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祝炎の英雄  作者:
第五章 幽鬼の誘い
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二十八

 鸚史は、静かに薙琳と向き合っていた。ざわざわと草木が淀めく。剣を構え、一歩踏み込む瞬間に、薙琳も動いた。獰猛な牙を見せ、獣よりも俊敏で躊躇もない。牙を避け、襲いくる殺意を物ともせず、鸚史は懐に入り込むと右前脚を切り落とし勢いのままに背後に回る。

 斬られた脚が溶けて消えると、再び脚が生えていた。


「(再生能力か……)」


 業魔を狩るには、首を落とすか、頭を潰すしか方法は無い。


「薙琳、その姿で勝てるのか?」


 昔は、薙琳に勝てる機会など一度も無かった。容赦のない攻撃に、何度転ばされたことか。


「加減なら、必要ない」


 その瞬間に、薙琳の身体が再び波打った。

 黒い身体こそ変わらないが、紅色の瞳だけが変わらずそこにあるも、それは人の姿に近づいていた。人の様で、鋭い爪を持つ。口を開ければ、牙が見え隠れして、半分は獣の様な姿に鸚史も構えた。

 薙琳の影とも言える姿は、瞬く間に姿を消した。その動きは、目で追えず、鸚史は背後への殺気を感じると間一髪で振り返り、剣でその爪を受け止める。


「(速いな)」


 残影を残しながら、薙琳の俊敏さを上回る動きを見せる。剣撃よりも速く、鋭い。気を抜けば、容赦無く鸚史の身を貫くだろう。

 草木がより騒めいた。剣と爪が幾度となく打つかる中、鸚史が薙琳から離れた瞬間を見計らい、草木が動く。木の枝が、葉が、根が、蛇の様にしなやかにうねりを見せては、薙琳を逃すまいと追い掛ける。

 降り頻る雨垂れの如く、木々は槍となって、葉は刃となって薙琳を襲った。鸚史が躊躇すれば、祝福を受けし者に忠実な草木は止まるだろう。

 鸚史の心を埋め尽くすのは、怒りか。躊躇いの無い攻撃は続いた。逃げ惑う薙琳の体目掛けて、降り注ぐそれは、腕をもぎ、腹を裂き、脚を絡めとった。肉体はいつまでも再生し続けた。人でない事の証明の様に、鸚史に向かい続けるが、薙琳が鸚史に近づこうとすれば、木々が遮り、爪も牙も届かない。

 

「……もう、向かって来るな」


 鸚史の口からボソリと言葉が溢れた。

 その異能は、陰を否定するか如くに攻撃を続けている。

 薙琳の形をしたそれに、面影は無かった。


「(今まで、何度もやってきただろう)」


 業魔は、人が陰の存在となる。鸚史は、それを使命とし言い聞かせていた。自分が手にかけているのは、人では無い、と。

 覚悟ならば、常にある。一々感傷に浸っていては、精神は保たない。それが、何回、何十回、数え切れ無い数を重ねていく内に、何も感じなくなっていた。

 今回も、同じだ。それが、愛する者だっただけだ。

 鸚史の手に、力が篭る。それは、一瞬にして木々に伝わると共に、一斉に薙琳に襲い掛かっていた。

 それが、最後。そう、鸚史は考えていた。しかし、木々は、影という影から現れた黒い糸によって遮られていた。殺意が増し、薙琳の中の悍ましい気配が強くなっている。

 木々の騒めきは、悍ましい気配と共に、大きくなった。鸚史の能力とは関係なく、敵意が増している。


「なっ!?」


 あの男の能力そのものだった。それどころか、それは全ての木々を潰し、切り裂いていた。


「(戻ってきたのか?雲景や軒轅は!?)」


 それまで、薙琳だけに集中していた意識を辺り全体に向けるも、気配を消せる者は安易に読み取る事が出来ない。

 そこからは、形勢逆転と言わんばかりに、陰の猛襲が始まった。それまで鸚史を守っていた木々すら跳ね除けた黒い糸は、そのまま鸚史へと向かっていた。新たな、草木を鸚史は向かわせるも、相性が悪いか簡単に潰される。


「ちっ……」


 鸚史は思わず舌打ちをした。木々を打つけ、糸を避けながも剣を鞘に納めると懐を探り取り出したのは、種の入った巾着だった。

 その中から、三つ四つの種を取り出すと、両手で包み込み力を込めた。種は、鸚史の掌の上で爆発的な速度の成長を始めた。蔦が伸び、葉は大きくなり、凌霄(りょうしょう)の花が咲く。

 自然に育った木々とは違い、それは、鸚史が普段から力を込めた種。鸚史の敵を殺そうとした木々とは違い、それは、鸚史にとって自ら振る剣と同義だった。

 普通の凌霄りょうしょうと違い、蔦も太く、葉も鋭い。木々よりも、細やかに鸚史の思考を読み取り、黒い糸を払い除け薙琳へと向かっていた。

 

 ――


「燼!!」


 燼の攻撃がピタリと止まった。

 それ迄紅色に染まっていた瞳は黒へと戻るも、不気味なまでに静寂だ。肩の痛みか、彩華の声か。


「燼、戻ったか?」


 祝融が問いかけるも、返事は無い。だが、それ迄、祝融に向けていた刃は下がり、腕をだらりと下ろしている。


「燼!!」


 再度、彩華が耳元で呼びかけるも、矢張り返事は無い。このまま、矛を突き立てたままも憚られ一度肩から抜くも、その茫然とした様子に躊躇いが生まれる。

 そんな悩みが生まれる中に、虚な獣は首を薙琳へと向けていた。物静かにじっと見ては、其方へと歩み始めていた。


「待てっ、燼!!」


 再び、その目に光が戻った。紅色の輝きに、彩華は再び矛を振り下ろそうとしたが、あの黒い糸が再び姿を現し、彩華の腹と肩、右腕を貫いていた。黒い糸の勢いか、宙吊りの状態だ。


「……なっ」

「彩華!!」


 祝融は、急ぎ彩華を貫いた糸を剣で切ると、彩華を受け止めた。

 その後も、黒い糸の猛襲が続く。その中で、祝融は炎を自身を中心に球体状に盾の代わりとすると、とてつもない熱気が祝融に担がれる形となった彩華にまで届いていた。

 その熱気に彩華は思わず目を眩ませるも、襲い来る糸は、炎の盾に当たった端から消えていた。


「彩華、まだ動けるか」


 黒い糸が通った傷跡は、一瞬にして肉を貫き、致命傷では無いが小さな傷口から血が流れ続けている。動けるが、血が止まる気配が無い。


「問題ありません」


 そうは言ったものの、炎の盾があるから黒い糸の攻撃が届いていないだけで、攻撃自体は続いている。


「しかし、これが戻ってきたとなると、雲景様達が……」

「気配は遠いが、心配無い」

「では、あの影が戻ってきた……という事でしょうか」

「どうかな」


 祝融の目線は、鸚史に向いていた。鸚史の掌から植物の蔦が広がり、薙琳と対峙している。そして、燼が薙琳目掛けて歩いている。


「燼っ!!」


 黒い糸は、燼にも当たってはいた。だが、効いていないのか、その身を貫けないのか、何事もなく歩いている。

 祝融に見向きもしなくなった燼の目標は、明らかに薙琳だ。何をするつもりなのか。そう考えた時に嫌な予感が祝融の思考を埋めていた。


『陰の根源が燼に取り込まれた様にも見えました』


 燼が以前取り込んだものは、白神によって取り除かれた。だが、もし、薙琳が以前、燼が取り込んだ存在と同類だったならば――


「……最初から、これが目的か?」

「えっ?」


 燼の意志に反した存在。その真意の中に、燼だけでなく、薙琳まで引き摺り込まれているとしたら。

 祝融は、歯を食いしばった。好き勝手されている。どれだけ抗おうとしたところで、嘲笑うかの様に、先へ先へと悪戯を落としていく。

 掌の上で転がされ、自身の人の身、人の思考を思い知らされた。


「祝融様?」


 怒りで増える熱量に、彩華の顔は険しくなっていた。祝融が決して感じない熱気か、額から、首から、衣からはみ出た肌からは汗が流れ出ている。

 一時ならまだしも、祝融にとっての結界の炎は、彩華には拷問だ。

 

「彩華、道を作る。飛べるか?」

「出来なくは無いかと」

「では、雲景達の援護に回れ。妖魔の気配が濃くなった」


 薙琳と燼の影響か、続々と周りに濃い陰の気配が漂い始める。人の住まなくなった村は、既に根源で溢れている。

 

「燼は、どうされるつもりですか?」


 妖魔の気配は、僅かながらにも彩華も感じていた。だが、燼の力を抑え込む事が出来る存在として、彩華は燼から離れるべきでは無いと考えていた。手段を一つ失い、祝融がその後に取る手段は何だろうか。

 

()()、は覚悟してるか?」


 祝融は決して彩華を見なかった。燼を捉え、その向こうにいる薙琳を見ていた。

 彩華もまた、祝融に支えられながらも燼を見た。

 

「燼の使命を知った、その日から」


 彩華の目は真剣そのものだった。導かれる者故か、先の見えぬ道に立たされても尚、彩華に迷いは無かった。だが、彩華は、「ただ」と付け足した。

 

「まだ、その時では無い様に思えて」


 その言葉に、祝融はピクリと反応する。 

 

「……俺も、そう願う。行ってくれ」

「御意」


 祝融は炎の範囲を広げた。その瞬間、彩華は祝融の肩を蹴り高く跳ぶと、龍へと姿を変え空を舞っていた。

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