街への期待④
本を読んでいたらあっという間に日が暮れていました。ギャレック領の歴史書を読んでいたのですが、とても興味深かったです。
辺境の地というだけあって戦争が多く、ちょっと怖かったりするのですが、知っておくことは大事ですからね。
もう少し読んでいたい気持ちもありましたが、今はそれどころではありません。いよいよ、エドウィン様とのお食事の時間なのですから!
ゾイがせっかくなら着飾りな、というので私は今、家から持ってきていたドレスを着用しています。
これはもしかすると……初めてのデートと言えるのではないでしょうか! お、お出かけではないので違いますかね……? どうでしょう。
でも、デートのようなものだと考えると緊張しますね……!
食事中は給仕の方の代わりに、エドウィン様付きの執事、マイルズさんが時々入室する以外は二人きりだそうです。
二人きりの時間が多い……ど、どんな話をしましょう! 今からドキドキしてしまいます。
ちなみになぜマイルズさんが給仕もやるのかというと、エドウィン様を前にしても平然としていられる数少ない方だからだとか。
言われてみればウォルターズ家に来た時も平気そうでしたし、なんならものすごく気安くエドウィン様と会話していましたよね……。
マイルズさん、もしかしなくてもすごくお強いのかもしれません。あんなに穏やかで優しそうなのに。
エドウィン様だって、本当の姿を見れば恐ろしい人には思えませんし……つくづく人は見かけで判断してはならないと実感します。
「あたしみたいなのがいたら雰囲気をぶち壊しちまう。ただ、扉の外で待機してるからね。食事を終えたら部屋までご一緒するよ」
そんな風にゾイは言いますが、きっと二人きりにしてあげようと気を遣ってくれているのでしょう。優しいですね!
「ありがとう、ゾイ」
ですから、扉を開けてくれたゾイにひっそりその感謝の気持ちも込めてお礼を告げ、緊張しながら室内に足を踏み入れました。
食事をする場所は少し広めの個室になっています。窓のない部屋で、魔道具の温かな明かりが灯っていました。
よく見ると、他にも魔道具が設置されていますね。あれはどんな効果があるのでしょう? 気になります。
キョロキョロと室内を見回していると、扉を閉める直前のゾイが小声で話しかけてきました。
「これはあたしなんかが言うことじゃないけどね。……エドウィン様とたくさんお喋りしてやってくれ。あの方には、そういう普通の経験が必要だと思うんだよ」
顔だけで振り返って見たゾイの表情は慈愛に満ちています。ゾイはエドウィン様のことを主人であり、我が子のように思っているのかもしれませんね。
エドウィン様はその体質上、人から遠巻きにされてしまう方。そういう、当たり前のコミュニケーションがあまり取れていないだろうことは容易に想像出来ます。
「はい、わかりました! エドウィン様に楽しんでいただけるように頑張りますね!」
「普通、それを考えるのはエドウィン様側なんだが、まぁいいだろうさ」
エドウィン様がそういった普通のコミュニケーションを望んでいるのかまではまだわかりませんが、機会を与えることは出来ると思うんです。
私はほら、馴れ馴れしいところがありますから得意ですよ? たくさんお喋りして慣れてもらって、そしていつかギャレック領の皆さんともエドウィン様が気軽にお話出来るようになれればと思うんです。
領主様ですから、どうしても気を遣われてはしまうでしょうけれど。それ以前に、乗り越えるべき問題は山積みですし。
ゾイが扉を閉めたほんの数十秒後、タイミングを見計らったように反対側の扉が開いてエドウィン様が入室されました。
「エドウィン様! あのっ、こ、こんばんは!」
「あ、ああ」
まだ髑髏の仮面をつけたままですね……。お食事中は外されるのでしょうか。それによって私のテンションがかなり変わりますから、大事なことですよ、これは。
「痛っ、おい、マイルズ!?」
「第一声は大事だと何度もお伝えしたでしょう。もっと頑張っていただきませんと」
「お前に言われなくてもわかってる!」
エドウィン様は私に気付いてすぐ返事をしてくださいましたが……なにやらマイルズさんに小突かれています、よね?
肘で主人を小突く従者……やはり、マイルズさんは只者ではありません。
その後、お二人は小声で何やら言い合いをしているようでした。何を言っているかまでは聞き取れませんでしたが、大丈夫でしょうか?
「あ、あー……ハナ」
「は、はい」
言い合いが終わったのか、コホン、と一つ咳ばらいをしたエドウィン様に自然と背筋が伸びます。
ああ、相変わらず柔らかくて素敵なお声です。もう仮面はつけたままでもいいかな、という気がしてきました。
「そのドレス、やはり似合っている、な」
「っ!?」
などと油断していたら褒め言葉をいただいてしまいましたーっ! えっ、不意打ちに弱いのですよ、私! 心臓が破裂しそうです。
ああ、いけません。私もお返事しませんと!
「あっ、ありがとう、ございます! えと、すみません、また同じドレスで。これしか持っていなくて。あ、あはは。私ったら、お洒落より食い気だったものですから。でも、これからはエドウィン様のお隣に立つにふさわしくなれるようにちゃんと色々考えて……」
「ハナ」
つい、早口であれこれ喋ってしまいました。あわあわとする私はみっともなかったかもしれません。途中で名前を呼ばれてついビクッと肩を揺らしてしまいます。もちろん、恐怖などではありませんよ?
いえ、ある意味恐怖かもしれませんね。だって、私は今エドウィン様に呆れられてはいないかと不安になっていますから。
どうしましょう! 嫌われてしまったら立ち直れませんーっ!!




