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乙女の涙⑤


 一番の驚きはエドウィン様がなぜここにいるのかということです。驚きすぎて今、自分の中の感情がぐちゃぐちゃになっています。


 会えて嬉しい気持ちと、なぜここにいるのかという戸惑い、そして……ご迷惑をお掛けしたのではという大きな罪悪感。

 脳内でぐるぐると巡る色んな感情に言葉を失っていると、側にいてくれていたリタさんがものすごい勢いで私から離れました。


 それとほぼ同時に、エドウィン様が真っ直ぐ私の下に降りてきてガシッと両肩を掴んできます。

 私は驚きと混乱で目を丸くしていることでしょう。


「なぜ一人で来たんだ!? 迎えに行くと言ってあっただろう? 手紙を見た時は肝が冷えたぞ! 我が領地周辺は危険が多い。それはハナも知っていたことだろう!?」


 以前お話しした時の優しい口調とは違い、鬼気迫るその様子に私は何も言えないでいました。髑髏の仮面が今ばかりはとても怖いもののように感じて、萎縮してしまったかもしれません。


 ……けれど私は、私の肩を掴むその手がわずかに震えていたことに気付きました。おかげでハッと我に返ることが出来、鼻の奥がツンとしてきます。


「何があってもおかしくなかった! なぜ言うことを聞かない? 何かあってからでは遅いんだぞ!!」


 ……ああ。とても心配してくださったのですね。たくさん、ご迷惑をかけてしまったのですね。

 じわじわと目に涙が溜まっていくのを感じます。

 エドウィン様。


 エドウィン様……!


「ぅ、うわ、ぁぁん……ごめんなさい、ごめんなさい、エドウィン様ぁ……!」


 耐えきれず、私はそのままワァワァと泣いてしまいました。もう十五歳になるというのに。大きな声で、顔を隠すこともなく。


 はしたないこととはわかっているのですが、もうどうにも止められなくなってしまったのです。たとえ、目の前のエドウィン様が狼狽え始めたことに気付いても。


「わっ、は、ハナ……! す、すまない。怖がらせてしまった、か? その、俺はだた心配だっただけで、お、怒ってなどいない、が……や、やはり怖かった、よな? う、わ、ど、どうしたらいいんだ……?」


 厳つい髑髏の仮面を被った頼もしい領主様は、小さな声で何ごとかを呟きながら動揺しています。


 いけませんね、私も何か言わなければ。

 私は泣きながら、一生懸命自分の言葉を伝えます。


「ち、違っ……怖くなんて、なくて! グスッ、私、エドウィン様の、お時間を取らせたく、なくって……! 少しでも、お役に立ちたかったのに、ヒック、結局、とてもご迷惑を、お、おかけしてしまって……!」

「す、すまない。そうか、俺のために……怒鳴るつもりはなかったんだ。俺が、悪かっ」

「違う、違うんです! 全部、そんなこと全部、口実で……!」


 泣いているからか、恐怖と安堵が同時にやってきて混乱しているからか。どうにもうまく言葉が纏まってくれません。


 でも、これだけはお伝えしなければ。


「わ、私が……どうしても、会いたかったんです。す、少しでも早く、エドウィン様にお会いしたくて……ただのワガママで、迷惑をかけて、ごめんなさいっ、ごめんなさいぃ……!」


 最後まで言い切ったところで、私はまたしても激しく泣いてしまいました。

 もう、子どもみたいですよね? でも、本当に怖かったんです。


 人生で初めて魔物というものに襲われて、自分の考えの甘さを思い知って。

 もう二度と、家族やエドウィン様に会えなくなるのかもって思ったら……怖くて仕方なかったのです。


 だから、今だけは泣かせてください。後で床に額をつけて謝りますから。


「っ、ハナ……!」


 突然、体が引き寄せられました。


 不意に感じる温もりと、吐息。そして、自分のものではない速めの鼓動。

 え、は、え……!? も、もしや今、私……エドウィン様の腕の中にいるーっ!? えーっ!?


 驚きすぎて、あれだけ止まる気配のなかった涙がピタッと止まりましたよ! 私、チョロすぎません!?

 加えてこの幸せ過ぎる状況に震えがやばいことになっています! この心臓の音は私のもの? エドウィン様のもの?


 といいますか、魔物に襲われた時よりも震えてるんじゃないですかね、私!?


 ひぃ……この状況、どうしたらいいのでしょう? 男性にこんなにも強く抱きしめられたことなんて、お父様でもありません。こ、呼吸を忘れそう。


「……大丈夫だ、ハナ。もう二度とこんなことは起きない。今後は俺がついているのだから。ああ、弱ったな……どうしたら泣き止む?」


 あり得ないほど震えている私がまだ泣いているのだと思ったのでしょう、エドウィン様が弱りきった声で囁きました。あっ、この至近距離でのウィスパーボイスはまずいです。


 でも、なんでしょう、これ。すごく緊張しているというのに、急激に眠たくなってきたのですけど……?


 エドウィン様が絶対的な強者だからでしょうか、その腕の中の安心感たるや……。

 これまでの旅の疲れや緊張と恐怖もあって、どっと気が抜けたというヤツでしょうか。


「お……お顔が、見たい、ですぅ……」

「そっ、それは……や、屋敷に着いてからにしてくれ……」

「わかり、まし……」


 たぶん私は今、夢うつつに自分の欲望を曝け出してしまった気がするのですが、深く考えるのはよしましょう。


「……ハナ? えっ、寝てしまった、のか?」


 薄れゆく意識の片隅で、エドウィン様の戸惑う声が聞こえます。

 ああ、もう無理です。謝罪も説明も、全ては後で考えましょう。


 私は幸せの中、ゆっくりと目を閉じるのでした。


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