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「私、毒に強いので!」

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 氏名:ナナ・ユー・ブラッドタイガー

 種族:只人

 性別:女性

 登録年齢(任意):12歳

 出身地(任意):帝都グラスベリーズ第二薬研特区ジアシェン

 現住所(任意):上同

 経歴・資格など(任意):国立ジアシェン士官学校初等部(プライマリ)卒業資格 第三種薬取扱資格

 斡旋希望依頼:討伐・採集・土地調査


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「……っと、こんなもんかな」

 ナナはペンを置いて背伸びをした。

 トーマスはたった今記入された用紙を眺める。

「綺麗な字だな。ここらへんで読み書きできるやつは3割もいないからちょっとした特技だぞ」

「すごいでしょ」


 ナナの各自は本当に整っていて、生まれの良さを想像させる。まぁ、帝都育ちだもんな。きっと帝都はチャルコよりも教育環境が整っているのだろう。

「にしても士官学校…意外だな…?」

「そうなんですよぉ〜、もう厳しいったらっ相当ですよぉ!なんてったって、こう」

「じゃあその横の、薬の資格は?」

「無視ですか!ええと、冒険者とかって、薬効や副作用も確かめずに変な使い方したり、ドカドカと大量摂取(オーバードーズ)したりする方が多いじゃないですか。なんで、基本的に誰でもアクセスできるその辺の商店とかだと、危ない薬は置けないんです。置いてるのは、副作用が弱くて、誰が飲んでもいい薬。それが第三種薬ってやつです。こう言っちゃなんですが、毒にも薬にもならないとか言われてるっていうか、栄養剤や健康食品(サプリメント)の類ですね」

「ふむ……」


 確かにどんなものかも分からずに薬を口にするのは、初心を忘れたD級あたりの冒険者に多い。この頃になると、いわゆる「ハイポーション」と呼ばれる上位ポーションが手に入るようになるのだが、これを通常ポーションの感覚で一気飲みすると強烈なマナ酔いを起こす。大多数の上位冒険者にこの経験があるはずだ。トーマスも初めてハイポーションを飲んだ時は、このマナ酔いでせっかく飲んだ中身を全部ぶちまけてしまった。あれがナナのいう『危ない薬』というやつで、恐らくは第二種薬に当たるものなのだろう。きっと第一種薬はその比ではなく、到底素人に扱えるモノではない……だから資格があるということだ。


「別に他所でなら、資格がなくても作ったり売ったりはできますけど、肩書きとして、ね。本来はジアシェンの中等部(セカンダリ)卒業時、つまり15歳の成人の際に資格を得るんですが、まあ私、特待生ですし?」

「なるほどねぇ……はぁ、12歳の子供に知識で負けるとは。だが薬にならないのに薬と表現するのは、こりゃ詐欺(さぎ)なんじゃないのか?」

「ジアシェンには『食薬同源(しょくやくどうげん)』という考え方があるんです。そもそも薬は食べ物から出来ていますし、身体を癒すことに関しては食事を摂ることも薬を飲むことも変わりないんです」

「効き目があるのかないのか、どっちなんだよ」

「どっちも正解、というか程度の問題なんです。第一種や第二種が『劇物(げきぶつ)』というだけの話ですよ。食事も大事なんですよ!私のところの学派ではないですが、なんなら食事でなくとも、調香や陽光で病気を治したり、文字通りの『手当て療法(ハンドヒーリング)』なんて医術を持つ方も居ますからね。私は見たことないので、ちょっと眉唾モノですけど」

「『手当て療法』なら受けたことがある。あれは本物だぞ。鍼灸の亜流らしいが、施術者と患者とが繋がって、輸血のようにマナのやりとりをするんだ」

「へぇ、本当ですか?それは是非ともお会いしたいですね」

「どうだろう、会えるかな。俺の師匠だからな」

「師匠……」


 トーマスは話題を戻す。

「さて、書類はこれでおおよそ完成なんだが、その前にナナ。チャルコに来るまでに何かモンスターを倒したり、採集を行ったりしたか?」

「あー……そうですね。殻を被った茶色いスライムと、このくらいの銀サソリ、種類は分かりませんが猛禽(もうきん)が襲ってきたので迎撃して食べました。それとはぐれゴブリンを倒しましたよ。遺品の持ち帰りで精一杯だったので、素材の剥ぎ取りはせずに放置しています。サソリの毒袋と魔石だけは回収しました。あとは薬草を摘んで食べたり丸薬(がんやく)を作ったぐらいですかね」

「……ほう」

 トーマスは思わず感嘆の声を漏らす。

「なんですか?」


「マッドシェルスライムはE級、ウィルプラタスコーピアとビーホークは単体D級のモンスターだよ。どれも初心者が相手するには危険すぎる。それを討伐してきたとは……大型新人が彗星の如く登場って感じだな」

「なんですか、それ。へへへ」

 ナナは照れ臭そうに頭を掻いた。


「この辺はモンスターの密度が高くないのも幸いしたか。だが、スコーピアもそれなりに擬態(ぎたい)能力が高いし、ビーホークに襲われたのをそのまま迎撃って…なんか…なんか普通じゃないな」

「反射神経がいいんですよ。昔から運動が得意だったから、きっとそれで」

「そういう問題なのか?……まあいいか。じゃあ書類提出と一緒に、素材を一緒に見せにいこう」

「はい、了解ですっ」

 カウンターに必要書類と討伐証明を提出し、ナナは晴れてE級冒険者からのスタートとなった。そう、E級から。


「E級ですか」

 ギルドを出たナナとトーマス。ナナの方は不満げな表情だ。

「少量の素材を持って行って見せたところで、自分で狩った証明にはならんしな。まだ実績がないから信頼もないし。だが受付嬢たちは大体目が肥えてる。少なくともE級の実力はあるって判断されたんだ、そこは喜ぼう」

「うーん」

 D級のモンスターだって狩れるのに不当な評価だ、と思っているのだろうか。だがこればかりは仕方がない。


「ナナの実力が測れていないのは俺も同じなんだ。早く一緒に活動がしたい。そろそろ日が落ちるからだいぶ寒くなるが、すぐに都市から出るか?それとも、明日になったから動こうか」

「なるべく急ぎたいです。今晩からでも動き始めましょう」

「分かった。宿は今日でチェックアウトしておこう。ウチの家は関所のすぐ側だ」

「助かります!でも今まで野宿でしたので」

「本当に今までよく死ななかったな……」

 トーマスは呆れたような声を出した。

「えへへ」

「褒めてねえよ……。ということは今持ってる荷物がお前の全財産か」

「盗られたら困りますから。持っていれば盗られてもすぐ気付きます」

「スリに気づく能力ねぇ…ほんと子供にしては逞しすぎるな……じゃあ早速行くか」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 二人は夜道を歩く。

 まばらに民家の明かりが灯っているように見えるが、二人はすでにチャルコの門を越えて都市の外に出ている。

 今回の目標は、ウィルプラタスコーピア。サイズは30〜60cmほど。分厚いハサミと甲殻、硬直性の麻痺針を持つD級モンスターだ。大きさの割に、雪で白んだ大地に対して灰〜白色の甲殻が保護色となるため、思ったより見付け辛い。気付かずに毒を受けてしまうことが多い。主に昆虫類や齧歯類(げっしるい)を食べる。特にツノネズミの肉を好む。

 なぜこのモンスターを選んだかは言うまでもないだろう。


「D級、私はD級…」

 ナナが張り切っているからである。トーマスはそんなナナを少し心配している様子で見ている。いつ敵が現れても対応できるように、浮遊能力を調整して荷物の負荷は下げてある。いつもなら必要以上に警戒はしないのだが、相方の強さが分からない以上は何が起こるか分からないため安心できない。マチェットは抜いていないが、手をかけたままにしている。


「どこだ〜サソリ〜」

「もう少し先の方かな」

 隠れている相手を能動的に探しに行くのはやはり骨が折れる。だが、トーマスは風魔法によるマナ追跡ができるので、生物……特に魔法動物の居場所が手に取るようにわかる。


「ツノネズミと……いた。ナナ」

「どっちですか!」

「左前方。岩影の方」

「行きます!!」

 ナナは駆け出した。その足取りには迷いがない。トーマスも慌てて後を追う。

 ナナが駆け寄った先には、一匹の灰色のサソリ…ウィルプラタスコーピアがいた。ナナの身長の半分ほどのサイズである。全身を硬い外骨格で覆われたそれは、尾を振り上げて威嚇する素振りを見せている。

「おっきいなあ」

 呟きながら、ナナも戦闘体勢に入る。小柄な彼女にとっては、相対的に大振りに見える東洋のサーベル…打刀というらしいそれを抜刀し、両手持ちで正面に構える。


「先手必勝……っ!」

 ナナは一気に距離を詰め、サソリの胴体に向けて斬撃を放った。だが、振り下ろした打刀はサソリのハサミに当たる。硬い音が響いて刀が弾かれる。

「くぅ……っ」

 衝撃がビリビリと手先に戻ってきて、思わず顔をしかめる。

 ウィルプラタスコーピアの外骨格は硬い。重さの乗らないタイプの剣ではあの甲殻に有効なダメージを与えられないのだ。


 一瞬の隙を見せたナナ。ウィルプラタスコーピアが攻撃に転じる。

 尾を後ろに引く。これは予備動作。次の瞬間には針から何かの液体、否、麻痺毒の毒霧を撃ってきた。


「わっ」

 即座にバックステップで避ける。反応速度は上々。しかし少し霧を吸い込んだようだ。

「ゴホッ!…何、え?」

 喉がヒリヒリとする。

「ナナ、大丈夫か」

「ゴホッ…あい、やれあす(はい、やれます)!」

 トーマスの横入りを制止する。ウィルプラタスコーピアは待ちの構えだ。ナナの次の行動を見切って、カウンターを狙うつもりだろうか。


 深呼吸をする。一回呼吸するたびに肺から全身に毒が巡るのが分かる。即効性高いなぁ。

 でも大丈夫。ピンチはチャンス、ピンチはチャンスだもん。

 この麻痺毒は恐らく筋肉だけに作用するタイプの毒だね。思考の方は至ってクリアで、むしろここに来て最高潮に冴えている。毒の影響はない。大丈夫、思考は正常。考えるんだ。まずあのハサミ。斬撃を合わせられたら必ず弾かれる。ハサミを狙うのはダメ。背中を狙うのも賢いやり方じゃない。あそこの甲殻も恐らくハサミに劣らない堅牢さのはず。腹側や脚ならどうかな?ひっくり返したり、宙に浮かせられれば行けるかなってところだけど、警戒されている中での攻撃はハサミで対応される可能性が高い。フェイントか何かで注意をそらす必要がありそう。尻尾から切っちゃうのもアリかもしれない。背中よりも甲殻が薄いように見えるし、関節も多いから、運良く捻じ込んで切れるかな。前回倒した時ってどうやったんだっけ、必死すぎて覚えてないかも、倒せたの偶然だったのかなぁ、今回の方がサイズもデカいし、前のは幼体だったりしたのかな?横になってる時に飛び掛かられて…飛び掛かられた?そうだあいつジャンプしてきたんだった。ならこっちがジャンプを誘うような動きをすれば、乗ってくれるかな。ものは試し。実験開始だね。


「ナナ!」

 ナナの体が硬直し、そのまま倒れ込む。トーマスは再び駆け寄ろうとするが、ナナは再度トーマスに伝える。

「大、丈夫。一人で、やるから。作戦」


 ウィルプラタスコーピアは様子を伺いながら、警戒を緩めずにじっくりと近付く。この後、あるタイミングで瞬発的に距離を詰め、ハサミと尾針で仕留めにくるだろう。

 トーマスはナナの状況を再度確認する。ナナは硬直しながらにこりと笑う。毒はすっかり回ってしまっているように見える。だが、トーマスは渋い顔をしながら一歩引いた。


 じり、じり、じり。

 刹那。

 飛びかかったサソリが胴体から真っ二つに切られた。


 サソリが地面に落ちる。甲殻が地面の石とぶつかり、コツと音がする。

 切ったのはナナだ。

「ふー……」

 ナナは大きく息を吐いた。そしてトーマスの方を向いてニカッと笑った。

「どお?」

「……びっくりした。というか心配した」

「それはごめんなさい。このやり方が良さそうだったんですよ」

 これはナナの出したあの状況での最適解だった。


「良さそうって言ったって普通やらんだろ。毒を食らって動けたのはどうして?ブラフか?」

「ブラフといえばまあそうですけど、食らっていたのはも事実です」

「なんだそりゃ」

「私、毒に強いので!」

出鱈目(デタラメ)だな」

「出鱈目じゃあありません」

「ならウィルプラタスコーピアの攻撃の瞬間に反応できたのは?」

「私、反射神経がいいので!」

「出鱈目だな」

「出鱈目じゃあありませんってば」


 トーマスはため息をつく。ナナの実力はこの一戦でなんとなく掴めた。

 体格に合わない打刀をどのように扱うのかと見ていたが、やはりというか、力任せに振り回し、叩きつけているようであった。あの刀は成人であれば誰でも難なく片手で持てる重量の刃物のため、振り回したり叩くというよりは刃を当てて引くように、あるいは流すように斬るのが本来の扱い方なのだろう。剣技はヒヨッコそのものだ。狙った場所を斬るということ自体できていない。(それができていれば、関節に斬撃をねじ込めば済む話である。甲殻類に対する基本的な攻略法だ)

 だが、毒からの立ち直りの速さと、反撃の際の瞬発力、そしてそれを可能にする判断力と度胸が彼女にはある。これを蛮勇(ばんゆう)という言葉で片付けるべきか、それとも。


 もう一度、しかし今度は先ほどより更に深いため息が溢れる。

 くたばったフリなんて、俺が見てる初戦闘でやらないでほしかったなぁ。こっちの気苦労も察してもらえると嬉しいよ。なぁ、ナナ。


「なんですか、じっと見つめて」

「いや。お疲れ様。俺も疲れたから帰ろうか」

「そうですね。おーっ、毒袋、無事でした!魔石も前のよりデカいですよ〜!」


 本当に今日はいろんなことがあった。疲れたは疲れたが、明日はどんなことが起こるのか、少しだけ胸が躍るんだ。

 ナナという少女が呼び込んだ新しい風を、もう少し受けていたいと、そう思った。

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