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祝炎の英雄  作者:
第五章 幽鬼の誘い
68/233

十一

 墓石を前に、ハジンは座り込んだ。過去を思い出していると、隣にいる薙琳など気にしている余裕もない程に、その顔色は翳っていく。


「その後の光景は、到底この世のものとは思えなかった……」


 ハジンは、焚き火の中に浮かび上がる()()()()を思い出していた。


 ――


 腹部を貫いたものが抜かれ、力無く倒れたハジンの目には、しっかりと広場の全貌が映っていた。

 蔦の様に見えて、蛇の様に自在にうねる。それが、その場にいた同胞全てを襲っていた。身体を裂かれ、串刺しにされ、誰のものとも解らない血飛沫が飛び散る。恐怖で染まった悲鳴で辺りが埋まり、ユラは阿鼻叫の中へとゆっくりと向かっていた。

 目の前で起こっている悪夢に、ハジンは息も絶え絶えではあったが、意識を手放すその時まで、一時たりとも目を離せなかった。


 ――

 

 ハジンの目に焼き付いた記憶は、今も尚鮮明に残っている。


「俺が意識を取り戻した時には、既にユラの姿は無かった」


 その時には、殆どの家屋が倒壊し、僅か十数名の生き残りの咽び泣く声が、村中で木霊していた。幼い子供は両親を呼び、子を失った親は我が子を呼んだ。連れ合いの死を嘆き、痛みで死を願う声すらあった。

 一夜にして、村は姿を変え、二度と戻る事は叶わなかった。


「婆様は、家で……首を刺されて死んでたよ」


 薙琳は、堪らず首を押さえた。

 

「……何を使って?」

「傍に血塗れになった火箸が落ちてた……多分……」

 

 ハジンの言葉は止まった。そこまで言えば、誰もが察するだろう。キナだけが、文字通り人の手で殺されたのだ。孫の皮を被った()()()

 夢が事実となった瞬間に、薙琳に一つの思考が芽生えた。


―同じ苦しみを、与えなければ


 悲しみは、憎しみに。

 死んだ者は生き返らない。ならば、せめて何もしてやれなかった娘の為に、何が出来るのだろうか。

 それまで、虚だった薙琳の目に、意志が戻った瞬間だった。


「……まだ、()()は生きているのかしら」

「多分な、どこで何してるかは分からねぇ」

「そう。色々、ありがとう」


 そう言って、薙琳は踵を返した。それまで、力無い弱々しい姿が嘘の様。その姿に、ハジンは嫌な予感がした。

 慌てて立ち上がり、遠ざかりつつある薙琳の肩を力一杯に掴んでは、無理やり振り向かせた。


「待ってくれ、あんた、何する気だ!?」

「キナの為に、私が出来る事をするだけよ」


 虚でなくなった目には、はっきりとした怒りと憎悪が宿っている。ただの知り合いの為に、これ程の激情が芽生えるものだろうか。


「なんでそこまで……?」


 その時、ハジンはふと気が付いた。

 薙琳の姿は、どう見てもハジンより若く三十前後だ。そして、ハジンの中にキナが村から出た記憶は無い上に、薙琳が今まで一度として村を訪ねてきた記憶も無かった。

 薙琳と、キナは一体いつ知り合ったのだろうか。


「あんた、婆様の何だ?」


 思わず口にした言葉だったが、ハジンは薙琳から感じる憎悪は、自身も過去に芽生えたものに似ていた。

 ハジンはキナ以外に、兄弟も両親も全て殺されていた。その時、生まれた憎しみは、ユラに向いた記憶が今でも微かに残っている。それと同じものが、薙琳の中にもあるが、身内としての覚えはない。

 だがどうしてか、今真正面から見る薙琳の姿は、誰かに似ていて懐かしいとすら感じた。家族を失い、忘れかけていた感情に、張り裂けそうになる心臓を押さえ、ハジンはキナが語った寝物語を思い出した。


『誰よりも、強く勇ましい姿が今でも記憶にはっきりと残っている。きっと、今も昔と変わらない姿で、何処かで生きてる』


 キナが語った、嘘の様なキナの母の話。最後には必ず、また会いたいと口にしていた。子供の頃は、何気なく聞いていた話。だが、現実に不死は存在する。


「あんたが、婆様の……」


 それを口にした瞬間、薙琳の目から憎しみが消え、朗らかな顔を見せたかと思うと、ハジンに近づき、優しく頭を撫でた。

 あまりにも唐突で、ハジンは思わず顔を赤らめたが、その行為が真実だと告げてい様なものだった。

 そして、優しく微笑んだかと思うと、その顔は再び翳りを見せていた。


「助けてあげられなくて、ごめんなさい」


 そう、小さく呟くと、別れの言葉も無く、薙琳は颯爽と歩き出していた。


「待ってくれ!」

 

 このまま行かせてはいけない。ハジンは、無理矢理にでも引き留めようと、薙琳の腕を掴み取ろうするも、延ばしたその手に既に人の姿はなく、女が転じたであろう虎の姿に一瞬にして目を奪われていた。

 芥子色のそれは、今一度、ハジンを一瞥した。そして、そのまま勢いをつけ柵近くの木に脚をかけると、柵の向こう側へと越えていった。


 ――


 小さな村に、龍が一体舞い降りた。既に、昼下がりの頃合いで、はっきりと切り開かれた土地に降り立つと、鸚史は辺りを見渡した。村と呼ぶには、あまりに家々が少なく、廃村寸前だった。


「……あの男の言った通りだな」

「えぇ、獣人族の同族殺しなど耳を疑いましたが……」

「兎に角、あいつが来てない事を祈るだけだが……軒轅、夜通し飛んで疲れたろう」

「いえ……」


 二人は、昨晩には此処に辿り着く筈だった。地図を確認し、方角も間違っていない。なのに、暗闇という邪魔が入った。

 龍も獣人族程では無いにしろ夜目は利くが、月が曇り隠れ混沌とした暗闇を前に、軒轅がどれだけ探そうが、目的の場所は一向に見つからなかったのだ。

 一度は諦め、朝を待った。明るくなり、直ぐに向かおうとするも、矢張り中々辿り着かない。

 山一つ超えるだけ。地図もあり、照らし合わせるも、まるで惑わされてでもいる様に目的の地は見えて来ない。

 そして、漸く太陽が真上に昇った頃、村が見えてきたのだった。

 

 鸚史は、僅か三軒しかない家に向かった。どの家も、外に出ているのか戸口を叩こうにも誰も姿を現さない。


「誰か、お見えにならないだろうか」


 そうやって、何度か戸口を叩き続けていると、背後から土を踏む音がした。


「……何だ、あんたら。どうやって入った?」


 身体中に古傷のある男は、二人を警戒しているのか、距離を保ったまま動かない。


「すまない。女を探している。此処に来なかっただろうか」


 男は驚くも、薙琳の事と察するとあっさりと警戒を解いて答えていた。 

 

「それって、薙琳っていう名前か?」

「そうだ、その女は今何処に!?」


 追いついた。そう思い安心したのも束の間、男は目を伏せ、物悲しい顔を見せていた。


「朝方、行っちまった。多分、俺の弟を殺しに」

「どういう……」


 何かに比喩にも聞こえる。だが、それ以上に男の顔は真剣だった。

 

「あんた、あの人の友人か?」

「そうだ。何処に行ったか分かるか?」

「目的は知ってる。此処の村人を惨殺した俺の弟、ユラを……何処にいるともしれない男を探し出す事」

 

 ハジンは去っていった方角を見た。

 止められなかった。憎しみに囚われ、当て所ない旅路を選んだ女。最初で最後に見せた薙琳の愛情の一片が、ハジンの胸にじんわりと残っていた。

 ハジンは薙琳に話した全てを鸚史にも伝えた。変質した弟、人のものとは思えない力、自分が見た光景。一日に二度も人生で一番の悲惨な話をする羽目になるとは、予想もしていなかっただろう。ハジン自身、気が滅入りそうな話に、何度となく目眩すら起こしそうだった。

 それでも、伝えなくてはならない。そう、感じていた。


「……弟は多分何処かで生きてる。それが、許せねぇのかも」


 あまりにも非情な話に、鸚史は目を背けたくなる様な事実でも、受け入れるしかなかった。

 風家が管理する桜省で起こった事柄にも関わらず、自身が何も知らなかったという事実が一番腹立たしい。いくら省の管理を分家に任せているとはいえ、これではあまりにも杜撰だ。


「(その様な殺人鬼の噂は聞いたことが無い。既に死んだと考えるべきか、それとも人知れず事を起こしているか……)」


 体制を立て直す必要がある。薙琳よりも先に、その男を見つけなければ。焦燥感に苛まれるも、冷静さを失うわけにはいかなかった。


「あまり話したい事では無かっただろう。助かった」

「……俺じゃあ、あの人の力にはなれないだろうからな。変な話かもしれないけど、俺からも頼む。婆様の為にも、あの人を助けねぇといけない気がするんだ」


 沈むハジンの顔は、出会ったばかりの薙琳を憂慮していた。薙琳が憎悪に飲まれる事が、ただ悲しかった。


「俺も、弟は憎い。でも、あの人が背負うべきじゃない。婆様が悲しむだけだ」


 それを聞くと、鸚史は自然と頷いた。


「また、此処に連れてこよう。今度は、ゆっくり話をすると良い」

 

 鸚史は、そう言って軒轅に指示すると、あっという間に姿は金色の龍へと変わり、飛び立っていった。

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