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祝炎の英雄  作者:
第七章 祝炎の英雄 後編
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終話後番外編 伏さぬ事の是非を問う

 それは、雷鳴に撃たれたような光景だった。その場に居合わせた多くの者がそう感じていたに違いない。中央政府の官吏が軒並み顔を揃え、さらには諸侯までが参列したその場。昨日――ほんの、数刻前まで国の頂点だった男のあるまじき姿とは言い難いものがあったのだ。鮮烈な景色を目の当たりにして、軒轅もまた脳天を直接殴られたような心地だった。


 黄軒轅(こうけんえん)()軒轅(けんえん)と名を改めた今日、皇帝位に着いた。

 陽皇国を治めし新たな皇帝。黄帝(こうてい)と新たな名を冠し、これからの門出を先帝陛下御自身から祝いの言葉を賜るという場だった。武官のような体躯の男の威圧は、先帝としての姿だけではない威圧を見せつける。が、軒轅とてもうそれに怖気付くような精神でもなければ、立場でもない。玉座の高みより、噛み締めるように紡がれる言葉の一つ一つを軒轅は胸に刻み納めていた。そして『黄帝陛下の御世による平定と安寧がある事をここに願うと共に――』口上が終わりに差し掛かった時だった。


 それまで、何にも動じなかった男。皇帝衣を身につけていた時のままのような覇気を感じさせていた気迫が僅かに揺らいだと同時に、微動だにしなかった巨躯がゆらりと動く。

 何事かと、静寂だった玉座の間が騒めいた――が、それは一瞬で静まった――静まるより無かったと言う方が、正解だろうか。



 ほんの数日前まで最高権力にあった男は、片膝を突き、頭を下げて、深く礼をする。揖礼の所作のそれとまごう事なき姿は、一堂を驚愕させた。


『今、この瞬間より私はいち省の役人に過ぎない。黄帝陛下に平伏し、此処に忠誠を誓いましょう。これは、姜一族当主たる私だけの言葉ではなく、一族全ての総意である』


 もう、姜家本家の血は三人。分家の血は人が混じり薄くなって、弱小とも言える血筋である。見るものが見れば、その弱小の血が権威を手放し、地方官吏へと成り下がる一幕の強がりにも見えたかも知れない。 

 しかし、その場の誰しもが、その男の矜持も覇気も未だ心根に宿していることを知っている。男自身も――その男の実弟も、揺るぎない精神を未だ携え、その場にあると感じていただろう。


 それが、あまりにもあっさりと屈する姿に、場は完全に()()()(きょう)祝融(しゅくゆう)となった男に飲まれていた。


 ◇


 白昼夢から未だ冷めない黄帝――軒轅は、一人茫然と玉座の間を眺めた。

 昼間とは違い、既に夕暮れ時となったその場は、広々としてはいるからか、差し込む茜の色が妙に寒々しくもある。

 今日と言う日が終わった。だのに、今日と言う日を生涯忘れられそうに無い。しこりのように残った景色は白昼夢となって未だ軒轅にまとわりつき続けていた。


 二十二年前、確かに己は()()()()の配下だった。その後は、臣下の一人としてお仕え続けた。それが今日、完全に反転したのだから、無理も無かったのかも知れない。だとて、いつまでも夢見心地でいては、任されたものが全て手の上からこぼれ落ちていくだけ。そんな間抜けは、自分自身が一番許せないのもあるだろう。

 軒轅は見せつけられた威厳に、今一度瞼を閉じて、大きく息を吐いた。そうしてついた区切りで漸く、玉座から立ちあがろうとした時だった。


「黄帝陛下」


 玉座から大きく離れた堂の入り口に、見慣れた人物が立ち尽くし、軒轅を見やっていた。口では陛下と呼んでも、今の所、礼の一つも見せる様子は無い。


解伯(かいはく)(※伯は爵位)、どうされた」


 見目麗しいとすら揶揄される中性的な顔立ちは、珍しくも強張っているようで、しかし軒轅の声には反応してゆっくりと玉座へと近づいた。

 そして、玉座の前まで来ると足を止めて、軒轅が座す玉座を見やる。だが、やはり礼は無い。


「もう緑省に帰ったかと思っていた」

「いや、最後に言いたいことを言いに来た」


 解伯――解洛浪(らくろう)も、その場に居た。多くの臣下、諸侯に混じって、その場で目撃していたはずなのだ。それを踏まえても、洛浪は一向に変わらなかった。言葉も、皇帝へと話しかけるそれでは無いだろう。無遠慮と言うよりも、今まで通り、と言えたかも知れない。それを、軒轅も読み取っているのか、洛浪の言いたい事とやらを待っていた。


「私は、陛下に対して跪く事は出来そうに無い」


 神妙な顔をした美丈夫が、さらりと言った。軒轅はただ呆けた顔をして、しかしすとんと妙に得心するものもあった。


「今日、陛下に対する祝融様のお姿を見て、雷にでも打たれた心地だった。今日と言う日が来る事を事前に理解していた。だが、いざその時が来た時に、私は祝融様が跪いたと言う事実を前にして、気を失いそうだったよ」


 陛下、と呼びながらも、古い友にでも語りかけるかのようだったが、洛浪の表情は苦悶どころか後悔に後悔を重ねたほどに落ちて、悲劇でも見ているようだった。


「祝融様にお仕えしたきっかけは成り行きだった。その繋がりで祝融様が皇帝位に着いても侍郎としてお側にいた。それもまた、成り行きだったんだろう。さも当然と思い、祝融様が身分を降りると決まっても、成り行きに任せれば良いと思った。だが――」

「……それを、今になって後悔している……と?」

「ああ、そうだ。陛下の忠臣となってしまった祝融様にお仕えする手段が私には無いのだ」


 洛浪は解家の――今は当主である。解家は緑省(ろくしょう)の貴族。中央政府にこそ絡んで来なかったが、古くより緑省では東王父君の血を引く一族として諸侯とも縁深い。その解家当主が、緑省を差し置いて、一役人となってしまった姜家に降ったたとなれば、緑省に丹省への不信感を生み、丹省との間に不和を生む恐れとてある。それを、仕方の無い事で済ませられる程、洛浪は愚かにもなれないのだろう。今にも喉の奥から嗚咽か絶叫でも飛び出しそうなまでに絶望した顔は、軒轅が皇帝になった事を忘れている程に礼儀どころか気遣いさえもかき消えていた。


「今日ほど己が愚かだと思った事は無い。のうのうと生きていく事しか考えていなかったが故に、何一つ手立てが無い。いや、もう私が解家の当主として生きる事は祝融様に初めてお会いした時には決まっていたのだから、後悔することすら無為だ。それすら気付けなかったんだ。これ以上に無力感に苛まれた事はあるか?」


 怒涛の勢いで流れ出る言葉に、軒轅はただ聞き入るばかりだった。洛浪は口数が少ない方で、自身の心中を語らうなど、今までならば有り得なかったのだ。それほどまでに衝撃だったのだろう。恐らく、神の祝福により、異能を授かった時よりもずっと。

 

「……ある。今日だ」

「はは、あの礼無くして、陛下の安寧は遠かったやも知れんな。姜一族という強大な血が、反旗を翻すことは無いと断言したのだからな。もう、誰も何も言えまい」

「ああ、あとは俺の手腕次第だろう」

「だろうな……それで、どうする」


 全て、言いたい事を言い切ったのか、洛浪の顔色は些か元に戻っていた。いつもの、無表情のそれに。


「どうするとは」

「私は陛下にお仕えする気は無いと断言した。お前では不服だと言ったも同然だ。不敬罪だろう。首を切るなら好きにしろ。長い付き合いのそなたに直々に首を刎ねられるのであれば本望だ」

「初日から血を見るのは勘弁してもらいたい」

「だがどうする」

「……今日は、俺が皇帝に即位した日だ。めでたいかどうかはさておき、丹省から最高の酒が送られてきた。どうせなら、うまい酒が飲みたい」


 軒轅はそこが玉座と思わせぬほど、飄々とした様子で立ち上がると、高段を降りて洛浪に隣に立った。


「解伯、別に俺に従う必要は無い。同じ主人に仕えた仲のまま――友人として、俺の力になって欲しい」

「新手の勧誘か」

「姜家が降る姿勢を見せたのなら、風家も同様だろう」

「そうだろうな。政治的な考えが苦手な私でも、容易に想像がつく」

「だから、俺には理解者はあっても、同等の友人と言える者が居なくなった」


 それもまた、突飛な発言だっただろう。隣に立った洛浪は目を見開いて、軒轅を見やっていた。


 祝融は六仙に変わる組織として、元老院を発足すると言ったが、六仙とは大きな違いがある。六仙は皇帝陛下も含んだ組織であり、其々が神より力を賜った者達。だからこそ、六仙は同格である事が許された。しかし、元老院はそれぞれの省より代表が選任される。勿論、最高位の者だが、だからと言って六仙のように同格とはいかない。省政は国政よりも下。諸侯の地位は皇帝よりも下。それを明確にせねばならなかった。丹省からは姜祝融が選任される事は当然。だが、いくら先帝陛下と言えど、もう同格である事は許されない。今日の出来事は、省の権威を大きくしないが為、という意味も含まれていたのだ。

 それを踏まえて、軒轅はもう安易に友人と言える者がいなくなったのだと、ぽそりとこぼした。


「俺の立場は今はまだ弱い。それこそ、姜公(きょうこう)(※祝融の位を含めた呼称。公は爵位)に伏して貰えわねば脆弱な。下手に味方も作れないし、だからと言って、姜公や風公を頼りすぎても俺の威信は地に落ちるだけ。ならば、俺に仕えたくないと言った解伯は丁度良いとは思わないか」


 ニヤリと笑う軒轅は、祝融と対峙していた時とは違い、軽々としていた。本音は気楽な相手が欲しい、それに尽きた。

 

「公的な場では軽率だろうが、無理に陛下と呼ばなくて良い。一人ぐらい、俺を名前で呼ぶ者がいても良いと思うんだ」

「……それで、今日と言う日に奥方ではなく、私と飲むのか」

「ああ、何せまだ結婚もしていないものだから一人でな。どうだ、飲むか?」


 軒轅の申し出はなんとも軽い。皇帝位に着いた事が嘘のような――それこそ、昔を思い出せそうなほど。


「そうだな。飲んだら、言いたい事がまだ出そうだが」

「はは、のぞむところだ」




 陽歴元年。皇帝が最初に酒を酌み交わした相手は、解伯洛浪であった。

 洛浪は政治的立場としては何一つ無く、身軽な立場だった。その代わり、皇帝の友人として地方を飛び回る。しかし、新年になると必ず酒を片手に、皇宮へと戻ってきては皇帝陛下に顔を見せたと言う。友と、酒を飲む為に。



 伏さぬことの是非を問う 了

 番外編をお読みいただき、ありがとうございます!

 まさか、一年半も何も書けないままとは思わず、ほぼ放置でございました。

 実は、祝炎の英雄を書き終わってから、何度か続編を書こうとはしていたのですが、コレジャナイ感から何度と消しては書いてを繰り返しておりました。ですが、この度無事続きを書き始める事ができまして、今年のカクヨムコンを機に公開していきます!


 次の主人公は蚩尤です。

 もし、よろしければ、ちらっとでも覗いていただければと思います!


 霧中の人君

https://ncode.syosetu.com/n8040ju/

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