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祝炎の英雄  作者:
第四章 白き山と永遠の冬
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 冬の紅砒城は凍える寒さだ。何処からか隙間風が入り込み、寒さが襲って来る。全ての部屋に暖炉は置けない。上着にしっかりと綿を詰め、それぞれで火鉢を用意し暖を取るしかないのだ。

 だが、中には、その寒さをものともしない男もいる。皆が防寒用の分厚い外套を着込む中、平然と軽装で歩いては、上着に綿を詰めると動き辛いと、着ている衣の生地も薄めだ。異能のお陰か、寒さが身に染みるというものが、祝融は理解が出来なかった。祝融は、鸚史に何度か「お前を見ていると余計に寒くなる」と言われた事があるが、寒さが気にならない為、改める気も無い。そして、今は寒さで誰も訪れない庭園を彷徨う様に歩いていた。

 人工的に作られた池を東屋が囲い、夏場は此処で涼むのが、紅砒城に住む御婦人達の定番だ。雪で東屋が壊れる事がない様に、冬も雪掻きが行われ、歩くのには事欠かないが、冬場にわざわざ散歩するなど、誰が考えようか。

 一日も経てば祝融の身体は普段通りに動き、じっとしていられない性分と、心配する親族から逃げる様に外に出た。無茶をした上に、気を失った状態で親族が多く居る紅砒城に連れてこられたものだから、祝融を知る親族達は、何かあったらいけないと何かと世話を焼きたがる。それが嫌と言うわけでも無いが、構われる事に慣れていないのもあって、つい、逃げ出してしまったと言うわけだ。

 紅砒城の中は、遠縁の血族が多く住んでいる。姜家分家の彼等は、皇宮に住む血族と違って穏やかでのんびりとした者が多い。冬とあって、騒がしさは皆皇都へと向かっていった為、この時期は然程する事もないと言うのが実情らしいのだが。まともに仕事をしているのは、常に鍛え続けなければならない省軍ぐらいだろう。今も、離れた場所にあるはずの鍛錬場から雄々しい声が僅かに届いていた。

 それ以外は静寂そのもので、頭痛も無くなり、思索に耽るには丁度良い場所でもあった。静寂の中、頭に残っていた雲景の言葉が度々繰り返されている。


『何が、目的だったのですか?』


 雲景の問いに、祝融が答えられる言葉は持ち合わせてはいなかった。言えば、長年の従者の信頼を失いそうで、とても口にできるものでは無かったからだ。


―自分が何者か、知りたかった


 ほんの少し、試すだけの予定だった。結果は、人と変わりなかったのだが。本当に倒れるまで森にいる筈も無く、まさか神に惑わされる羽目になるなどとは考えていなかった。

 

『祝融、英雄たる人物であれ。それが、お前が祝炎の力を持って生まれた意味でもある』


 最後に聞こえた、あの言葉は、確かに昔祖父から言われた言葉だった。

『英雄』とは、人を指す言葉だ。

 呪いでも吐く様に、神は神農と同じ言葉を告げた。『お前は、人だ』それが、愚かにも神域へと足を踏み入れた男への神慮だったのか――。

 

「祝融殿下、御気分はいかがですか?」


 思い耽る余り、祝融は背後から近づく気配に気付いてはいなかった。声がして漸く振り返ると、老齢の男が一人、朗らかに笑顔を見せては立ちすくんでいる。


賢俊(けんしゅん)か……気分は、まあまあだ。突然邪魔して悪かったな」


 姜賢俊。丹諸侯を勤め、姜家分家を纏める当主を担う男は、杖を突き、右脚を引き摺りながらよたよたと歩いている。その仕草に加え雪に紛れてしまいそうな白髪と(しわが)れた声は、如何にも老人を思わせるが、見た目は五十歳程度だ。態とらしく、祝融に弱った姿を見せているとしか思えなかった。


「その脚では雪の上は歩き難かろう」


 遠縁ではあるが、幾度か紅砒城を訪れた事のある祝融にとって、賢俊は顔見知りだ。賢俊だけで無く、その父、祖父と付き合いを続けてきた。今回は、燼の()()で急遽訪れただけだったが、賢俊は快く迎え入れていた。だが、賢俊は性格上と丹諸侯と言う立場もあって、懐かしむばかりではいられない。

 

「えぇ、ですから、殿下が城内に居てくだされば、老体に鞭打つ必要も無いのです」


 そう言って、祝融の目の前を横切っては、近くの長椅子に腰掛ける。一息吐いては、右脚を摩って弱っていると主張していた。

 

「先程見かけた時は、杖無しでも歩いている様に見えたが?」

「外では必要です。雪に足が取られます故」


 人が歩くと予測される場所は、雪掻きが行われ取り払われてはいるが、祝融が訪れた庭園は歩く為では無く、庭園の整備の為に雪が取り払われているだけで、歩くには適していない。特に、賢俊の様に脚を痛めた者では、歩き辛いだろう。

 

「ならば、もっと若々しく暇な者にでも俺を探させれば良かっただろう」

「誰かを向かわせれば、昔の私の様に飴玉一つで転がされてしまうやも知れませんので」


 随分と懐かしい話だ。祝融は何十年と前の話を持ち出され、含んで笑っていた。

 まだ、賢俊が幼少の頃、今日と同じ様に祝融を探す役目を負わされた事があった。それは、賢俊の父が子供の言葉であれば祝融も無下にしないと考えたのもあったのだが、賢俊は珍しい砂糖菓子で丸め込まれてしまい、あっさりと祝融は城外へと出掛けてしまったのだ。

 記憶を懐古する程、賢俊は衰えては見ない。そう言った話を持ち出して、何か釣ろうとでも考えているのだろうか。

 

「年寄りのふりが上手くなったな」

「殿下と違って、私には老いがあります。いつかは、ふりでは無くなるので、予行演習にございます」


 ああ言えば、こう言う。幼い頃の様に丸め込まれる様子は無く、諸侯としての実績がある分、賢俊の方が口が回る。祝融が生きている年数など、物ともしない男は、今もにこにこと老人のふりをして笑っているのだ。


「それで、用件は何だ」

「いえ、何もありません。只、従者の方を伴わず外に出られた様でしたので、殿下が酒楼に向かう前に止めようと思ったまでです」


 祝融が大酒飲みと知っているからだろう。だからと言って、祝融も何時も飲んでいるわけでも無いし、時と場合は弁える。


「……病み上がりだ。心配せずとも、行く気は無い」

「殊勝な御答で安心致しました。」

「一々、嫌味な奴だ。俺の従者に嫌味を言い続けろとでも言われたか?」

「いえ、全て私の本意にございます」

「尚悪いな」


 祝融にとって、父と母、そして弟を除いた親族は敵だ。だがそれも、ここ、丹では敵などといった物騒な思惑は全て消えた。彼らに敵意は無く、祝融を皇族の一人として扱うが、それだけだ。今も、嫌味が止まる事無く次々と出ているが、古くからの仲だからとも言えた。祝融に対して物怖じしないのは、丹諸侯と言う立場もあるからだろう。それでも、祝融を恐れもせず、恭しく擦り寄るでも無い、その姿勢が嫌いでは無かった。

 雲景に代わって見張りのつもりか、いつまで経っても同じ場所に座り、寒さからか賢俊は脚を摩り続けている。昔、業魔と戦って負った傷だが、今も尚、右脚に麻痺が残ってしまった。それ以来、剣を握る事は無くなり、代わりに後継として筆と杖を握っている。


「脚が痛むなら、中に戻れ」

「では、殿下も。今年も良い酒が出来ました。呑みませんか?」


 本当なら心躍る誘いだ。丹は名酒揃いで、皇都では中々手に入らない。

 

「先ほど、病み上がりと言ったと思うが」

「飲まないので?それは残念です」


 この野郎と、祝融はつい、心の中で罵倒していた。


「分かったよ、中に戻れば良いんだろう」

「祝融様にとっての飴玉は知り得ておりますから」


 ころころと回る舌に、うんざりしてきた頃、白い雪の中に、鮮やかな朱色が近づいていた。いつも通りの真面目な顔をした雲景の手には、白玉が握られ、その上には一羽の白い鳥が留まっている。

 

「おや、殿下。酒は、お預けやも」

「嫌な事を言ってくれるな」


 雲景が近付くにつれ、その顔は険しいものへと変わっていく。


「祝融様、外に出るなら白玉をお持ちになって下さい。緊急の要件だった場合にどうされるおつもりですか」


 またも嫌味だった。雲景に関しては、不満が溜まっているのか、よく見れば顔は険しいと言うよりは無愛想とも言える。


「悪かった」


 祝融が志鳥を受け取ると、嘴が動き始め、父、桂枝の声で話し始めた。


『祝融、緊急の件でなければ、直ぐに皇都へと戻れ。新年の宴にお前と静瑛の参加が言い渡された。これは勅命だ。迅速に動け』


 桂枝の命令口調は珍しい物だったが、焦っているのだろう。それもその筈、新年の宴に祝融が名指しで呼ばれる事は一度としてなかったからだ。

 姜家が集まる祝宴は、祝融と静瑛が参加する事は稀だった。特に不在でも滞りなく宴は開かれる。わざわざ睨まれに行くのも馬鹿らしいと、大体は用があると言い張って、祝融と静瑛は長年参加はしていなかった行事だった。今年も、例年同様に用があると既に断りを入れていたのだが、どうにも見逃す気は無いらしい。

 祝融に逃げ道は無く、思わず辟易とした顔を見せると同時に本音が溢れた。


「面倒だな……」

「急用ですか?」

「新年の宴会に参加しろだと」

「そう言えば、祝融殿下と静瑛殿下は、今年も御欠席で?」


 分家当主である賢俊も、勿論例年参加している訳だが、誰が居ないかなど空席を見れば一目瞭然だった。皇孫の為に用意された席の内、二つはいつも空いている。しかも、居ない二人を尻目に罵詈雑言とはいかずとも、悪質な風聞が飛び交う。賢俊の目に映る本家の同族姿は、醜悪極まりないものだった。しかも、神農炎帝も、祝融と静瑛の父親である右丞相桂枝も咎める様子も無い。

 あれに参加するのか。脳裏に映る情景を思い起こせば、逃げても仕方が無いと思えていた。


「勅命が出た。神子から言葉でも無い限りは無精は許されん」


 盛大なため息と共に、祝融は嫌そうな顔色を全面に出しつつ雲景を見た。

 

「雲景、お前は此処に残って燼の様子を見ていてくれ」

「承知致しました」

「賢俊、悪いが一人、龍人族を紹介してくれないか」

「一人、祝融様にお付けいたします。分家当主として、私も参加する予定ですから、ご一緒します。その方が退屈する事も無いでしょう」


 皇宮までは、三日から四日かかる。旅の共がいるのは喜ばしい事だが、祝融は顔を曇らせたままだった。

 

「俺と馴れ合っていると妙な言い掛かりをつけられるぞ」

「いえいえ、右丞相に良く見られたいが為に御座います。御遠慮なさらず」


 恐らく、半分は本音だろう。祝融を支持する側とも言える立場となれば、右丞相から、それなりの取計があると考えているのは間違いない。どちらにしろ、敵にならないと言うぐらいだ。

 考えれば考える程、溜息しか出ない。


「はぁ、新年など、俺など居なくても何の問題無いだろうに……」

「何か、お考えあっての事やも知れませぬ」


 賢俊の言葉は、良くも悪くも取れる。やはり、どう考えてもため息しか出なかった。

 

「……どうだかな」

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