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祝炎の英雄  作者:
第七章 祝炎の英雄 後編
194/233

不穏な新年 二

 皇宮 神事


 新年最初の行事は、隅中(ぐうちゅう)(十時ぐらい)の頃から始まる神事だ。

 焚き上げの炎の前で五人の神子が(かしこ)み、天へと向けて祝詞を唱える。その神子の言葉と共に新年も神々と共にある事を、その身に言葉として受け取るのだ。

 炎帝と六仙。そして皇族を筆頭に皇宮に務める官吏達が一堂集まる一年に一度の行事。

 物物しい雰囲気の中で、誰しもが神々に叩頭する。

 皇帝すら平伏す姿は神事のみ。神々のみにだけ、この国の頂点たる者達は迷いもなく、首を垂れるのだ。


 その(まなこ)に映るのは、果たして何か。

 静瑛は一人、皇族の席から神農や六仙の姿を伺った。

 昨年の終わり、紛い神なる存在が現れそれを実兄が討ったという話は、静瑛も人伝で聞き及んでいた。その紛い神なるものを討ち倒した実兄は今も眠りの中。当の本人に話が出来ない状態だからなのか、その従者達にも箝口令が敷かれ、紛い神が現れて討たれたという情報以外にまともな仔細は公表されていない。

 

 それを只鵜呑みにして安堵する者もあれば、不信感を煽られ思案を巡らせる者もあるだろう。しかし現状その不審を拭うよりも、別の何かが優先されようとしている。

 神がかる事象があっても尚、神々に対する不穏を生まぬ為に神事が例年通りに執り行われた……静瑛の目には、炎帝や六仙が神事を強行した様に思えて仕方がなかった。

  

 静瑛もまた、疑惑を抱えた一人でもある。

 立場と繋がりから静瑛はある程度の情報は手に出来ていた。しかし現状、紛い神が出現した根源の一切の情報を閉ざした事、そしてその存在を今も当たり前の様に崇める姿、全てが曇天どころか黒々とした雲が今にも雷鳴立ち込める嵐の前触れに思えて仕方がなかった。

 

 静瑛は、横目に隣の席に視線を落とす。第八皇孫の為に用意されたであろう席は、空虚なまま。

 出来れば現状を、実兄である祝融と話ができれば多少の不審は拭えていたかもしれない。


 ◆

 

 神事が終わると多くは新年とあって祝いの席やら皇宮で行われる宴の準備やらで、あいも変わらず慌ただしい者達が行き交う中、静瑛も自身が勤める九官府へと直行していた。


 そんな、新年など霞の彼方へと消えた右長史の執務室。いつもと変わらぬ静瑛の前に現れたのは、背後に侍女が控えるうら若き淑女だった。

 侍女の手には、何やら黒漆の折櫃(おりびつ)を抱えている。


婉麗(えんれい)、こんな所に……」


 突然現れた婚約者の(こう)婉麗(えんれい)の存在に静瑛は、こんな所と言いつつも心なしか嬉しそうに出迎えた。 

  

「静瑛様の宮へ新年のご挨拶に伺ったのですが、此方にお見えと伺ったもので」


 にこりと柔らかい笑みに、珍しい来客に目を奪われていた若い官吏達は顔を赤らめた。正に蓮の花の如し美しさとはこの事かと一堂を納得させる。新年とあって、明るい薄紅の地色の衣がまたその言葉が際立つというものだろう。

 そんな鼻の下が伸びた男達の前から静瑛が掻っ攫う様に、執務室から連れ出して隣室へと篭ったのは言うまでもない。


 ◆◇◆


 道托が事件現場から真っ直ぐ向かったのは自身が所属する軍部ではなく、九官(きゅうかん)()の一角であるある丞相(じょうしょう)()だった。


 丞相府には、左・右丞相とその下の官吏達が公務に勤しんでいる。右丞相・姜桂枝(けいし)は炎帝の子。第二皇子であり道托の父でもあるが、用があるのは父ではなく、父の補佐を務める異母弟(おとうと)だった。


 その弟とは面をしっかりと合わせて会話した事が……かれこれと指折り数えるてみると、両手で事足りる程度だ。お世辞にも仲が良いとは言え無い仲ではあるが、悪くはない。

 不死という性質故か兄弟と言っても歳が離れている。親子程などと可愛げがある程度ではなく、三百年以上の距離があるのだ。それ故に接する機会が少なく此れまで然程関わりがなかったと言う事が大きな原因でもあった。


 道托は迷いなく丞相府を訪れると、いの一番にその弟に面通しを申し出た。事が事だけに儀礼も何もあったものでも無く、堂々と当人の執務室まで押し掛けたのである。


 扉を開けるなり開口一番に「姜右長史(うちょうし)はいるか」と部屋を見渡しながら大柄な武官らしき男が宣う。誰しもが道托の顔を知っているかと言えばそうでは無い。なのだが、特徴的と言える大柄な体躯と平均的な男性よりも一回りも大きな身の丈もあって、立っているだけでも十分に威圧的だ。そんな人物が横柄に執務室の主人を呼び出しているとあって、執務室の中にいた誰もが如何対処したものかと首を傾げていた。


 そこへ出払っていた右長史の補佐を務める男が偶々戻って来たのだが、入り口を占拠している男が目に入った瞬間、目玉が飛び出そうになる程に慌てた。


「ど……道托殿下!」


 その慌て様に一堂固まる。と言うよりも、()()殿()()という名はそこにいる誰もが知っていた。補佐が道托へ平に頭を下げる姿に、一同揃って焦り補佐に倣っていた。

 

(じょ)補佐か、静瑛はどこにいる?」

「右長史でしたら、隣室でお客様とお話しされています」

「急ぎの客か」


 徐補佐は少々気まずそうに、下げた頭を前に組んでいる腕より上へと目線を上げるが道托の顔が確りと見れず、逸らしてしまった。

 急ぎの客ではない。ないのだが―― 

  

「……右長史の婚約者の(こう)婉麗(えんれい)様です」


 徐補佐としては、今は……と言いたかったのだろうが、目の前の相手が相手なだけに下手な事が言えない。正直すぎる回答に道托はそうか、とだけ吐いて隣室へと足を向けていた。


「道托殿下!」


 待て、など言えない。妨害も出来ない。ただ、普段忙しく過ごす上役が僅かな時を隣室で婚約者と談笑していると思うと、なんとか防ぎたい所だった。だが、徐補佐に止められる相手でもなく――


「静瑛」


 ずんずんとあっという間に隣室まで進んでいく道托の手によって、扉は開かれてしまったのだった。


 その開かれた扉の先からは、落ち着いたというよりは苛つきを含んだ冷めた声が響いた。   


「……異母兄上(あにうえ)、御訪問の予定は聞いていませんが」


 ポカンとした顔で道托を見る令嬢の横で優男は冷たい目で見据える。扉の直ぐ傍で待機していた令嬢の侍女すら扉から現れた人物に驚くばかりで固まっていた。

 長椅子に並んで座る二人の前の卓にはささやかに茶やら甘味やらを並べられている。

 右長史当人である優男こと姜静瑛は休息がてらに婚約者である緱婉麗と共に話をしていただけだったが、突然開かれた扉に口の手も完全に止まっていた。


「急用だ。婉麗嬢、取り急ぎ静瑛と話がある。申し訳ないが本日はお引き取り願いたい」


 婉麗は、はっと気付いて呆けていた顔が元に戻ると慌てて立ち上がる。


「道托殿下、申し訳ございません」


 目の前に突如現れたのが、静瑛の異母兄であるというのなら、皇孫殿下である事は間違いない。道托に向かって迷いなく一礼を見せると、今一度静瑛を見た。


「では、静瑛様……また」

 

 軽く顔を傾げふんわりと微笑む姿は天女を彷彿とさせる気品ある。


「送れなくて申し訳ない」

「いえ、本日はお忙しい中、新年のご挨拶に伺えただけでも十分です」


 名残惜しくも静瑛は婉麗の手を握るもその手はするりと抜けて、道托に再び頭を下げると颯爽と侍女と共に部屋を出ていった。


「流石、(こう)家。気品があるな」


 いずれ、義妹になるであろう女の後ろ姿を見届けると道托は静瑛の向かいに、遠慮なくどかりと腰掛けた。

  

「今は商家ですよ」

「その商家が婚約者に会いに九官府まで来た訳か」


 茶化した話し方に、静瑛は溜息を吐き手で顔を抑えた。


「それで……何の御用でしょうか」


 静瑛は今にもぽろっと溢れそうな悪態を抑えて、異母兄を見る。果たして、何度目の真っ当な対面だろうかと考えるも、道托は椅子に座るなり真面目な顔つきに変わっていた。


「どれだけ前かは忘れたが。雲省で起こった事案について聞きたい」


 静瑛も又、道托から出た言葉に反応してか道托を警戒した。道托は静瑛の事をどういう立ち位置で考えているとも知れないが、静瑛にとっての道托は()()への害悪になり得るかも知れない存在でしか無いのだ。


「何故今更?」

「本日未明、平民街で一人の男が死んだ」


 どうにも実兄への何かしらで訪れていないらしい。とすれば、優男顔は警戒こそ解くが、目つきは鋭いままだった。


「男……と言ったが、あくまで推測だ。死体は損傷が激しく、おそらく人一人分と言った程度しか分からん。外傷から、獣の仕業……これも推測だが」

「それが、雲省の出来事と関係があると?」

「……男の頭部が見つかっていない。持ち出された痕跡もなく、そこら中に血が飛び散っているのに、獣が何処かへと逃げた形跡もない。何が言いたいか、分かるな」


 勿論分かる。要は、男の頭部もその()に食われたのだろう。が、頭部丸ごととなると確かに不審だ。頭部を一飲みか、噛み砕いたか……どちらにしろ、それだけ大きな獣が、突如皇都に誰にも見られる事なく現れたという事になるのだ。

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