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祝炎の英雄  作者:
第七章 祝炎の英雄 前編
165/233

二十五

 薄暗い、月明かりも届かない戴家の邸。

 奥へ、奥へと進んで行くが、どうにも以前とは違った部屋へと案内されている。

 更に、奥へ、奥へと続く。

 重苦しい雰囲気の中、洛浪は家の中でも視線がある事に気が付いた。一本道で点在する蝋燭の灯りだけが頼りの薄暗い廊下。


 視線の感じる先は、陰。


 ()だ。常夜の底からの見物客の視線だと気が付いたところで、これと言ってできる事は無い。洛浪は、寄り集まったそれらが陰から出て来ないのはよく知っているから、警戒もしない。

 ただ、それらの気配が目を持っていない祝融や彩華にまで伝わっている事が疑問ではあった。二人に警戒する必要は無い、と伝えたいが、それが清杏にまで伝わってしまうとなると、口をつぐんでいるしか無かった。


 何処まで歩かせるのか、広い邸とあって、その続く廊下が延々と続いている様でならない。

 あまり不審な行動をとるのであれば、洛浪としては祝融を守らねばならない立場である為、進言せざるを得なかった。


「戴清杏氏、我々を何処へ案内するつもりか」


 不気味な静けさの中、清杏はすっと足を止めて振り返った。格好ばかりの男の姿が振り返ると、清杏は静かに仮面を取った。

 仄暗い廊下で、はっきりとその顔が映し出される。

 瓜二つ……とはいかないが、洛浪の容姿とよく似た中年女性を思わせる淡麗な顔があった。


「私にも、解家の血が流れております。そして、洛嬪の血も。ですが、私は歳をとり過ぎたのでしょう……代わりに、私の娘がっ……」


 清杏は、喉に声を詰まらせる。

 同情を呼びたい姿にしては、少々物足りない。気丈に振る舞い、娘を想う母の姿を演じているのか。

 それとも――


「……それで、我々に何をしろと?」


 洛浪は、其れ式のことでは揺さぶられはしない。無情なまでに、情など垣間も見せずに淡白に答えた。


「どうか、解洛浪様にお願い申し上げたい事が」


 清杏の顔色が、変わる。不安気だった表情が消え去り、すっと背筋までもが伸びていく。

 何をするのか、思わず三人の身体が力む。

 しかし、三人の警戒を知ってか知らずか、清杏は流麗な動きで手を前に静かに頭を下げたのだった。


「祝融殿下、どうか、この街をお救い下さい。私はもう、用済みと認識されてしまいました」

「何の……」


 洛浪は、清杏の言葉を素知らぬ振りして続けようとしたが、祝融が静止した。


「最初から知っていたのか?」


 背後に立つ祝融が前に出て話し始めても、清杏の顔色は変わらない。ただただ、頭を上げる事を躊躇っているのか、そのまま話し続けていた。

 

「……()()()が、殿下の存在を私に仄めかしました。恐らく、私を試したのでしょう。結果、全てあの女に知られ、娘は帰らぬ人となりました」

「夢見か?」

「……はい。あの女……()碧翠(へきすい)です」


 李という名に、反応したのは祝融だけでは無かった。

 洛浪も、彩華もその名には覚えがある。何より、洛賓という神が絡んだ地だからこそ、その名前に反応したと言っても良いだろう。

   

 『李』は特別だ。

 『李』とは、男神伏犧の姓の一つとされている。それ故に、名乗る事が許されない姓とすらされている名でもあるのだ。

 男神伏犧と同じ姓を名乗るなど、烏滸がましいと。

 だからこそ、その名前が、今出た事は偶然では無いと、祝融の顔は険しくなる。

 『李』を名乗るとすれば、詐欺師か、男神伏犧に関わる者だけだからだ。

 そして、現在起こっている神がかった事象を前にすれば、詐欺師の線は、あっという間に消えるだろう。


「本当に、そう名乗ったのか?」

「ええ、間違いなく。碧翠は、男神伏犧より使命を授かったと言って、この地に現れました」


 最初は、誰も信じなかった。と清杏は言った。


「この地に、再び洛嬪が舞い降りる。その前に、贄を捧げなければならない。多くの血がいる、と――」

「待て」     

   

 遮ったのは、洛浪だった。

 清杏に近づき、口を抑える。

 誰もいない辺りを警戒を見せると、ここで話すべきでは無い、と小声で清杏に告げた。


「洛浪」

「告げ口をする連中がそこかしこにいます。既に、裏切り者と数えられているのなら、戴清杏氏を此処に置いておくのも危険です」


 洛浪が何を言っているのか、はっきりと判断出来ていなくとも、清杏の顔は青ざめた。あの女なら、この状況すら知り得ているのやも……そう思うと、自分の判断が誤った行動に思えて、途端に不安が増していた。


「殿下、申し訳ありません」


 震える口調だったが、祝融は咎めなかった。


「清杏、俺の従者の所へ案内してくれ。その李と名乗った女の下へも」

「恐らく、同じ場所にいるかと」

「それはどこだ?」


 清杏は、祝融の目を捉えて、答えた。 

  

「聖殿です」

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