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恋は意外に突然に①


 私はこの度、ギャレック辺境伯ことエドウィン・ギャレック様の婚約者として選ばれました。


「え、どうして私が……?」

「ああ、ハナ。お前の困惑はよくわかる。だがな、ギャレック辺境伯にも並々ならぬ事情があるのだ」


 ある日、いつも通りの朝食の席で父から聞かされたのは、そんなとんでもないお話でした。


「事情、ですか? え、でもギャレック辺境伯様と言いますと、あのギャレック辺境伯様ですよね?」

「ああ、そのギャレック辺境伯様だ。他にいないだろう」


 呆れたように言われましても、そのくらい突拍子もないお話でしたので、つい。

 事情、とお父様は言いましたが……一体どんな事情があればあの統率力があって剣の腕にも長け、さらには頭脳明晰で魔法の腕もトップクラスな完璧超人の方から縁談がくるというのでしょう。


 ギャレック辺境伯様は王家直属の護衛隊長にならないかとスカウトされたこともあったとか。けれど自領の守りを優先することこそ国のためになると、ギャレック領から出ることは一度もないのだと聞いています。


 実際、あの地はスタンピードを起こした魔物が押し寄せてきたり、他国からの敵襲が来ることもある危険な土地ですからね。かといって、領内が危険であるという話は一切聞きません。


 なぜなら、それらをいつもあっさりと一掃してしまうのがギャレック辺境伯様が率いる精鋭集団だからです! 通称髑髏師団と呼ばれています。


「あ、もしかして……あの噂が本当だということでしょうか」

「困ったことにそのようなのだ。我々のようなしがない男爵家は噂しか耳に入っていなかったが……」


 髑髏師団という名称を思い出して私はふと気づきました。


 彼の噂、それは正直なところ本当なのかと疑ってしまうようなものです。

 冷酷無慈悲。非情で残酷。誰にも心を開かず、寡黙で威圧的。

 常に魔力を纏っており、その力強さと冷たさに誰もが気圧されてしまうのだとか。聞いた話によると、鍛えている騎士様でさえ丸一日と一緒にいられないといいます。


 しかも彼は常に恐ろしい髑髏の仮面を被っており、誰もその本当の姿を見たことがないというのです。


 そう、髑髏師団という呼び名の所以はここからきています。

 かくいうギャレック辺境伯様も、髑髏領主、髑髏騎士などと呼ばれて恐れられているのです。


 その実力もあって、きっと鬼か悪魔、もしくは本当に仮面と同じような顔をしているのだろうと噂だけが一人歩きしている状態なのですよね。


 おかげで何度か浮上したらしい婚約話も、その都度ご令嬢たちがギャレック辺境伯の恐ろしさに耐えきれず破談になるのだとか……。


 それでも優秀な彼は領民からの信頼も厚いと聞きます。領地経営の手腕も素晴らしく、外からの脅威はあれどギャレック辺境伯様がいらっしゃれば領内は豊かで平和が約束されているのです。


 非の打ち所がない素敵な方なはずなのに……ご本人が恐ろしい方なのだとしたら、婚約話がうまくいかないのも仕方ありませんよね。


「で、ついにこんな私にも話がきた、と? 切羽詰まってますね……」

「先方も必死なのだろう。従者からの手紙もその心労が伝わってくるような文面だった……」


 そんな方の婚約者に、しがない男爵令嬢である私が選ばれたわけです。

 真っ先に思ったのは恐ろしいなどではなく、申し訳なさすぎるという気持ちでした。


 いくら恐れられているとはいえ、それほどの方が私のような令嬢というのもおこがましい平凡な女相手に婚約を願わなければならないのですよ?

 元気だけが取り柄のハナ・ウォルターズ十六歳ですよ。貴族といってもほぼ一般人。不憫すぎます。恐縮です。

 

 薬師であるお父様が頑張って、薬の開発や国のための貢献をしてくださったからこそ私も貴族を名乗れているだけで、ぶっちゃけて言えば街にあるちょっとだけ大きな家に住む、言葉使いが少し丁寧なだけのただの小娘なんですよ。


 朝早くに起きて家事と仕事を手伝い、少しでも安く食品を入手するため朝市に出掛けるような生活ですよ? そりゃあ一般家庭よりは良い暮らしをさせてもらっていますし、一応それなりの教育は受けさせてもらっていますが、それらのマナーを必要とする場にはほとんど出たこともありません。


 え、本当に大丈夫……? 私、辺境伯家の嫁として務まるんでしょうか。無理じゃないですか?

 まぁ、そんな私のような者に声をかけざるを得ない切羽詰まった状況なのでしょうけれど。


 良き領主と言われているわけですし、本当にそんなに酷い方でしょうか? とも思いますしね。 でも実際に、恐ろしすぎて意識を失ったという方がたくさんいらっしゃるわけですから全くの嘘というわけでもなさそうです。


「それで、具体的な話は進んでいるのですか? もしかして、今度お会いするなんて話があったり……」

「今日だ」

「え」

「今日、ギャレック辺境伯様がうちにいらっしゃる」


 理解するのに、数十秒ほどかかりました。


「えっ、ええええ!? な、なん、なんでそんな、急にっ」

「あなたっ、私も聞いていませんよっ!?」

「すまない! 急ではないのだ! 先月には手紙をいただいていたのだが、どうしても信じられず……! 返事を出さずにいたら先日、とりあえず話だけでもとうちに来ると早馬が来てな?」

「そんな大切なことを、どうして私に相談しなかったのですかっ!?」

「お父様、いくらなんでも私に話すのが遅すぎますぅ!!」


 お母様のお怒りはもっともです。もっともすぎて一緒になって怒ってしまいましたよ、もうっ!

 穏やかないつもの朝食の席のはずが、途端にわぁわぁ大騒ぎな食卓となってしまいました。


 と、とはいえ、ここでお父様を責めてたって仕方ありません。

 慌てていても喧嘩していても、ギャレック辺境伯様は来てしまうのですから!


 我が家にいる唯一の侍女とお母様と協力しながら慌てて準備を始めます。


 特別な時にだけ着るドレスを身に付け、軽く化粧を施し、今は落ち着きなく自室で待機中です。おかげで今になって緊張が襲ってきました。うぅ、あれこれ考えてしまいます……!


 豪胆な娘、物怖じしない娘、逆に何でも言うことに従う大人しい娘……ありとあらゆる娘がギャレック辺境伯様と対面したそうなのですが、毎回とても恐ろしいお姿の前に驚き、魔力の威圧感に負け、ものの数分、時には数秒で破談となるのだそうで。


 ひぃ、怖いっ! 私が耐えられるのでしょうか。だって怖がりなんですよ、私っ!


 ただ、数多いる貴族の末端にいる令嬢の中でなぜ私が選ばれたのか、その理由はちょっとわかる気がします。


 実は私……生まれつき魔法が効かない体質なのですよね。どんな魔法も魔力も全部、無効化してしまうのです。

 いいことではないですよ? そのせいで怪我も病気も自然治癒を待つか薬を使うかしなければなりません。治癒魔法なら一瞬で楽になるというのに……。


 まぁ、怪我はともかく病気になることは滅多にないので別にいいのですけど。

 お父様の薬があれば大体すぐに治っちゃいますし、治療魔法は怪我や病気が重いほどあまり使わない方がいいとも言われていますしね。でなきゃ、我が家の商売上がったりですので!


 はぁ、緊張する。もうそろそろいらっしゃるのでしょうか。……はぁぁぁぁ。

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