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祝炎の英雄  作者:
第四章 白き山と永遠の冬
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 豪華絢爛と言う言葉があるが、実際に目にする機会は少ない。皇都の神殿や皇宮や敷地内にある庭園、玉座の間、雅に飾られ、手の込んだ金銀の細工や重厚な洗朱色の漆。その全てに調和が溶け合い、一つの空間が作り上げられている。

 彩華は、皇都で今迄に幾度か荘厳なる建物や空間を見てきたが、今日また、その空間を目にする事になった。


皇宮 大広間


 年も明け、元旦は皇宮に炎帝主体の元、神事が執り行われた。どの行事も悉く姿を消していた炎帝の末孫である二人の姿に皆が驚いていたが、姜一族からの視線は相変わらずだ。玉座の間では、関連ある官吏が立ち並ぶだけだが、神子が神事を執り行なう中、皇帝、皇子、皇孫が揃い、敵意がより集まっていた。


「(居心地最悪……)」


 彩華は目の前に座る主人とその弟が涼しい顔でその場にいる中、無表情で背後に着いていた。通常の席ならば、立ったまま待機であるが、神事だけは皇帝や六仙すら床に膝をつき首を垂れる。侍従だけが立つ訳にもいかず、座って俯きながら時を待った。

 焔皇国の始まりを記した書には、神農を玉座へと導いたのは、先帝太昊とも神々とも云われている。真実を知るのは神農本人を含む六仙のみだが、彼等はその真偽に口を閉ざしたままだ。

 どちらにしろ、神々は手の届かぬ存在であると知らしめねばならない。神子達の祝詞が終わると、皇帝を始めに、その間にいる全てが神々を祀った祭壇への叩頭を示していた。

 

 神事が終わり、敵意を掻い潜っては、祝融と静瑛は大広間から立ち去ろうとしていた。何かと捕まると面倒でしかない連中ばかりとあって急足になる中、それを見越してか、ぞろぞろと侍従や官吏を引き連れては、行く手を阻む男がいた。

 白髪白髭を蓄えた老齢の男を前にして、二人は軽く頭を下げた。


「あぁ、お前の顔をまともに見るのはいつぶりか……」


 睨み、妬みは他の姜一族と何も変わりない。

 姜燐楷(りんかい)。皇子の一人であり、太尉の地位に就き、老齢の姿だが今も実権を握り、軍事権限を統べる男でもある。

 

「伯父上、お久しぶりにございます」


 物事を荒立てない為にも、祝融と静瑛は礼を見せるが、不服なのか燐楷は蔑視の目を向け続けていた。


「お前達も息災の様で何よりだ」


 既に、齢数百年を生きる男にして、言葉に余裕はあるが、態度を微塵も隠そうとしていない。皇帝が祝融に対し、擁護する言葉をひとつとして述べないというのも一因だが、燐楷は甥である事など忘れたと言わんばかりに、敵意を向け続けていた。


「鎮まる時期だろうが、こういった場は退屈であろう。わざわざ顔を出さねばならん用事でもあったか?」

「陛下からの御命令です。私も、静瑛も別途皇都を離れていたのですが、急遽呼び戻されました」

「……そうか、であれば今年の祝宴は一族が揃う。楽しみにしていよう」


 皇帝の命であると強調されれば、燐楷も下手に異論は出来ない。敵意を残したまま、燐楷は供を引き連れ去って行った。

 既に、周りも人は減り、大広間は閑散としている。それでも視線だけは事欠く事はなく、一点に集まり続けていた。


「宮に戻ろう、夜迄は暇だ」


 ――


 そして、日が沈んだと同時に宴会は始まった。鳳凰の間に、姜家の近しい親族と重役を担う同族が集められいる。食事に酒、宴響楽や舞踊と、見た目だけならば、そこらの宴と何ら変わらないと言うのに、雰囲気は重々しい。

 それもその筈。親族とは言え、皇帝が上座に鎮座し、鳳凰の間を全て眺めていた。親族のみが許された距離であり、例え婚姻で戸籍上の親族になろうとも、参加を許されるのは、血縁関係のみとなっている。近しい親族は皇族として籍が置ける者迄であり、それ以降は親族として認められていない。

 今、この場に居る者達が、縁で繋がっているのだと、主張しているようでもあった。

 そして、満を持して、盃を手に炎帝が口を開いては、重厚なる声が、静まり返った広間に響き渡った。


「今宵はよく集まった」


 玉座の間と変わらず、その表情は窺えない。


「我が一族の繁栄は、この国と共に千の時を栄え続けてきた。我が子、我が孫、果てはその先に続く血筋。この血に生まれたからには責を負う。我が血族として、これからも、その身を国の繁栄の為に貢献せよ。国益ひいては国民の為に。それが使命であり、一族としての誇りである。この国を守る為に、その身を捧げよ」


 とても新年を祝う言葉とは思えない。祝辞ではなく、姜家の生まれを自覚しろと言っているようにも聞きえる言葉に、毎年の事なのか、一族の誰一人として異を唱えることもなければ、眉ひとつ動かすことなく盃を高く掲げては、炎帝が口に含むと同時に皆が飲み干していた。


「(……新年の宴席って言う感じじゃないなぁ……)」


 一族の風習など、それぞれだから異様と言う言葉は当てはまらない。ただ、姜家という皇族と血縁関係であり古く物々しい一族の集まりともなれば、それこそ独自の家風になるだろう。

 いつもは、重苦しい雰囲気など見せない主人も、この時ばかりは一族の色に染まっていた。


 神農の言葉が終われば、舞踊が始まり次第に場も賑やかになる。緊迫した雰囲気は変わり、祝融と静瑛も、適当に酒と食事を摘みながら落ち着いて話をしている。宴会らしい様子に彩華は静かに息を吐いていた。が、それも、彩華自身が標的に変わるまでの話だ。

 彩華は、槐の言葉通り主人の背後に付き従い、立っているだけだったが、どうにも視線が集まっている。下手に目を向ける事も出来ず、仕事に集中するだけの筈だが……。


「陛下、どうでしょう。そろそろ、余興でも」


 燐楷の言葉で、場が一変した。神農の視線がそれぞれが連れる侍従や側近等に向けられている。そして、一人の従者に目が止まった。姜家では珍しい、黒龍族の従者。


「あぁ、そうだな。今年は……祝融、静瑛、久しぶりの参加だ。どうだ」


 祝融は、それまで手に持っていた盃を置くと、振り返り彩華と飛唱を見比べた。飛唱は幾度か参加しているから意味が判っているが、彩華は違う。動じる事は無いが、彩華は状況が掴めていない様子だった。


「……陛下、どちらも手練れではありますが、こう言った場での力の振り方は知りません」


 やんわりと断るも、神農は淡々と返すだけだった。

 

「ならば、慣れさせるべきだろう」


 周りの目もある。これ以上異論を口にするのは、弱みを見せるようなものだ。祝融は仕方なくも、軽く振り返り彩華に近くに寄るように指で小さく合図すると、彩華は祝融の声だけが聞こえる距離まで近づいた。祝融が彩華の耳元でボソボソと小さく呟けば、彩華は、漸く今迄の会話が意味するものを察し、小さく頷く。

 それまで、広間の中央で舞踊を踊っていた女達も察してか下がっていき、がらんと空いた空間が出来上がる。

 

「それで、相手は?」


 祝融も又、其々が連れている側近や侍従を見渡した。武官の様な体付きの者もいれば、ひょろひょろと怯え縮こまっている者も居る。

 

「陛下、私の側近は如何でしょう」


 そう言った燐楷の背後に立つのは、側近と言うよりは、軍部らしく武官でも連れてきた……と言った感じの大男だった。

  

「……良いだろう」


 皇帝の言葉で、指名された二人は中央に歩み出た。侍従とあっても、常に剣は帯刀している。

 彩華は、祝融と大差無い程の大男を見上げた。彩華自身は小柄では無いが、五尺四寸と女の平均よりは大きいといった程度だ。大人と子供程の差に、ひそひそと嘲笑と共に、にやついた嫌な視線が絡んで、先程までの真っ当な宴の雰囲気は消え失せている。

 二人は距離をとり、剣を構えると合図を待った。神農が手を挙げ、「始め」の言葉と共に手が振り下ろされると、動いたのは大男だった。

 大きく剣を振り上げては、容赦も無く斬り掛かる。

 彩華は慣れない剣を遅れて抜くも、あっさりと剣を弾いていく。男の猛襲を物ともせず、いつもと変わらない澄ました顔が余裕だと言っていた。

 だが、それは男の自尊心を傷つけてもいた。彩華が龍人族とは言え、女の上に皇孫の従者という事以外に目立った所も無い。

 武官として男は手を抜かなかったが、それ以上に周りは姜家の血筋で固められ、醜態を晒すわけにもいかない。女だからと、軽く見る事は無かったが、悉く剣撃は受け止められるか受け流されている状態だ。

 自分の剣が軽いと思える程に、しっかりとした太刀筋が目の前にはいる。

 次第に、男は焦った。悠々と立つ女に怒りすら覚えそうな程に。彩華は反撃出来たが、何かを待っているのか受けるばかりだ。それが、男の怒りを煽っていたわけだが、そうなると男の手にも力が入っていく。思わず、男は大振りに高く振り上げていた。

 その瞬間、彩華は一瞬にして懐に入り込み、男の脚を思い切り弾く。勢い余った男の身体は、彩華に胸ぐらを掴まれ力いっぱいに押し倒され、喉元には刃が押し付けられている。彩華の瞳は今にも首を掻っ切ると言わんばかりに冷たく、男を突き刺していた。


「そこまでだ」


 しんと静まり返った広間に、神農の声が響くと彩華は乗り上げていた男の身体から降りると、剣を鞘に納め、男へと手を差し出していた。その顔は特に勝利を喜んでいる訳でも無く、勝負の時と同じ澄ました、いつも通りの顔だった。

 彩華自身、余裕を見せつけるつもりは無かったが、祝融が指示した通りに動いた事は確かだ。


―相手が誰だろうと、花を持たせる必要はない。床に這いつくばらせてやれ


 その言葉通り、男は床の上から天井を見上げていた。負けた事を受け入れられないのか、暫し呆然とするも、彩華の手に気付くと、その手を払い除け、俯きながらいそいそと、太尉の背後に下がっていった。


「(ちっちゃい男)」


 余興とは言っても、姜一族の前で女に負け醜態を晒したとでも思っているのか。そう思うと、祝融の言葉通り床に押し倒したのは、正解だったのだろう。

 彩華は、少しばかり不満が残るも、祝融の背後へと戻ろうとしたが、神農の手が彩華を招き寄せていた。

 手合わせなどよりも、余程緊張する。彩華は、神農の御前で跪いた。


「見事であった。黒龍族の……」

「郭彩華と申します」

「郭……聞かない名だな、後で褒美を贈ろう」

「有り難く頂戴致します」


 彩華は淡々と返していたが、内心、心臓が口から飛び出そうだった。目の前に皇帝が居て、自分に話し掛けている。畏れ多い状況で、何か失態を犯せば、今の褒め言葉はたち消え、主人を辱める事になる。


「仕事に戻ると良い」


 その言葉で、彩華は大きく脈打つ心臓を抑えながら、祝融の背後へと下がった。

 神農の言葉通り、仕事は宴会が終わるまで続く。その後は、祝融に(けしか)ける者も無く、宴は無事に終わりを告げた。


 ――


 祝融の居宮に戻り、祝融と静瑛に飲み直そうと誘われた彩華と飛唱は、応接間の一角で、帰りを待ち侘びていた槐と共に、宴会の続きが行われていた。


「彩華良くやった」

 

 祝融の満ち足りた顔に、彩華は思わずにやけていた。


「ご満足頂けた様で何よりです」

「陛下の御前で足技とは……矢張りお前は度胸がある」


 居宮に戻ってからというもの、今日一日の鬱憤が晴れたのか祝融は終始御機嫌といった様子だ。親族の宴よりも余程楽しげで口も回っている。それは静瑛も同じだった様で、ひっきりなしに酒を煽っていた。


「最初は守りばかりでどうなるかと思ったがな」


 そう言った静瑛は、只管に酒器を傾け続ける。その様子に心配そうな目を向けながらも、飛唱も口を開いた。

  

「本当ですよ、見てるこっちはらはらしっぱなしでたよ」

「ならば次は飛唱がやるか?」


 悪酔いか、冗談か本気かわから無い静瑛の言葉に、飛唱の顔は引き攣った。

 

「遠慮します。私は彩華程の立ち回りは出来ません。来年は、さぞやり難い事でしょうね」


 飛唱は、両手を挙げ、降参の姿勢を見せては笑って戯けている。

 

「あれは、毎年恒例なのですか?」

「あぁ、暇な奴等が考えた遊びだ。馬鹿馬鹿しいと思っていたが、今回ばかりは考えた馬鹿共に感謝だ。太尉の鼻を明かしてやれた」


 恐らく、それが鬱憤の原因の一つだったのだろう。くつくつと喉を鳴らしては、その時の情景を思い出し、酒と共に飲み込んでいた。

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