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恋は意外に突然に③


 玄関のドアが開かれます。質の良い執事服を着た青年がまず礼をし、一歩室内に入りました。

 我が家のアルバートもかなり優秀な執事ですが、それを上回る品の良さが感じられます。思わずほぅ、と息を吐いてしまいました。


「お初にお目にかかります。私はギャレック家執事のマイルズと申します。主人の代わりに挨拶を申し上げる非礼をまずはお許しください。その、耳にしているとは思うのですが、我が主人は少々人と接するのに難がありますので……」


 あまり表情の変わらない執事のマイルズさんから話された内容に、私たちは揃ってぽかんとしてしまいました。

 だ、だって、あまりにも正直すぎると言いますか……。自分の主人に対してそんなこと言います? ビックリしてしまうのも仕方がないと思うのです。


「ですから、お出迎えしていただき大変ありがたいのですが、ウォルターズ家の皆さまのためにも客室で待機していてもらいたいのです。倒れてしまう方もいますからね……柔らかな床の方が安全かと。もちろん、主人の姿を見てすぐに退出したくなればそうしてもらっても構いません。良いですか? まずは逃げ道の確保を。失礼だからなどとは考えないでください。ご自身の心を守ることを最優先にしていただきたく」


 ものすごい予防線を張りますね!? 余計に怖いんですけども!

 隣に立つ両親の笑顔が引きつっていますよ? 私もでしょうけど!


「無理な様子と判断しましたら、早急に立ち去りますので……。この話もなかったことにさせてもらいますから、本当に、本当に気になさらないでくださいね!!」


 念押しもすごい。ああ、これまで散々苦労してきたんでしょうねぇ。最初の挨拶だけで察せてしまいました。

 きっと我が家宛ての手紙もこのマイルズさんが書かれたのでしょう。心労が伝わってきます。胃は大丈夫でしょうか。


「わ、わかりました。では、客室にご案内いたしますので……!」


 お父様がどうにか立て直し、マイルズさんを案内し始めました。私たち家族とアルバート、パメラとマイルズさんが客室に着いたところで、彼は再び神妙な面持ちで口を開きます。


「我が主人と対面するのは最低限の人数にしてください。いえ、見たいとおっしゃられるのならそれでも構わないのですが……精神が無事な者を残しておいてもらえた方が良いかと」


 使用人を含むウォルターズ家の五人でごくりと喉を鳴らしました。この方、本当に恐怖を煽るのがお上手でいらっしゃる……!


 私たちは互いに顔を見合い、父と母、パメラと私の四人だけが対面しようと決めました。アルバートはもう年ですし、万が一にも心臓が止まってしまってはいけませんからね……! この四人の身に何かあった時に助けてもらうことにします。


「では、主人を連れて参ります」


 そして、まるで戦場にでも向かうかのような面持ちでマイルズさんは客室を去って行きました。こ、怖すぎますーっ! すでに泣きそう!

 しかし私は、それでもギャレック辺境伯様に嫁ぐと心に決めたのです。恐怖になんか負けてなるものですかっ!


 待つこと数分。ついにノックの音が響きました。私の心臓、口から出るのはおやめくださいね。


「どうぞ」


 ソファーから立ち上がり、お父様が答えました。ドアがゆっくりと開き始めます。

 ゴゴゴ、という音がどこからともなく聞こえるかのよう。もちろん、実際には聞こえませんが。

 思わずもう一つの出口、いわゆる逃げ道をチラ見する私たち。すみません、小心者一家で。


「っ!」

「ひ……!」


 隣に立つ両親の声にならない悲鳴が聞こえてきました。……ですが、私は今そんな二人に顔を向ける余裕もありませんでした。


 ゆっくりと室内に入ってくる噂のギャレック辺境伯様から、片時も目が離せなかったのです。


「も、申し訳ないっ! ああ、ヒルダ、しっかりするんだ」

「お、奥様っ……!」


 お父様が耐え切れないとばかりに慌て始めたのとほぼ同時に、お母様がふらりと後ろに倒れてしまいました。それをギリギリのところでパメラが支え、お父様と一緒にお母様を支えながらバタバタと部屋から出て行きます。


 私はそれを、視界の端で見ていて……。

 だって、ここまで場が混乱しているというのに、まだ彼から目を逸らせなかったのです。


「ハナ! ハナもさぁ、こちらへ!」


 一目散に退室した父が、こちらに手を伸ばしてきます。私はここでようやくそちらに目を向けました。


「いいえ、お父様。私はギャレック辺境伯様とお話ししますから」

「え」


 すぐに小声で驚いた声を出したのは父でも母でも、パメラでもありません。マイルズさんでもないようでした。

 今の声は、ギャレック辺境伯様……? いえ、その確認は後です、後。


「は、ハナ様? も、もしや我が主人を前にしても、大丈夫なのですか……?」


 私の様子を見て、マイルズさんが驚愕に目を見開いています。うっすら涙も浮かんでいるような気が……大げさ、ではないのでしょうね。かなり苦労されてきたみたいですし。


「はい、大丈夫です。なので、そのぉ……少し、二人にしてもらっても良いでしょうか?」

「ええ、ええ、それはもちろんですとも! エドウィン様っ、しっかりなさってくださいよっ!!」


 私の申し出に被る勢いでマイルズさんはそう言うと、あっという間に部屋を出て行ってしまいました。

 わずかにギャレック辺境伯様が戸惑うように身動ぎをしたように見えます。


 静かにドアが閉まり、室内には私とギャレック辺境伯様の二人きり。

 ドアの向こうから心配する父やパメラの声が聞こえてきましたが、マイルズさんがなんとかしてくださるでしょう。どうにか婚約を成立させたいと必死なのが伝わってきましたし。


 いやはや、突然の二人きり。

 私の中にすでに恐怖は微塵もありませんが、これはこれで緊張しますね。


 それにしても、家族やパメラが何を見て、何に恐れたのか。私にはまったく理解が出来ません。

 だって私の目に彼は、いかつい髑髏の仮面を被っただけの、線の細い青年にしか見えないのですから。

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