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祝炎の英雄  作者:
第六章 宵闇の異形
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 崑崙山山中を歩き回り、異変を探し回る中で祝融の下へ、志鳥が舞い降りた。


『即時、皇宮へ帰還せよ』

 

 あまりにも唐突な上に、説明も無い。崑崙山に無断で入った事が原因だろうが、その声の主に、祝融は従うしか手段は無かった。


『これは、勅命である』


 祝融は、志鳥を元始天尊へと直接送っていた。管理地に異変があれば、いの一番に気づくのも、封印を管理する本人の筈だからだ。

 しかし、返ってきたのは同じ六仙でも、炎帝神農。しかも、見つけた者を連れて来いとまでご丁寧に付け足されていたものだから、祝融は焦った。燼が何者かを知られた場合、燼はどう扱われるか。それが、分からない。

 いっそ、神殿で神子瑤姫の庇護下に置く事も祝融の脳裏に過ぎったが、どちらにしろ、燼の身を明かす事に変わりは無い為、あくまでも最終手段と考えた。


「……燼、様子を伺いながら話す。お前は夢見で目を持っている。それで通すが……何とも言えない状況だ」

「いえ、祝融様の立場を優先して下さい」


 そう告げた燼の目に迷いは無い。


「良いか、そうなったら前面に神子達との繋がりと名前を出せ。特に神子王扈だ。神子長は瑤姫様だが、実際に優劣は無い。神子の名前が出た時点で、六仙だろうが、神殿に確認を取るまでお前を無下に扱えない筈だ」


 祝融が王扈の名前を出した事には、訳があった。というのも、神子達の中で燼を一番気にかけているのが、彼女なのだ。

 彩華と雲景や、燼と絮皐の婚姻時に見知らぬ名前から祝いがあったと彩華は祝融へ相談していた。祝融も雲景にも覚えは無く、他にも聞いて回るも、誰一人として知らない名前だったのだ。相当高価な茶器や織物だったのもあり、誰もが首を傾げるが、そんな中で燼がポツリと言った。


『多分それ、神子王扈ですよ』


 理由を聞けば、友人として祝いの品を贈ると言っていたのだとか。その名前を燼も聞いてはいなかった為、直ぐには分からなかったのだが、誰も知らないのなら、恐らく彼女だろうと言う。確かに、神子ならばそれだけ高価なものでも簡単に贈れるだろうと納得は出来たが、燼と王扈がそこまでの関係にあるとは、誰も考えていなかった。


『お前、いつの間に神子王扈と繋がりを作った』

『繋がりって言っても、実際に会った事は一度も無いんですけどね』

 

 その言葉に誰もが唖然としていた。夢見という夢と現の狭間を生きる者達の感覚が、何とも不可思議にも思えたが、恐らく理解する事は出来ない。

 分かることは一つ、神子王扈が燼に思い入れを持っているという事だけだった。

 

「わかりました」

「……すまん、俺の立場では、お前を自由でいさせてやる事が難しいかもしれない」

「良いんです。そこまで、ご迷惑を掛けるわけにはいきませんから」


 燼は、余裕を見せ笑う。それは、祝融を信頼しているからこそだった。

 居場所があった。その事実が、燼には十二分に温かいもので、この上なく大事なものだったのだ。


「六仙に、夢見はいるでしょうか」

「……分からない。六仙に関しては謎が多い」


 祝融の顔には、焦燥が募る。自身の力の無さが、浮き彫りに出る相手でもある為、対策の取りようが無い。だからと言って、燼が見たものを何もせずそのままにしておくなど論外だ。立場も、力もない自分が、ただただ腹立たしい。

 祝融は、権力に興味が無い。だが、それが必要な事は理解していた。力で守る事が出来るのは、相手が力を見せた時だけだ。相手に剣を抜かれたなら、こちらも剣を抜けば良い。

 だが、皇宮は違う。相手が権威を示したとして、祝融が示せるのは、皇族としての立場だけだ。しかも、それは自身の力で手に入れたものでもなければ、自分で維持している力でもない。奢れば、引きずり落とされる事すらある、簡単に揺らぐ地盤なのだ。  


「(確固たる地位か……)」


 祝融にその力を持たせようとしているのは、どちらかと言えば、静瑛だ。いずれ必要になる。そう、祝融に言い続けていた。

 彩華と玄家の縁談、雲景の朱家当主の件。どちらも、本来なら祝融の地盤固めに使えるものだった。そして、本来なら、燼の神子としての立場もそうだ。


「(何一つとして、俺自身の力で固められていない地盤だな)」


 だからこそ、祝融は彩華や雲景に強要しない。他者が固めた地盤で胡座をかけば、それこそ一瞬で地に堕ちるのだと、知っているからだ。


「祝融様、皇帝からの勅命ならば、直ぐに向かいましょう」


 それまで、思い悩むように考え事で俯いていた祝融だったが、雲景の声で、顔をあげると頷いた。ふと、燼を見ると、また、その目線は下に向いている。


「燼、今、目覚める訳では無いのだろう?」

「……恐らくですが」


 その顔は、自分がどう扱われるか分からないと言われた時よりも険しい。祝融は溜息しか出なかった。守ってやれるかどうかも分からないと言うのに、当の本人は他所ごとで頭が一杯だ。確かに、現状異変を感じているのは燼一人だが、まるで自分の今後など、どうでも良いとまで言っている様にも見えた。


「お前は、少しは自分の身を心配しろ。その影響は絮皐にもあるかも知れんのだぞ」


 その瞬間、燼が顔を上げると同時に表情が変わった。困惑が滲み出て、矢張り、自分の身がどうにかなると言う話よりも、余程慌てた様子を見せる。それを見ると、ある意味では燼が絮皐と結婚した事は良い方向に働いたとも言えた。自分の身一つで無くなれば、多少は自分を気に掛ける。特に、絮皐に関しては、燼が婚姻関係を結ぶと言い出した事だった。自分が守ってやらねばならないと、責任を感じるのは当然だろう。


「……どうしよう。俺、巻き込んだのかも」


 あたふたと慌て始める燼に、思わず彩華は燼の肩に手を置いていた。


「まだ何も決まってないから、落ち着なさい」


 彩華に言われるも、気が気でないのか、そわそわと身体が揺れている。


「全く、絮皐を引き取るって言った時の方がよっぽど堂々としてたわね」


 腰に手を当て、余程、男よりも男前に構える仕草を見せる。そう言った当人も、夫が直ぐそこにいるのだが、彩華に至っては本人も認める程に武人の性分の所為だろう。妻としての本分は家に置いてきているとまで言い切る。


「皇都に戻ろう。最悪の場合、絮皐を保護してやれるのも、燼だけという事も覚えておけ」


 燼は、頷いた。人から生まれた龍。それは、人でも龍でもあると言えるが、そうでないとも言えた。正義心や偽善で絮皐を助けたわけでは無い。

 彩華が手を差し伸べてくれた様に、燼もまた、絮皐に手を差し伸べただけだった。夫婦として接するのは、純粋に家族という形が嬉しかったから。龍人族である彩華とは、戸籍の関係は無く、ただの後見人だったが、絮皐は人としての戸籍を持っていた。

 奇しくも、絮皐も龍ではあったのだが。

 そして、燼もまた、特殊な立場だ。獣人族でありながら、隠された神の落とし子でもある。

 上手く立ち回れなければ神子として利用されるか、神子としての立場を利用できるかは、燼自身にかかっているのだ。

 燼は強く瞼を閉じると、決意を胸に再び目を開く。

 自分に手の内にあるものを見た。守らなければならないものがいる。それが、燼の意志をより強くしていた。


 ――

 ――

 ――


 皇都 玉清宮


 元始天尊が住む、その宮では、白き髪を持つ龍人族が多くいる。書府(図書館)の如く、書棚が立ち並ぶそこで、白家縁の者達は奔走していた。


「全く、面倒な物を見つけてくれたものだ」


 その書物に囲まれた初老の男は、うんざりとした表情で呟く。目の前の机には、溢れんばかりの書物が積み上げられていたが、それがより気分を陰鬱とさせる。

 皇孫姜祝融から突如届いた志鳥が告げた言葉。


『崑崙山にて異変を感知した』


 その言葉が届くより僅か前に、確かに封印に何者かが踏み込んだ気配があった。それが姜祝融一行だとしても、それ以外に封印に違和感は無い。元始天尊も藍省にいる手の内の者や、蒼家に崑崙山を調べる様に言っては見たが、これと言って何も無いと言う返答があるのみだった。

 

楽静信(らくせいしん)様、封印の記述があるものは、これで全てです」

「あぁ、すまぬが一人にしてくれ」


 そう言って、忙しく動いてくれた白龍達が出て行くのを見届けた後、机の上の一冊を手に取った瞬間だった。バタバタと足音を立てて騒がしく廊下を歩く音が響いた。


「お待ち下さい!」


 女官の静止を無視して、閉じられた筈の扉が勢いよく開け放たれた。背後で慌てふためく女官の姿など目に映っていないのか、その来場者は元始天尊の姿だけを捉えている。

 金糸の織り込まれた絹織物と黒髪が揺れ、怒りにも似た表情を構えた女は、ずかずかと部屋へと入り込んだ。


「西王母様!」

「良い、この様な阿呆は放っておけ。それよりも、茶を出してくれ。この阿呆の分もな」


 不安な顔を残したまま女官が立ち去っていくと、西王母は鋭い目つきのままに、元始天尊へと詰め寄っていた。


「元始天尊、状況を説明しろ」

「まだ何も見えてはおらん。全く、騒々しい女だ」


 ただでさえ問題が起こっていると言うのに、事を荒立てにきたとしか思えない女が現れて、元始天尊の顔は更に険しくなっていた。今にも鬱陶しいと言う言葉すらでそうな程に不機嫌だが、兎に角座れと西王母に椅子を勧めた。仕方なく、西王母は椅子に座るも、目線は鋭いままだ。

 

「お前が悠長に構え過ぎだ。今更、あれを調べて何が分かる」


 西王母の姿を無視しながらも、元始天尊は机に向かう。古く、傷みもある書物は、全て当時の記録だ。常夜と現世にある陰の繋がり、封印の形、夜の異形の死肉。いつか、似た存在が生まれた時の為にと書き溜めたものだった。

 

「変化があるかだけでも調べねばならん。今の所、封が破られた訳では無いからな」


 その言葉で、西王母の顔が強張った。

 

「待て……見えていないと言ったな。誰が異常を見つけたのだ」

「姜祝融だ。だが、あの男に目は無い。従者も龍人族と獣人族と聞いていたが……」


 元始天尊は目線を上げた。


「西王母、姜祝融か姜静瑛の従者……風家の子息に夢見がいたと聞いた事はあるか?」

「無いな」


 西王母は肘を突き、薄らと口許に笑みを浮かべていた。


「既に、姜祝融には戻る様に神農から指示が降った筈。その時に、詳しく聞いてみると良い」

「そうか……それは、楽しみだ」


 西王母は扇子を広げると口許を隠し、その目は妖艶に笑う。

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