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祝炎の英雄  作者:
第四章 白き山と永遠の冬
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 白。それが、世界の全てだった。白銀で彩られたその世界は、燼以外の何ものの存在も感じられなかった。神域とは、そう言うものだ。鎮守の森も同様に、生き物は住んでいなかったのだから当然なのだが、雪で覆われたその世界は、酷く寂しい場所だった。

 黒い熊が白く染まる程に、吹雪が吹き荒れ、燼の目に映る全ては雪原だけ。誰も居ない神域で、何処まで進めば良いかもわからず、燼は只々歩き続けた。熊の姿のお陰か、それとも別の理由か、燼はそれ程寒さを感じていなかった。


「(一体、何処まで歩けば良いのだろうか)」


 白仙山の神域に入っても死を感じる事は無いが、何処まで登れば白神の龍に会えるのか。白神達によれば、龍は気まぐれだと言う。ならば、会えない可能性もある。


「(会えなかったとしたら、俺、何しに此処まで来たんだろうな)」


 燼は足を止め、一度振り返ると今まで登ってきた道を見た。と言っても、吹雪で殆ど何も見えはしない。

 随分と登った。疲れはあるが、それでもまだ登れる。まだ、登らなければならない。そう、感じていた。それは、使命に関係があるかは分からない。ただ、進まなければならないと直感が告げている。

 一息吐くと、一歩、また一歩と更なる山の頂きへと歩み始めた。


 ――

 ――

 ――


 新年が近づき、皇都の誰もが慌ただしく駆け回る。これには、平民だろうが貴族だろうが関係は無い。そして、皇宮もまた、忙しない人々が、敷地内を走り回っている。

 彩華は、その脇をすり抜けては、目当ての外宮へと向かっていた。急ぎであれば、龍の姿で飛んでいくが、手荷物に割れやすいものも混じっているため、ゆっくりと行くしかない。呑気にも、横を駆け抜けて行く文官やら、女官に小間使いなどを見ながら、忙しそうだな、などと考えていた。

 主人が皇都を離れた彩華に、忙しさは無縁だ。主人の弟や、友人に時々用事は頼まれたり、奥方にお茶に誘われたりと日々を過ごすが、忙しいと言う言葉には程遠く、休暇に近い日々が一週間は続いている上に、その休暇は今の所、終わる予定もわかっていない。問題があるとすれば、休暇が出来たところで、これと言ってやる事はないと言う事だ。それを見越してか、奥方から、茶の誘いや頼み事が絶えずある為、外宮へ通うの事は日課となっていた。

 

 宮に着くと、顔馴染みの女官があれよあれよと、いつもの様に応接間へと彩華を案内する。初めて祝融の宮へと来た時は無駄に広い間取りに、一人取り残され緊張して固まっていたが、今は慣れたもので動じる事も無い。呆けた顔で、窓から見える庭を眺めては、槐が現れるのを待った。

 そして、夕暮れ時の鐘が鳴る頃、応接間の扉が開いた。彩華の顔は引き締まったものへと変わり、槐に頭を下げようと立ち上がろうとしたが、見知らぬ顔が槐の後ろに三人か引き連れているのに目が行ってしまい、一瞬出遅れてしまった。しかも、三人共に彩華と同じ、黒龍族だ。

 槐は堂々と上座に座り、客人に彩華の向いの椅子を勧めた。彩華は戸惑うばかりだったが、下手に顔に出すわけにもいかない。

 彩華の目の前に座る御仁らの顔色は険しい。二人は、正面に座り、一人は背後に立ったままだ。

 その一人の顔に、彩華は見覚えがあった。


「(どう考えても、()()()……だよね)」


 思い当たる節はある。だが、それは断った話ではあった。話の食い違いか、拗れたか、彩華の知らぬ所で、話がどういった方向に向かって行ったのか。何がどうなっているのか、全てを槐に問い質したいが、それも状況が許してはくれない。


「夫人、突然の訪問をお許し頂き感謝します」


 そう言って話を始めた一人の龍人族……玄家当主文朗(ぶんろう)。玄家末端である郭家の出の彩華も、流石に知っている顔だった。初老と思える顔立ちに、落ち着き払った男は、既に寿命の折り返しだと聞く。それに対して、その隣に座った男に関しては、若々しく武官と思しき逞しさを見せる。

  

「構いません。そちらも、こちらの判断に納得していないようですし」


 どちらも、表情を変えず話を続けている。嫌な空気だ。貴族同士独特の腹の探り合い。自分もその身分で生まれたのにも関わらず、彩華は、その空気がどうにも性に合わなかった。


「それで、早速と言っては何ですが……」


 そう言った文朗の目は、彩華を捉えていた。それは、文朗の隣に座る男も同じだった。


「これは、我が孫、玄聞良(ぶんりょう)と言います。先日、郭家を通して彩華女士へ縁談を申し込みました当人に御座います」


 やっぱりか。彩華は思わず聞良を見るも、目が合い、気まずさから逸らしてしまった。

 

「その件は、祝融殿下から郭家当主と通して、お断りさせて頂いたはずです」

「ええ、ですが、一度御本人と直接お話ししたく、此方をお伺いした次第」

 

 彩華が、ここ数日祝融の宮に通い、更には祝融の不在を狙っての事だろう。主人が居なければ、答えが変わる事を期待でもしているのか、聞良は期待に満ちた目を彩華に向けていた。


「申し訳ありませんが、祝融殿下から、そちらにお伝えした通り、お断りさせていただきます」


 断ち切らねば。彩華は冷たくも、その目に一切の感情を見せないまま言葉を吐き捨てた。思わせ振りな態度は、より傷つけるだけだ。彩華の態度に聞良は戸惑っていたが、文朗は違った。予想通りとでも言わんばかりに、落ち着いている。

 

「理由を伺っても?」

「私は、祝融様に跪いた身。玄家の……いずれ、当主になり得るかも知れない方とでは、到底結婚など出来ません」

「そうでしたか、それは断るには十分な理由だ」


 文朗は静かに呟いた。憂う様子も無く、ただ納得したのか、適度に頷いて見せる。

 

「殿下は決して、玄家を敵視して決定を下したわけでは御座いません。彩華の意志を汲み、尊重したまで」

「……ええ、その様です」


 文朗は静かに息を吐き、隣に座る孫を見た。毅然とした態度でそこに座るが、今一つ心此処にあらずと、文朗から目を逸らしている。


「実を言うと、今回の縁談は彩華女士の実力を見込んでの事と、孫の我儘が重なったものでした。しかし、彩華女士に見向きもされていないと知れた今、孫も諦めるしかありません」


 文朗の追い討ちを掛ける言葉に、それまで落ち着き生えていた態度は一変して、あたふたと慌てていた。

 

「お祖父様、お願いですので、それ以上は……」


 そんな孫の態度を見てか、文朗は大きなため息と共に更に続けた。

 

「はぁ、実を言いますと今回は孫が彩華女士に一目惚れをした事から始まりまして……」

「お祖父様!」


 これには、流石の武官も赤面し、祖父に縋り突き止めようとする始末。しかし、文朗の目は情けないと言わんばかりの目を孫に向けていた。

 

「やれやれ、禁軍の将を担う男とは到底思えんな。断られた件を穿り返したのはお前だ。槐様、此方がこれ以上、殿下並びに彩華女士の御心を煩わせる事も無いでしょう」


 ――


「あまりにも突然で驚きました……」


 文朗と聞良が帰り、当初の用事を済ませようとしている所だが、思わぬ来客で疲労し、彩華は今にも、長椅子に身を預けそうなまでに憔悴した顔を見せている。

 

「その割には、しっかりと受け答え出来ていたわね」

 

 にこにこと笑っては、楽しそうに笑っている貴婦人。美しい御婦人だが、時々、狐にも見える。


「これは……どういった計画で?」

「何も無いわ。御当主玄文朗からの申し入れで、貴女と面会させて欲しいと頼まれたの。きっぱりと諦めがつくようにと」

「それなら最初からそう言って下さい。何事かと思うじゃないですか」

「此処最近は自堕落に生きているのだから、時には緊張も必要よ。気を引き締めないと」


 そう言った貴婦人は、また楽しげに笑っている。主人の代理で居宮を取り仕切っているのだから、ただの綺麗所でないのは当たり前なのだろう。その姿に、狐の耳か尻尾でも見えてきそうだった。


「(こうは成れないよな)」


 それなりの家柄の妻に求められるもの。教養、品格、他には何だろうか。彩華には、どう考えても、自分がその立場に成り得ない事は一目瞭然だった。同程度の教育を受けたとしても、生まれ持った格の違いで差は出来るものだ。

 文朗は本当か冗談か、聞良が彩華に一目惚れをしたのだと言ったが、彩華はその言葉を聞いても尚、聞良に対して何も思わなかった。笑い飛ばす事も無ければ、照れる事もない。ただ、ああ、そう言う理由だったのかと、「一目惚れ」という言葉に意味も情も皆無だったのだ。

 女官達に出された、お茶と茶菓子を口にしながら、彩華は小さく息を吐いた。


「(どうして、そういう面倒な感情を抱くんだか……)」


 彩華は、恋愛感情を抱いた事が無い。家族への情愛や友情、主人への羨望、そう言った感情はしっかりと自分の中にあると感じているが、恋愛となると今ひとつだ。皇宮には、同族の龍族や他族の龍族まで多種多様。同僚にも、赤龍族が居ると言うのに、尊敬はあってもそれ以上は無い。文朗が、これから玄家と主人である祝融と友好的な関係を築かんとする為に、婚姻関係を結びたいとでも言った方が余程魅力的だっただろう。


「(まあ、どっちにしろ祝融様の従者でいたいし、お断りするけど)」


 禁軍の将では、あの方の魅力に僅かにも届いていない。

 彩華は、また一口、小さな饅頭を口に含むと、お茶で流し込んだ。すると、同じように茶を口にしながらも、静かに彩華を観察していた槐が、徐に口を開いた。


「そういえば伝えておく事が一つ。祝融様から、ご連絡がありました。新年の宴に参加されるそうで、数日中にはお戻りになります」


 祝融は、丹省で武官達の指導を頼まれたと、雲景と燼を連れ立って行った。何も無ければ、少しばかり長引く事もあると言って。彩華には、休暇と思えば良いと皇都に置いていかれたが、今年の面倒ごとを避ける為の口実に丹に行った事は見え見えだった。

 

「今年は、参加されるのですか?」

「ええ、ですから当日の侍従は彩華が着く様にと」


 その瞬間に、彩華の思考は止まった。何故、そこで自分の名が出てくるのか。

 

「……新年って……いつも適当な理由つけて参加しない、姜一族の集まり……ですよね?」

「そうです」

「雲景様は……」

「雲景は引き続き用事があるとの事ですので、戻らないそうです」

「……無茶じゃないですか!?私、侍従としては何一つとして教育受けていませんよ!?」


 彩華は、貴族と言っても、片田舎の小領主の娘にすぎない。教養はあるが、自信は無い。何より、腕っ節を買われて祝融に降った経緯もあって、侍従としての役目は主に雲景の仕事として任せきりだった。

 

「祝融様の席の隣は静瑛様だから飛唱がいるし、彩華の教養なら何も心配要らないわ」


 またも、狐がにこりと笑った。

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