十三
桜省 桃廉城
秋色に染まった庭園。季節の草話が咲き乱れるその場所に、朱色の龍が降り立った。
秋色に隠れてしまいそうな、鱗の中。その背に四飛はいた。龍が地面に身体を伏せれば、降りる合図なのだが、今一つ折り方が分からない。皇都から桜省に着くまでの間に、何度か休憩がてらに降りてはいるが、子供の身体には高低差がありすぎたのだ。
またか。そんな呆れた顔をした龍は、四飛が降りるのを待たずに人の姿に戻った。
途端に足場がぐにゃりと不安定になるも、四飛が慌てる間も無く、龍は四飛を軽く抱えたまま歩き始めていた。
赤髪の女龍人族、朱霍雨。四飛と同じく神殿に仕える者として、幼い四飛の為に瑤姫に護衛を命じられていた。
霍雨は瑤姫の護衛官も務めている為神殿でも、四飛は霍雨と関わる事が多い。その時は、大概が瑤姫の前とあって、その表情が変わる事はなかった。だが、今は、露骨なまでに不機嫌極まりない。
何に対して機嫌を損ねているのか、それを考えると、どうしても自身が手を煩わせているとしか思えず、四飛はとにかく謝るしかないと考えた。
「あのっ、ごめんなさい。歩けますので……」
そうすると、四飛に向かって鋭い目つきが飛んできた。
「お前が歩くと遅い。殿下に呼ばれたと言うのに、これではいつまで経っても辿り着かないではないか。大人しくしていろ」
余計な事をするなと言わんばかりの剣幕に、四飛は大人しくしているしか無かった。ともあれ、四飛は武官程に鍛えている女に担がれる程、小柄ではあったが齢十三と子供を離れつつある年頃でもある。だからだろうか、その顔は恥ずかしさのあまり、赤龍さながらの赤色が顔一面に広がっていた。
――
桃廉城離宮の一室、黒、赤、黄と様々な髪色が並んで、一つの卓を囲んでいた。卓の上は、陽皇国を詳細に記した地図で埋め尽くされ、更には椅子は物置がわりに、桜省で起こった事件が綴られた書籍で埋まっている。
獣人族の村での出来事でも、事が事だけに犯人探しもしっかりと行われていたが、全て記録は途絶えて今はもう過去の一件だ。何の手がかりも無く、数年で捜索は打ち切られていた。今でも、手配書だけが記録として残っているが、二十年以上も前となると、顔も変わっているだろう。
祝融は、城下町へと繰り出した鸚史が居ない間に、情報を整えるつもりだったが、手がかりは無にも等しかった。
二十数年分の情報は膨大で、雲景と軒轅と共に探るも、一向にそれらしい事件は見つからないのだ。あれだけの目立つ事をしておきながら、再び事件は起きていない。ユラという男は、ただの狂気に満ちた獣人族ではないのだと、告げている様なものだった。
「(……異能に近い能力を持つとなると、厄介だ)」
しかも当時は、省軍はまだ業魔に手を焼いていた頃でもある。山中から出て来ない人物を探す事は不可能に近かった上、其方ばかりに手を掛けられなかった筈だ。
誰もが、無言で情報を探る中、扉が荒々しい音を立てて開いたかと思えば、今度は凄まじい力で扉を閉める鸚史がいた。
そのままの勢いで、開いてる長椅子に座ったかと思えば、姿勢も正さず、肘をついて踏ん反り返っている。どうやら、思う様に事は運ばなかった様だ。
「どうだった」
「……聞きたいか?」
「一応な」
鸚史は、情報屋の下へと足を運んでいた。元々当てにはしていなかったが、何かしらの情報でも掴めればと、藁にもすがる思いだったが――
「事件を覚えている奴はいた。だが、それだけだ。関連性のある情報がまるで無い」
本当に、まだ生きているのだろうか。
そんな考えすら浮かびそうな程、影も形もないのだ。
「山を使って国中を歩いているなら、誰の目に止まらなくても不思議でもない」
「問題は、そこじゃねぇ。それらしい事件も起きちゃいねぇのさ」
鸚史は、不遜と注意されてもおかしくはない程に、不機嫌を晒していた。険しい表情に、思う様にならない不満が募り募っている。
「……起きていないのではなく、気付いてないのかもな」
「あぁ、かもな。だが、架空の話ばかりじゃ何も進まねぇ」
情報を探り始めて、三日。何一つ、掴めていなかった。
何の進展もない上に、薙琳の主たる男の機嫌は最悪だ。雲景と軒轅は見てぬふりで、書類を漁り、相手は祝融に任せるしか無かった。
そんな様子を知ってか知らずか、鸚史は何気なく淡々と仕事を熟す雲景と軒轅を見た。優秀な雲景と比べ若輩な軒轅も、何か役に立とうと必死だ。本当は不満など晒している暇などない事は、鸚史が一番よくわかっていた。気を取り直す為、身体を起こすと、そこで今になって一人足りない事に気がついた。
「……彩華はどうした」
「燼の様子を見ている。何も、変化はないだろうがな」
既に祝融は書籍に目を戻していた祝融の声もまた、沈んでいた。
せめて、夢見の力のある燼が目覚めてくれたなら。
「いっその事、夢見を起こす方法でも探すか」
祝融が冗談混じりに言葉を口にした瞬間だった。
突如、部屋の扉が開けられた。
「此方に、祝融殿下がお見えだと聞いた」
見慣れた赤色よりも、少しばかり小柄な女……霍雨が、幼児の様に四飛を抱えてずかずかと室内へと入って来た。祝融の立場で言えば、横柄とも言える行為。それをわかっているのか、四飛の顔色は真っ青だ。
そして、四飛は霍雨にしがみつき、必死に訴え始めた。十三にもなって抱き抱えられている上に人に見られている事と、挨拶も無く皇孫殿下の御前に出された事で、四飛の心臓は破裂寸前だ。赤くなったり、青くなったりと、その形相は忙しい。
「霍雨様っ……下ろして……頂けないでしょうか……」
今にも泣きそうな顔晒して、霍雨は「あぁ」と相槌でも打つと、漸く少女を地に下ろしていた。
「……霍雨、その……久しいな」
とんでもないのが来てしまった。一連の流れを見せられながら、祝融は思わず雲景を見た。
朱霍雨。朱家当主の姉であり、雲景の祖母にあたるその女は、遠慮がないというよりは、立場を気にしない節がある。元々、祝融は恭しく擦り寄る者を嫌う為、どちらかと言えば好ましい手合いではあったが、幾ぶんか押しが強い。
そして、雲景が今、最も逃げたい人物でもあったのだ。
「殿下、お久しゅうございます。時間が無い様ですので、瑤姫様より遣わされました、この巫の四飛をお使い下さい」
「話を端折るな」
「失礼。四飛は、神子を除いた中で、最上位の夢見です。危険行為以外での力の使用を許可されました」
願ってもない人材だった。あまりにも幼い見た目と、縮こまった挙動は多少不安になるが、神子に次ぐ能力と聞けば、期待は出来る。ただ、少々不安にある言葉もあった。
「危険行為とは?」
「それは、私の知り得ぬ領域です。私はただの護衛役を買って出ただけであって、夢見ではありませぬので」
淡々とした物言いだ。あくまで、役めは護衛だけであって、詳細までは知らないのだろう。
「買って出た……?」
「ええ、殿下の元へ赴くとなれば、孫の顔も見れると思いまして」
そう言った霍雨の瞳は鋭く雲景を睨んでいた。元々無表情な顔つきの人物で、顔つきだけでも厳格と言われる程だ。だが、今の表情は、ただの無表情などではなく、眉間に皺がより憤怒が見える。
「殿下、雲景は忙しいと聞き及んでおりますが、四飛が役目をこなしている間に少々お借りしても?」
態とらしく強調された、忙しいと言う言葉。悪意ある言い方に、雲景の肩が跳ねていた。
「護衛が護衛対象の傍を離れるのか」
「祝融殿下に風家次期当主、更には黄家の方までおられます。この状況で巫に手を出す馬鹿がいるなら見てみたものです。それとも何か不都合でも?」
祝融に反論の余地はなかった、ちらりと雲景を一瞥するも、目は泳ぎ祝融とすら合わせようとしない。恐らく、何とかして現状を回避しようと必死の筈だ。
霍雨に関しては、祝融も得意な人物というわけでは無いが、雲景に至っては苦手とも言える人物であり、今一番会いたくない人物でもあった。
祝融もそれを知っている。だから、出来る限り遠ざけてやるべきなのかも知れないが、既に先手は打たれてしまった。回避する術は思いつきそうにもない。
「あー、その、なんだ……」
歯切れの悪い言い方だ。即答できないならと、霍雨の口は流れる様に動いていた。
「用事はなさそうですね。では、お借りしていきます」
「えっ、ちょっ……お祖母様!?」
言うが早いか、霍雨は無理やり雲景の腕を掴むと引きずる様に部屋を出ていってしまった。
台風一過とでも言うのか、慌ただしく現れた人物が一瞬で消え去ると、一同は雲景が連れ去られる様を黙って見ている事しか出来なかった。




