素顔の婚約者様⑤
お店を出てからも、私は終始ニヤニヤしっぱなしでした。
時折、左手を翳して指輪を確認しては顔がゆるんでしまう、というのを何度も繰り返してしまいます。
呆れさせてしまったかな? と心配になりましたが、その度にエドウィン様も優しい眼差しで見つめてくださるので無問題ですね!
ふふっ、相思相愛の恋人ですからね! 最近思いが通じ合ったばかりの! しかも婚約者!
周囲から見たら呆れるほど惚気てしまうのも仕方がないというものです。えへへ。
それからのデートは以前のデートでは行かなかった場所を中心に巡りました。
辺境の地ならではの植物が揃った植物園や変わった魔道具を売っているお店は時間も忘れて夢中になってしまいましたよ!
お屋敷で働く皆さんへのお土産には蜂の魔物が集めたという蜂蜜を使ったお菓子を選びました。この地に住んでいる皆さんからすると珍しいものでもなんでもないかもしれませんが、こういうものは気持ちなので。
私が両拳を作って力説すると、エドウィン様はふわりと微笑んでくださいましたし! ああ、私のほうが蕩けそうです。
こんなにも幸せでいいのでしょうか。いいのです!
と、幸せに浸っている時でした。
突然、ビービーというけたたましい音が町全体に鳴り響きます。思わずビクッと肩を揺らし、身体が硬直してしまいます。
な、何が起こったのでしょう? よくはわかりませんが、只事ではない雰囲気なのはわかります。
音が鳴った瞬間、エドウィン様が私を守るように抱き寄せてくれましたし……きっと危険を知らせる音なのでしょう。
「ゾイ!」
「はっ!」
エドウィン様の鋭い声が飛び、次の瞬間には目の前にゾイが現れていました。わ、びっくり……。
「俺はハナを屋敷に送ってから向かう」
「はっ! 直ちに前線に伝言を……」
えっ、私を送ってくださるのですか? エドウィン様が直々に?
おそらく緊急事態だというのに、それは時間のロスではないでしょうか。
慌てた私は申し訳ないと思いつつもゾイの言葉を遮りました。
「ま、待ってくださいっ!」
意外にも大きな声が出て自分でビックリしています。エドウィン様とゾイも驚いたようにこちらを見ていますが、怯んではいられません。お伝えしなくては!
「よくはわかりませんが、エドウィン様は今すぐ向かったほうがいいのですよね!?」
「ハナ……」
「では私のことは気にせず向かってください。ゾイもいますし……お守りもあるのですから。私はまっすぐ屋敷に戻って大人しくしています」
「しかし」
心配してくださっている気持ちが痛いほど伝わってきます。
私はそれだけで十分幸せなのですよ? そして、わかるからこそ絶対に無傷で屋敷に戻り、大人しく帰りを待とうと思うのです。
「この町や領のために最善の選択をしてください。私はエドウィン様の妻になるのですよ? 少しも足を引っ張りたくはないのです!」
繋いだ手に力が込められたのがわかりました。でも私は真っ直ぐエドウィン様の水色の瞳を見つめ続けます。
わずか数秒だけ逡巡している様子を見せた後、エドウィン様はようやく観念したように握る手の力を弱めながらため息を吐きました。
「っ、わかった。ゾイ、ハナを頼んだぞ」
「……もちろんさね。さ、町を守ってきてください、エドウィン様」
私と手を離した瞬間、まるでエドウィン様を中心に波紋が広がっていくかのように人々が体勢を崩していきました。あ、そっか、魔圧が……。
周囲の人たちの目が恐怖の色に染まっていきます。そんなの、そんなのダメ!
「エドウィン様!」
「っ!?」
身体が勝手に動いてしまいました。ただ、そうしたほうがいい気がしただけですが……!
気づけば彼に駆け寄り、腕を引き寄せて頬にキスをしていました。
「どうか、お気をつけて」
「……誰かに身を案じられるというのは、やっぱりいいな。ああ、行ってくる」
エドウィン様は驚いたように目を丸くした後、ふわりと笑って私の頬にキスを返してくださいました。
それからすぐにその場から飛び立っていきます。
ああ、かっこいいです。あっという間に姿が見えなくなってしまいました。
彼を心配する気持ちはもちろんありますが、絶対に大丈夫という信頼もあって、胸中は複雑です。
「見せつけてくれるじゃないのさ。周囲をご覧よ。街の者たちも恐怖心より驚きが勝ってる」
「ぞ、ゾイっ! はわわ」
「おかげでここいらのやつらは冷静さを取り戻せたよ! さすがは奥様だ」
えっ、そうですか? 私はただ、エドウィン様は怖い人じゃないですって知らせたかっただけなのですが……!
なんだか尊敬の眼差しと生温かな視線を向けられている気がします。急に恥ずかしくなってきましたよぉ……!?
「さ、この町にまで被害はこないだろうが、はやく屋敷に戻るよ。ってわけで、ちょいと苦しいかもしれないが担がせてもらいますよっと」
「はわっ、ゾイったら力持ちなのですぅ!!」
「口は閉じておきな! ハナ様!」
しかし照れている暇もなく、ゾイは軽々と私を肩に担ぎあげると、ものすごいスピードで町を駆け抜けました。
たっ、たしかに、これは口を閉じてないと舌を噛むかもしれません……!
それ以上に……皆さんの注目がさらに集まってさっきよりもっと恥ずかしいかもぉぉお!?