「喋りやすいです」
場所は変わって、市場のすぐ側にある酒場。
チャルコの酒場でも飛び抜けてコーンワインが美味いと評判の店だ。
「実は私はこう見えてそれなりに腕は立つ方なんですよ?帝都出身なんで」
「へぇ……」
ドヤ顔で二の腕を叩くのは、ナナ・ユー・ブラッドタイガー。市場ではすごい勢いでフローティングシープの話を聞いてきた子供だが、なぜか今はトーマスを必死に勧誘している。帝都出身だから腕利きという理論がよく分からない。訪れたことはないがそんなにレベルの高いところなのか。だとしても、見た目の幼さからはどうにもヒヨッコ感が拭えない。
「はい、お待ちどうさん」
注文した料理とコーンワインが卓に並ぶ。トーマスは早速コーンワインに口をつける。どろっとして濁りが強く、これをワインと呼んでいいものかは疑問の余地があるが、それはそれとして味は美味い。トーマスは甘党のため、発酵の進んでいない軽めの酒を注文している。半分ジュースのような感じだ。
コーンワインは発酵速度が速く、すぐに味が変わるため、本場の味を他の都市に持ち出すことはできない。またいくつものメーカーが異なる酵母・レシピを使って生産していることも相まって、店ごとでも全く異なるものが出てくるのだ。特にここの店は酒造を併設していることもあり、「当店限定」の地酒を提供しているというわけだ。
一方で、ナナはヘビ肉の香草焼きをナイフで切り分けている。
「ここの料理、美味しいですね。あ、私も料理はできますよ。それと野草の知識もそこそこあります!たまに毒草に当たったりもしますが、それもちゃんとメモをして…」
「なぁ、ひとつ聞いていいか?」
「はい、なんでしょう?」
トーマスの呼びかけに、ナナは笑顔で応える。
「君、ナナと言ったか。パッと見たところ只人のようだが、歳はいくつなんだ?他のパーティメンバーは」
「……そ、ソロで来たんです。レディに歳を聞くもんじゃあありませんよ?」
先程までの笑顔が一転、ナナの顔が引き攣る。おっと、逆鱗に触れたか?いや、『赤虎の尾を踏んでしまった』というべきか。
レディを自称したということは、やはりこの子は女性か。まだレディというような見た目ではないが。だが、そうなると…
「悪かった…、なら、帝都からここまで一人で踏破してきたってことか?山脈越えか、それとも北から迂回してきたのか?」
「山を!…山を、越えました。すごいでしょう?あの、だから私と一緒に…!」
ソロでチャルコまで来たという話と、先程からの必死なアピールがどうにも噛み合わない。自分が熱烈なスカウトを受けるだけの存在だとも思えない。いやちょっとは自己肯定をしてやりたいが、多分、今はそことは関係ないだろう。彼女側で何か大きな事情…例えばトラブルを抱えているのではないかというのが透けて見えてきた。
ちょっと面倒ごとかも。
「悪いが他を当たってくれ。俺はここでやらないといけない義務が…いや、チャルコを気に入っているから、ここを大きく離れるつもりは」
「そう言わずに!!お願いですから!!」
ナナは机の上に身を乗り出して懇願する。ほうら、やっぱり面倒ごとだ。こう意固地になられては平行線だ。
「なら…」
トーマスは柄にもなく、諭すような口調で話す。
「……なら、『ガルラ橋の積荷』の物語は君も知ってるだろ?都合の悪いことを隠していても、好転しないぞ。」
「……何も隠していません!」
「一緒に冒険するって言っても、そもそも目的もまだ聞かされていないし、まずはその辺からでも話してくれよ。言いにくいか?」
「いえ、その……」
「なら聞かせてくれないか」
トーマスの言葉にナナは押し黙る。
そしてしばらく考え込むようにした後、ぽつりぽつりと、語り出した。
「キャラ…バン…キ、キャラバンが、山っ…」
「キャラバン?」
「えっと…ソロ、じゃなくて、みんなと一緒に、来てて、で、えっと」
同じ人物とは思えないほどに言葉に詰まっている。しどろもどろになるナナがゆっくり話すのを、トーマスは無言で待つことにした。
おおよその内容はこうだ。
ナナは帝都のとある学校の特待生というやつで、キャラバン遠征に随伴することになったらしいのだが、プラタの山脈越えをしている時にドラゴンに襲われて全滅してしまったそうだ。ナナはなんとか逃げ切り、単独でサバイバルしながらチャルコまで到達した。仲間を助けてくれという話かと思ったが、どうやら襲われたのはもう1ヶ月も前のことらしかった。それでは生死どちらにせよ現場に戻ったところで何もできることはないだろう。
で、ここからが本題になる。
当然といえば当然だが、ナナは帝都に戻りたいそうだ。一刻も早く戻るため、再び山脈を突っ切る中央コースでだ。だが護衛を頼むような金銭的な余裕もなければ、そもそもまたドラゴンと遭遇しても生存できるような人材の見分けもつかない。困り果てていたところで出会ったのが、空想上の存在だと思っていたフローティングシープを仕留めたというトーマスだった…ということらしい。
途中、嗚咽混じりの声になりながらも、ナナは最後まで説明してくれた。
それを受けてトーマスも話す。
「北の迂回ルートから行くとか、後払いで護衛を頼むとか、その立派な装備を売っ払うとか、やりようはあったんじゃないか?」
「ツケというのは信頼と担保があって初めて成立するんですよ!ヒスプリスクではカモルさんが裸で足枷をかけられたんですよ!」
「誰かは知らんが、何したらそうなるんだ…」
「そのヒスプリスクにもまだ用事がありますので、迂回ルートは使えません。ナノやビーチェ、みんなから貰ったアイテムもどれだって売ることはできません!」
トーマスは改めてナナの装備を見る。羽織袴の雰囲気とチグハグな印象を受ける防寒用の毛皮帽に、首には赤色の宝石が嵌められたネックレス。魔道具の知識を持つトーマスには、それが暖房効果のあるネックレスだと分かる。椅子に目をやると革製のスカーフが掛けられている。これも外で首に巻いていたものだ。
山脈越えのために整えたであろう装備。あるいは、キャラバンの仲間にプレゼントされたものだったのかもしれない。
「ナナの方の状況はわかった。だが期待には応えられん」
「……どうしてですか?」
「まず第一に、俺では力不足だ。伝説の魔法生物を倒したから頼れるというのがお前の考えのようだが…プラタの飛竜種は|超S級が大量に現れる。最低位でも単体でC級からだ。群れをなす種もいる。強すぎて俺じゃ手に負えん。フローティングシープは生息域が生息域だし、発見が難しいということもあってB級に指定されてはいるが、生物そのものの危険度ははっきり言ってE級相当だ。貴族が欲しがって価値が釣り上がってるだけなんだよ」
「フローティングシープってランク指定されたんですねぇ…普通にギルドから認知されてる存在だったんだ…」
溶岩・ガス地帯、砂漠、霊峰、海中など、過酷な環境下でのクエストにはそれだけでランク補正がされているのだ。戦ってみると、モンスターそのものは意外と強力な相手ではなかったりもする。
しかしランク補正とは馬鹿にできないもので、実際に羊狩りでも「雲酔い」による墜落中にそのまま意識を失いかけたこともあった。下手をすれば落下死。空中で戦うのはそれだけで命懸けだ。しっかりと経験を積み、対策を講じて挑むからこそ、非力なトーマスでも狩れる相手であるので、やはりB級指定は妥当なラインなのかもしれない。
「それが第一の理由。第二の理由は…話しておくか。俺にはここにいるべき理由がある」
「ここにいるべき理由…」
「そうだ。まずは師匠との約束。師匠の帰りを待ってる。それと、俺はこの街から受けた恩を返すために、羊を狩り続ける」
「トーマスさんの師匠ですか。どんな方なんですか?」
「気まぐれで、奇天烈な人だった。……詳しくは話す義理もないな」
トーマスの脳裏に、師匠と別れた日の光景がフラッシュバックする。それを振り払い、会話を区切ろうとした。
「そう突っ跳ねないでくださいよ。恩というのは?」
「ここが俺の故郷だ、ということだ」
「……そう、ですか。そうですよね」
今度はナナが思い詰めたような表情になった。自分の故郷を思い浮かべているのだろうか。あるいは、一緒にその故郷に帰るはずだった仲間の顔を…
「……。第三の理由は、さっきそこで出会ったばかりの君に手を貸してやる義理はない…といいたいところなんだが、こうやって話を聞いた以上は他人じゃいられないってのも事実だ」
「えっ、じゃあ?」
「ギルドで護衛を当たってみる。依頼も出してみよう。どうにも集まらないようだったら、しょうがないが俺が帝都まで同行する」
「ありがとうございます!本当に助かります!実はちょっと、いやものすごく心細かったんですよね……騙されたりしないかとかも」
ナナはパッと明るくなり、続けて安堵の表情を浮かべる。気持ちが表情に出やすいタイプ…というよりは、年相応に素直な感情表現に見える。
幼さ故に大金をふっかけられたり、襲われたりする可能性もあった中で、大人相手に一人で交渉しに行くというのはなかなかに勇気がいることだ。先刻の有能アピールも、一種の牽制のつもりだったのかもしれない。
気づけば少しずつ日が傾き始めている。少し遅めの昼食だったためか、周りの客の数もまばらになってきている。
「食べ終わったか?そろそろギルドに向かうか」
「よろしくお願いします!ご馳走様でした!」
「人の金だと思ってたらふく食いやがって…」
「食える時に食っておかねば、ですよ!人間、いつ野に放り出されることになるかわかりませんからね。私は山でしたが!」
「やっぱ、そっちの軽口叩いてる方が素なのか?」
「……ふふ、なんかトーマスさんってカモスさんに雰囲気似てるんだよなぁ、喋りやすいです」
「裸で足枷の?そりゃどういうことだ、もういいから、行くぞ」
「はい!」
2人は会計を済ませ、席を立つ。
人から喋りやすいと言われたのは初めてだ。
トーマスは普段は割と寡黙な方で、人付き合いも多くはない。シンカーの名前が広まってからは特に尊敬の眼差しで見られることも増え、一定の距離を保った関係性というのが当たり前になっていた。いわゆる社交辞令というやつ。正直言って、トーマスはあまりそれも得意ではない。
それが今日はどうだ。トーマス自身も普段よりも自然と饒舌になっていると自分で感じた。この少女と接していると、不思議と言葉が出てくる…楽しいのだ。単にトーマスがこの歳の子供と接し慣れていない新鮮さが故か、それとも初めて見る異国の服装がそうさせるのか、それとも、冒険に誘われたことに対して、心が躍っているのか……
いずれにせよ、トーマスにとって、この少女との出会いは非日常であり、刺激的なものであることは間違いなかった。
「今日は、まだまだ面白い1日になりそうだな」
店の扉を開けて、空を仰ぐ。午前中に陰っていた雲はほとんど流れ、晴天になっていた。
ナナ・ユー・ブラッドタイガー(Nana Yu Bloodtiger)
種族:只人?(ヒューム?)
年齢:12歳
職業:新人冒険者・剣士
ロール:近接戦士
使用武器:打刀(刃渡75cm、本人には大きい)
精霊適性:火・水
特技:反射神経強化、思考加速、自己治癒、毒耐性
性格:奔放、気紛れ、博打屋
戦闘スタイル:傷の治りが速いのをいいことに、躊躇わずにガンガン距離を詰めていくインファイター。打刀の抜刀には少し手こずる様子。