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祝炎の英雄  作者:
第七章 祝炎の英雄 前編
155/233

十五

 あれは、いつ頃だったか。

 ある時から、キュウセンから舟を漕いで移住してくる者が多くなった。

 移住者は時々居る。何もおかしな事でも無い。

 宗教色が強く、特に洛嬪と河伯を強く崇めるキュウセンの色に、染まりきれない者が少なからずいるのだ。

 そればかりは、仕方ない。馴染めず、日影者として生きるならと、決意と共に川を下る。

 そもそも、ジョウはキュウセンからの移住者で出来た村と云われている。馴染めなかった者の集まりは、キュウセンの色を残しつつも、違う形へと変わってきたのだ。

 水が豊かで、河伯の加護も受け、ジョウは豊かな村へと発展していた。


 だが、この頃妙に移住者が多い。大抵、一年に二、三組の家族が来る程度だ。それが、月に一組、二組と移動してくる。

 それでも、親族を頼ったり、それなりの資金を持つ者は良い。

 問題は、当ても無く、ジョウへと助けを求める者だった。


 助けてやりたいが、人が増えすぎて仕事が無い。家も金が無くては貸してやれない。食事を分けると、一度だけでは済まないだろう。

 誰も彼もを養ってやれる余裕はないのだ。


 そうこうしているうちに、盗人が増え始めた。

 罪を犯した者は、仮面をしていても直ぐに見分けがつく。皆、仮面に慣れているものだから、背格好や声だけで見分けが付くのだ。

 ジョウには牢屋が無い。仕方がないので、罪を犯した者はキュウセンへと戻して其方で裁かれる事となった。

 それを知った罪人は、途端に恐怖の色で染まった。

  

「二度と罪を犯さない、この村を出ていく、お願いだからキュウセンに返すのだけはやめてくれ!」


 あまりにも必死に、後生だと頼み込む罪人を前に、村人は困り果てた。既に、キュウセンへの連絡してしまい、今更撤回も出来ないのだ。

 罪人を逃す事も出来ずに、次の日にはキュウセンから罪人を乗せる馬車がやってきた。

 そうやって、罪を犯した者はキュウセンへと戻され、二度とジョウへと戻ってはこなかった。


 それからも、ジョウへと逃げてきた者達が連れ戻される事が多々あったが、ジョウの村人は沈黙するだけで、関わり合いになろうとはしなかった。

 次第に、移住者も減って村はもとの姿に戻りつつあった。


 だが、その頃から、ジョウでも異変が起こり始めた。

 最初は、女だった。

 一人の若い女が、ある日突然、仮面だけを残して姿を消したのだ。

 消える前日も、これと言って何か不審な行動があったわけでもなく、家族との仲も良好で恋人もいたとされる。消える理由など無いと思われた女だったが、他所から来た者と駆け落ちでもしたのだろう、と家族と恋人以外は大して気にも留めなかった。

 だが、暫くすると、また一人消えた。

 その女も、十七と歳の頃も若く、恋人との結婚が決まった矢先だったという。仮面だけが部屋に残りもぬけの殻だったのだとか。

 余程、結婚が嫌だったのだろう。またも、騒ぎ立てる家族を村人達はそのうち戻ってくる、と適当な事を言って相手にしなかった。


 そして、また一人消えた。

 今度は男。妻も子供もいる良く働く男だった。


 僅か、ひと月余りで、三人が消えた。三人に関連は無く、三人が手を組んでいるとも考えられない。

 一体どこへ……村人たちが騒ぎ立てるが、手掛かりは何一つとして残っていなかった。そうして手を拱いている間に、また、一人二人と姿を消していった。

 大体が、十代後半から二十代前半といった若い者ばかり。そうして消える時は大抵、誰もが寝静まった夜。

 それが分かったとしても、何かが解決する訳でも無かった。


 そんな中、冬心は日々孫の心配ばかりだった。

 女房と息子夫婦が相次いで亡くなり、唯一残った家族が、まだ若い孫娘だけだったのだ。

 息子の面影を残した少々男勝りな孫娘は、十四になって冬心の仕事を手伝う様になっていた。

 冬心の仕事は櫛挽(くしび)きだった。祝い事以外で飛ぶ様に売れる、という事は無く、細々とやっているだけの仕事だ。元々、別の街へと嫁ぐ姉を想って造った事がきっかけだったのもあり、家族が暮らせる程度に稼げれば良い、と言うのが冬心の方針だった。その家族も最早、孫娘一人だけ。

 孫娘もそれに倣って、冬心に指示を仰ぎながら懸命に腕を上げる事ばかりを考えていた。

 


 そんな最中に、段々と人が消えていく事件が起こったのだ。冬心は久しく連絡をとっていなかった姉に手紙を送っていた。


『どうか、孫娘を引き取って貰えないだろうか』


 詳細は書かず、出来る限り現状を悟られない様に、冬心は手紙を書いて送る事にした。

 それこそが間違いであるとも気付かずに……。

 手紙の行き先は、嫁いだ姉が暮らすセイライだ。

 伊川を挟んだ反対側にある、もう一つの支流の先にある街。その小領主の妻となった姉に向けて、其方に向かう者に手紙を預けた。

 だが、待てど暮らせど、返事は無い。

 嫁いでからも、息子……冬心にとって甥にあたる子を連れて会いにきてくれていたのだが、最後に会ったのはもう二十年も前だった。

 その最後も、悪態をついた言葉を突きつけてしまったのだ。

 解という貴族の一員になった姉の暮らしぶりは、その姿が全てを物語っていた。出来る限り質素な格好と言うが、とても冬心がいる家には似つかわしく無い綿の衣。細やかな刺繍や、身につけている装飾も値がはるものばかりだろう。それは、甥を見ても同じで暮らしの格差を見せつけられるようだった。自分の息子と姉の息子を見比べて、姉の存在が煩わしく感じてしまい、つい、『二度と会いにこないでくれ』

 そう告げてしまったのだ。

 


 その言葉通り、それ以来、姉も甥も姿を見せる事は無かった。

 そんな言葉を吐いておいて、見捨てられたと言う程、冬心は腐ってはいなかったが、出来れば孫娘の身の安全だけは確保できないものかと、セイライへと向かう事にした。

 セイライは省都とも流通がある貴族が多く住む街だ。冬心は自身の身なりを見繕う事も出来ない身で、少々臆するところでもあったのだが、なりふり構ってはいられなかった。

 また、姉さんに櫛でも贈ろう。そう思い立って、黄楊(つげ)を削り始めたのだった。

 二日もあれば、櫛は出来上がる。削って、姉が好きだった桜の飾りを入れて、磨いて。完成した櫛を見て、孫娘はその姿を羨んだ。

 

『良いなぁ。綺麗だなぁ。ねえ、爺ちゃん。私にも一個造ってよ』


 孫娘が使っている櫛は、冬心が出来が悪いと言ったものだった。それを幼い頃から大事に使っていたが、流石に丹精込めて造られた物とでは見劣りする。

 

『お前が嫁に行く時にでも造ってやるよ』


 その言葉に、半面の下で顔と耳を真っ赤にしながらも孫娘は喜んだ。いつだろうね、などと言いながら、歯を見せながら無邪気に笑う姿。

 それが、最後だった。

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