髑髏領主の本気①
長らくお待たせして申し訳ございません!
本日から完結まで毎週月曜日21時に定期更新いたします(*´﹀`*)
どうぞ最後までよろしくお願いします!
その日は遅くまで仕事があり、屋敷に帰ってきたのは皆が寝静まる頃だった。
当然、ハナはすでに休んでいるはずだ。今日は冒険者たちをもてなしていろいろと疲れただろうから。
滞りなく終えたと報告は受けているが、ハナの口から今日の話を聞くのが楽しみだ。……正直、いつになるかわからないほど今は忙しいが。
きっとコロコロと変わる表情で、嬉しそうに語ってくれるのだろうな。
その場にいられなかったのが実に惜しいが、どのみち俺がいれば台無しだろうし、これでよかったんだ。
自室に戻って着替えを終えた頃、いつものようにゾイが一日の報告をしにきた。
今日は客人をもてなしたから普段よりも報告事項が多いな……。トゲのある口調なのは気のせいじゃないだろう。
時折、いろいろと口を挟みたくなるのをグッと堪えて俺は黙って最後まで話を聞いた。
「ハナが、そんなことを……」
「はい。すぐに笑顔で誤魔化してましたが、まだ気にしてるんじゃないですかねぇ。まったく、思いやりのあり過ぎる娘っ子さね」
いつだって笑顔を絶やさず明るいハナが、心の内で何か悩みを抱えているのではと思ったことは何度もある。
こうしてゾイから聞けたことはある意味でよかったと言えるが……まさか自分の行いが善意の押し付けになってはいないかと悩んでいたとは。
その上で、ハナは俺を思って行動してくれていたというのか。
もどかしい気持ちが湧き上がり、思わず魔圧が溢れ出る。ビリッとした空気にゾイの顔が僅かに歪んだのを見てすぐに制御した。
しかし、そうか。
ハナにそんな心配までさせていたのか、俺は。
「不甲斐ないな。俺が頼りないからそんな気を遣わせたのだろう」
「……違うとは言い切れなくて申し訳ないね、エドウィン様」
「取り繕われても気持ち悪いだけだ。構わない。事実だしな」
「くくっ、素直なところは昔から変わらないねぇ」
ゾイは先々代ギャレック辺境伯と旧知の仲で、俺のことも幼い頃から知っている。
俺の境遇や苦悩も知っているため遠慮がなく頼もしくはあるが……少々やりにくさを感じることもある。
色々と助かるのは間違いないが幼い頃の話を持ち出すのはやめてもらいたい。
俺は大きなため息を一つ吐いてから口を開く。
「俺のために一生懸命になってくれているんだ。いつまでも俺自身が迷ってなんかいられない」
「そうこなくっちゃね。さて、エドウィン様。あたしは何したらいいかね?」
「引き続き、ハナの側にいて守ってやってくれ。その身はもちろんだが、心の方もフォローしてやってほしい」
俺がそう言うと、ゾイは呆れたように目を細めてきた。
う、この顔は小言を聞かされるやつだな。瞬時に察した俺はわずかに身じろいだ。
「心の方は、貴方の仕事でしょうが」
「そう、だが」
「しっかりしな! ったく、ハナ様のことになるといつもの行動力がどこかに行くのはなんなんだい?」
正直、何も言い返せない。
自分がここまで臆病だとは思ってもみなかった。
人々にどう思われるかなど気にもしたことがないのに、ハナにはどう思われているのかが気になって仕方がない。
仕事も、戦争も、どんなことだって強気に出られるのにハナのこととなると必要以上に慎重になってしまう。
ハナは、俺にたくさんの愛情を真っ直ぐ注いでくれているというのに。
「恐れもせずに愛をぶつけてくれるハナ様を見習った方がいいね」
「耳が痛いな」
ため息交じりに告げられたゾイの一言はグサッと俺の胸に刺さった。
わかってる。ちゃんと自分の気持ちと向き合わなければならないということくらい。
俺はたぶん、ハナと最初に出会ったあの時から。
恐れることなく俺の目を真っ直ぐ見つめてきたあの瞬間から──恋に落ちていたのだろう。
彼女のことを一つ知っていく度に想いは募っていくばかり。
どう接すればいいのか戸惑う間にもそれは膨らみ続けて、俺はどんどん臆病になっていった。情けないことだが自覚している。
仮面があってよかったな。今の俺は顔が真っ赤になっているだろうし、そのことでゾイにからかわれていただろうからな。
ハナ。君だけが俺に自由を教えてくれた。
触れた手から伝わる温もりを教えてくれた。
口元に笑みが浮かんでしまう。
ああ、ダメだ。悪いがもう彼女を手放してやれそうにない。
二度と迷ったり臆したりしない。
ハナの心を手に入れるために、俺はなんだってしてやる。
「そうだ、エドウィン様。ミシュアルからの伝言さね。例のものが完成したって」
ちょうどそう決意した矢先に朗報だな。これはなかなかタイミングが良い。
「そうか。明日、深夜に向かうと伝えてくれ」
「深夜かい。エドウィン様、夜更かしはよくないねぇ」
「俺が眠れないことくらい、ゾイも知っているだろ」
今でこそ無意識で魔圧の制御ができるようになったが、それでも心が乱れたり油断すると多く放出してしまう。
その状態で熟睡などできるはずもなく、俺は浅い眠りを繰り返すのが当たり前になっていた。
慢性的に疲労が溜まっているのはわかっていても、誰にも解決できない俺だけの問題だ。
そのせいで、同じ悩みを持っていた父は早死にしたんだったか。俺も他人事ではないはずだが……あまり実感はない。
「でも、ハナ様の前では眠れたって?」
「なっ」
「あはは、照れなくなっていいじゃないか。良いことさ。ハナ様のおかげで魔圧を制御しなくてすむから、リラックスできたんだろうさ。別の理由もありそうだけどねぇ?」
「う、うるさい。用件は終わりだろう。もう行け」
「はいはい。失礼しますよ」
追い出す様にゾイを睨みつけたが、部屋の外に出た後もゾイの笑い声が聞こえてきた。くそ。
だが、そうだな。ハナに触れている間は一切制御する必要がないのは事実。
彼女を屋敷に連れ帰った日は無意識に彼女の手を握っていて気付けば熟睡していたが、あれには本当に驚いた。
あれほどぐっすりと気持ちよく眠れたのは恐らく赤子の時以来で、起きた瞬間は疲労が全て吹き飛んだかのように身体が軽かった。
彼女の能力を利用する気はない。ただそのおかげでハナと出会うことができた。彼女が俺を恐れなかったのも体質のおかげだ。
ハナには、返しきれない恩がある。たとえその体質がなくなったとしても、俺にとってハナはもう特別な存在だ。
彼女の望むことは、全て叶えてやりたいな。
「結婚式、か」
ハナは、素顔の俺と並んで結婚式を挙げたいと望んでいる。
「なら、この仮面はもういらないな」
ハナのことを思うと、これまでずっとしがみついていたものを手放すことにも驚くほど抵抗がない。
俺は髑髏の仮面を取ると、そのまま手の上で燃やし始めた。
思えば、俺はこれに依存していたのだろう。
ハナという大切に思える人を見つけた今、相手に恐ろしい幻覚を見せるこの仮面からはもう卒業だ。