが音や振動に反応するという習性は昨夜伝えた。うまく知識を活用してくれたことは嬉しいが……今日初めて使う武器を早速使いこなしていることも含め、彼女の戦闘への適応力には驚かされる。だが、コレならもう一体も大丈夫だろう。

 よそ見はここまで、俺には俺の獲物がいるからな。


 俺は弓を持ち、矢をつがえる。狙いを定め、……放つ。

 魔法……正確には、精霊術を使って速度を強化した矢が、1体目のサソリの口部を捉えた。サソリはその場でバタバタと暴れだす。

 3体のうち残りの2体がそれを見て異常を感知する。だがその攻撃の主は判別できていない。

 俺もナナ同様に投石を行う。そして地面を一度蹴ると、その後は空中だ。足音を立てずに近づく。

 右手のマチェットで背を向けている2体目の尻尾を切り落とす。初撃を受けたサソリがようやく振り向き迎撃しようするがもう遅い。風魔法で体を回転させながら左横腹の節に捩じ込む。切り返して反体側から振り抜くと、2体目も胴体を切断され、ビチビチと痙攣を起こす。


 3体目。

 スコーピアはこちらを向きつつもジリジリと後退し、間合いを取ろうとしているのがわかる。

 こちらも一旦地に足をつけ、マチェットを構え直す。


「トーマスさん、こっちは完了です」

「ナイス!こっちはあと1匹!」


 向こうは、たとえ防戦一方でも毒針1発で痺れさせれば勝ちなのだから、待ちの姿勢を崩さない。俺が先に仕掛けて接近するのを待っている。

 だがそれに付き合う義理はない。俺は俺の得意な中距離で戦えばいい。


 ゆったりとした動きでしゃがむ。再び石を手に取る。

 そして先ほどの矢と同じように、精霊術で加速させながら、放つ!

 投擲した石が左のハサミに当たって弾ける。カーンと音が響き、僅かにノックバックが見られる。


 火力が足りないか。だが石の強度は十分だ。ならもう1発!

 着弾。ガッ、と先程より鈍い音。同じ場所に当てた石が、左のハサミにヒビを入れる。


「何遊んでいるんですか、焦ったいですよ!」

 ここでナナが横から乱入。スコーピアのヘイトがナナに向き、右のハサミで応戦する。

 ナナはそのハサミを『標燐』で受ける。火花が散る。金属が擦れる音。

 完全に注意が逸れて、俺がノーマークになる。ならば。矢をつがえる。


「……俺を忘れてもらっちゃ、困るねえ。ナナ!放つぞ!」

「はい、よ!」

 ナナが立ち位置を変えたことで、一気に射線が開けた。行ける。


 矢を放つ。

 ヒュン、と風切り音が走り、敵の横腹をぶち抜いた。


 動きの鈍った手負いのサソリに、ナナが、止めを、刺す。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 スコーピアが崩れ落ちるのを見届けると、ナナは刀に付着した青色の血糊を払う。

「お疲れ様、ナナ。たった数回の戦闘で随分と腕を上げたね」

「へへん、そうでしょう?トーマスさんより強いかも」

 胸を張るナナ。言ってくれる。


「さっきのは遊んでたんじゃなくて、基本あの距離で戦うのが俺のやり方なんだよ。ソロの時は、奇襲以外は中距離を保つ。一方的に攻撃できるから」

「わかってますよ。トーマスさんもすごいです!!空中でギュンって切り返したりして!!魔法ですか!?」

 昨日はナナ一人が戦って、俺の出る幕はなかった。なので、俺が戦闘するのをナナが見るのは、今日が初めてなのだ。興奮するナナに説明してやる。


「そう、風魔法。精霊の力を半分借りながら、だけどな。体の表面でマナの小爆発を起こして、推進力を得るんだ」

 ナナが目を輝かせる。

「あ……精霊術……!私にも出来ますかね?」

「ナナは精霊に頼らない魔術を学んできたんだもんな。けど、あれだけの精霊適性があるなら、絶対できるようになる」

 正直言って、ナナは才能の塊だ。無限の伸び代を感じさせる。


「後でまた練習してみよう」

「よろしくお願いします!」


 ギルドで護衛輸送の請負人を募ってはいるが……もしかしたら、彼女は誰かに護衛されるほど弱い存在ではなかったのかもしれない。

 この子は……ナナは、一体何者なんだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ