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「今日からあなたは冒険者です!」

 チャルコとは、フーリクス高原の大都市フーリクスから北東に800km進んだところ、プラタ山脈西弦(せいげん)・チャルコ盆地内に位置する都市のことである。

 大陸西側にあるフーリクスと、内陸・中央側の森林都市であるヒスプリスクとを繋ぐ山越ルートといえばヴォイドラック山道であるが、そのルート上に存在する中継都市(ステーション)として栄えている。

 標高は海抜3400mで、これは現在確認される最も標高の高い『只人(ヒューム)の都市』であるらしい。らしいというのは、トーマスがあまり旅をしていないというのもあるが、『都市』の定義を知らないからである。一応公式なデータで、裏付けはあるのだろう。疑っているわけではない。「村」と呼ぶような数千人規模の小さな集落であれば、標高が5000mくらいのところにもあるにはあるが、確かにそれを都市と呼ぶのは流石に無理がある。チャルコが最も標高の高い都市だというのは、まあ正しいのだろう。ちなみにチャルコの人口はおよそ30万人といったところである。


 主な産業といえば、地下資源の採掘、それと中継都市らしく貿易と宿が主だ。標高の高さゆえに森林と呼べるものはなく、木材資源は貴重である。故に建築は石造りのものが主流だ。食糧としてはトウモロコシの栽培が盛んである。畜産はヤギやラマなどである。食用肉は、付近の危険な肉食動物を狩って調達することも多い。


 チャルコという都市の大まかな概要としてはこんなところだろうか。

 もう少し個人的(パーソナル)な情報を付け足そう。

 そこはトーマスが育った故郷であり、今まさにトーマスとナナが歩いている都市である。


「後どれくらいで着くんですか?ギルド」

「5分くらいだ。チャルコは大きいからな。時間がかかるのは仕方ない」

「もう随分歩きましたよお」

「両端の関所に合わせてギルドがあるんだから、まあマシなんじゃないか?これが都市のど真ん中に1個だけだったらもっとキツいぞ」

「考えたくなぁい」


 チャルコの冒険者ギルドは中央本部と北東・南西の関所前支部とで3箇所に設置されている。都市に入ったその場で事務手続きができるようになっている。市場・酒場共に、若干中央寄りの店を利用しているため歩く距離が長くなってしまったのは仕方ないのだが…ナナは帝都ではキャラバンに揺られて移動する生活に慣れきっていたのだろうか?それとも、そもそも子供の体力を俺があまり把握できていないという話なのだろうか?


 そんなことを考えていると、いよいよ冒険者ギルドの青屋根が見えてきた。

「着いたぞ。あの青屋根だ」

「おお!ようやく!」

 ギルドの立派な外観にナナの気力も一時復活したようで、軽い足取りで加速し始めた。

「おい待て走るなって」

「早く入りましょうよー」

 ナナはトーマスの腕を引っ張る。

「わかったわかった」

 トーマスは苦笑して言う。そして2人は冒険者ギルドの中へと入っていった。


 ――――――――――――――――――


 2人がギルドに入ると、まず目に飛び込んできたのは大きな掲示板だった。そこにはいくつもの紙切れが貼られており、その前で多くの人々が真剣な表情で眺めていた。

「うわぁ……すごいですね……」

「あれは依頼書だよ。冒険者が受ける仕事の依頼書をああやって貼り出してあるんだ」

「へぇ〜……たくさんありますね」

「ランクや依頼の内容別でまとめられている。恒常的にあるものだと、討伐・採集・開拓あたりが主な依頼になるかな。開拓は実質的には土木業みたいなものというか、まあ非力なヒュームにはあまり縁のない依頼だ。それに突発で護衛輸送・配達・捜索・土地調査なんかが追加される」


 説明を受けながら、ナナは掲示板を眺めていた。

 人が多く遠目からでは見えづらい…と目を凝らしていると、足元に依頼書がハラリと1枚落ちた。拾い上げて読んでみると、なるほど、一つ一つの依頼に難易度や期限=緊急度が設定されているのがわかる。この依頼書は…『秘湯(ひとう)への同行と護衛』…50万トロンボス!?辺鄙(へんぴ)な山奥の湯に浸かるために、そんな大金を払うやつがいるのか…。


 と、依頼書に驚いていると、トーマスもそれを一緒に眺めていたようで、顔を寄せてきた。なんだか眉間に(しわ)を寄せて難しい表情をしている。

「秘湯…ピット温水池の近くか…あそこの近辺は毒ガスがキツいから、うまく察知しながら最適なルート選びをしないと死ぬな…推奨技能(スキル)の記載も空欄でこの依頼がE級ってのはあり得ないぞ。依頼主もろとも殺す気なのか?」


 ブツブツと呟いたと思ったら、カウンターの方に歩いていき、受付嬢と話をし始めた。ナナは一応後をついていき、話を横で伺う。

「……だから、ここは毒ガスが充満している土地なんですよ。強いモンスターの出現情報がないから安全だ、なんてことはないって分かりますよね?依頼主がこの額の報酬金を用意している意図が掴めていないんですか?」トーマスはなんだか怒っているようだ。受付嬢はオロオロしている。ちょっとかわいそうだ。


「大変失礼いたしました。情報の追記と、依頼のランク繰り上げを行って参ります。ご情報の提供、感謝いたします」

「今月入ってから、他にもヘンテコな依頼書が出てたように思うんですけど、この依頼書作ったのは誰ですか?…いや、問い詰めても解決にはなりませんけど、2重チェックくらいはしてくださらないと。もちろんこっちは命賭けてますので事前の情報準備を怠ったやつが死ぬのは仕方ないですが、護衛対象(クライアント)はそうじゃないですから」

「はい、申し訳ありません。再発防止に努めさせていただきます」

「よろしくお願いします」

 そう言ってトーマスは(きびす)を返した。

「あ……あぁ、お待たせ」

「今のって……」

「つい熱が入って、時々ああなるんだ。対応した方には悪いことをしたな」

「ちょっと怖かったです」

「悪かったって……あ、忘れてた」

 トーマスが再び受付カウンターの方に向き直る。

「すみません、支部長は今お時間ありそうですか?沈み屋(シンカー)が来たとお伝えを。あ、安心してください、先ほどのとは別件ですので」

「支部長ですね。少々お待ちください」

 受付嬢はカウンターの裏手に入り、しばらくすると出てきた。

「どうぞこちらへ」

「ありがとうございます」

 2人はギルドの2階奥へと案内される。

 そこは応接室のような部屋で、大きなテーブルとソファが置いてあった。

「こんにちは、ピッチ支部長。お久しぶりですね」

 声をかけた先、部屋の奥には一人の男が座っていた。

 2mを超える大柄なその男の顔を見ると特徴的な馬面をしている。首がやや長い。手先は只人と同じように指がある。

 亜人だ。馬の亜人だ。栗毛の肌の光沢が綺麗だ。

「おう、久しぶりだなシンカー君。まあ座れ!先の羊狩り(フローティングシープ)の件はご苦労だったな!復帰おめでとう。こっちは何時間か前にお前がここに寄ってったのを見かけたもんだから、また何しに戻って来たんだって思ったぜ。なっはは。何か報告漏れでもあったか?」

「いえ、今回は別件の用事があって来ました。こいつのことなんですが…」と言ってナナの肩に手を置く。

「……ん?その子は……只人だよな。やけに幼えが…冒険者志望か?」

「初めまして、ナナ・ユー・ブラッドタイガーと申します」

「ご丁寧にどうも。冒険者ギルド、北東関所前支部の支部長、ヴァルゴ・ピッチだ。…ここらで見ない格好だな。中洲砦(ジョーバーグ)か、堤防の都市(バーダムポリス)か、いや、蝕弧の湾岸(ツクシ)の方の伝統衣装か?」

「この装備は貰い物でして、特に私の地元のものというわけではありません。気に入ってはいますが」

「そうかそうか。で、シンカー君、この子がどうしたんだ」

「どれから話すべきか。そう、ひと月ほど前だが、ヴォイドラックでキャラバンが襲われたという話は聞いているか?」

「ああ、ドラゴンの。そんな話、あったな。結構悲惨だったみたいだ、なんせ生存者は一人も……おっと、この子に関係のある話だったか」

「……っ」


 生存者は一人も……ここまで言われれば、その続きは誰にでも想像できる。ナナは俯いて拳を握りしめた。

 トーマスが続きを話す。

「実は、彼女はその襲撃の生き残りなんだ」

「ほう、それで」

「この子は故郷に、帝都に帰りたいと言っている。誰かが送り返してやらないといけない」

「ふむ」

「ヴォイドラックのあの山道を抜けて、帝都まで行ける護衛を斡旋できないか?」

「……なるほどなぁ」

 ピッチは腕を組みながら、じっくりと考え込むように天井を見た。


 しばらくして口を開く。

「悪いが無理だ」

「なぜ!」

 トーマスが前のめりになって食いつく。ナナも思わず目を見開いた。


「シンカー君、お前だって分かるだろ?春期は飛竜種も活発化している。どの種も(ひな)の子育てで気が立っているからだ。そんな中で山道をキャラバンで進むのはリスクが高い。それに腕利きの冒険者たちにとっても、飛竜の個体数を絞っておかなきゃならない踏ん張りどころなんだ。人手が足りない。山道を抜けたって、シルヴァンス・ヒスプライの大森林があるぜ?急ぐ気持ちは分かるが、晩夏を待ってもいいんじゃないか?もしくは北回りの熱帯雨林ルートでも……」

「そう……ですよね……」

「いえ、私はヒスプリスクにも用があります。秋までは待てません。北の迂回ルートでもダメです。間に合わない」

「ナナ!」

「だって!」

 トーマスはナナを制止するが、ナナは一向に折れない。強情だ。

 ピッチは深くため息を吐く。


「シンカー君。この少女…ブラッドタイガーといったか。彼女はどのくらい動けるんかね」

「というと」

「単純なことだ。護衛というのは、護衛対象が弱い脆いからこそ、それを守り切るだけのマージンが必要ってわけだ。竜を倒す力がなくとも、応戦する力、回避あるいは逃走する力、目をくらます力、そういったものが護衛対象にあれば、ハードルはグッと下がるでしょ」

「そう、ですね。今日出会ったばかりなもので、実際の能力はなんとも」

「今日出会った子にこんなにしてあげているのか!本当に物好きだねぇ、シンカー君は」

 ピッチは、なははは、と呆れたような顔で笑う。


「わ、私は戦えますよ!走るのも隠れるのも得意ですし」

 ナナが反論。最初の一瞬だけ声がうわずったが、そこを除けば、ナナの口調や声色は完全に自信家のそれだ。虚勢を張っているようではあるが、自分にもそれを言い聞かせることで、気持ちを高めているのだろう。あるいは元々、恐怖への耐性は高いのかもしれない。それに、実際に飛竜種の襲撃に遭っても一人逃げ延び、しかもチャルコまで下山してきたというのだから驚きだ。……ん?下山、といえば。

「ナナ、お前そういえば、どうやってチャルコに入ったんだ?関所があっただろ」

「それは、その…秘密?」

「……」

「通過したらお金取られると思って、闇夜に紛れてこっそり密入しました!」


 トーマスとピッチが揃ってため息をつく。

「はぁ…今のは聞かなかったことにするぜ……ただなぁ、関所のような公的機関は、お前のような人を保護するためにも存在しているんだよ、ブラッドタイガー君。だから、次に似たようなことがあったときはちゃんと門兵と話をしてくれ。……さて、じゃあこうしよう。まずは君を冒険者ギルドに登録しよう。実力を見極めてから、それから状況に応じて判断しても遅くはないはずだぜ。そうだろ?シンカー君」

「それは……まぁ、そうですね」

「よし、決まりだ。一応、通常の護衛としても掲示板に依頼を出しておこう。倒すではないにしても、ドラゴン相手に弱者を庇いながらの輸送ってなわけだから、S級が妥当だな。まあ薄給のS級依頼となると受ける輩がおるか分からん。先も言った通り、そもそもドラゴンと戦えるような人材なら、素直に狩り続けていた方が儲かるしな」

「分かりました。ではそれでお願いします。報酬金は上乗せできませんが…粘るしかないですね」

「おう、任せておけ。……どうしても名乗りが出なかった時には、シンカー君。お前が連れて行ってやるのもいいんじゃねえか?お前はA級に居座っちゃいるが、もう実力はS級に届くぐらいだと見込んでいるんだが」

「そんな事は!一種(ひつじ)をひたすらに狩っているだけですので、他のA級にすら経験で劣るくらいだと思っています。そもそもギルド登録してからは他の地方にも出てないし」

「いやぁ謙遜(けんそん)することはないさ。お前には知識がある。引き際と攻め時も分かってる。盗賊団やプラタスコーピアの件だってそうだろう?治療期間(リハビリ)中でも地上の奴らと連携しながらうまいこと立ち回ってたって聞いてるぜ。例え知らん土地でもきっちり情報仕入れて堅実にやっていけるタイプだとも思う。まあ決定力はないがな!なはははは!」

「そうですかねぇ」

トーマスは嬉しい評価をもらいつつも、戸惑っている様子だ。自分ではそうは思わないのだろう。

ナナもトーマスが戦っているところは見たことがないが。


「ピッチ支部長さん!あ、ありがとうございます」

「おう、ブラッドタイガー君。お前の事情も汲んで、最大限支援してやりたいが、私にも立場はあるし、シンカー君ほどのお人好しじゃあない。立場、そう、立場があるんだ。なのでまあ、努めてフラットに対応するなら…そうだな」

 ピッチは両手を大きく広げて、高らかに言い放った。


「ようこそ、冒険者ギルドへ。そしておめでとう。今日からあなたは冒険者です!…ってな」

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