十三
洛水湖より高台にある、キュウセンは背後に嘉伯という山がある。洛嬪の夫である河伯にちなんだ名で、洛嬪の罪を共に償う為に、その身を龍に変え、その山の頂で人々を水害から守っていると伝えられていた。
その言い伝えの通りとでも言えばいいか、嘉白山は峰叢と呼ばれる筒状の形の山が林立した一帯で、河伯の背後で祈りを捧げ続けた龍達の姿とも云われているのだとか。
そんな、神話ばかりに囲まれたキュウセンは、信仰に満ちた厳かな街だ。粛々とした雰囲気に呑まれ、神話に染まったかのように、街並みは白色に包まれている。
小神殿は省都にあるワノエにしかないが、この街では独自に聖殿を建て管理を行ってい、信仰に生きる街となった。
金聖廟には男神伏犧の他に、皇都の神殿では珍しい洛嬪や河伯の姿があり、洛浪の言葉の真実味が増していた。
嘆き悲しむ洛嬪の偶像が、今も悲しみに暮れている様に膝を折り祈りを捧げる。まるで、今も罪を償い続けるかの如く――
祝融は、その街を彩華と洛浪と共に外衣を深く被り歩いていた。神子瑤姫の言葉がこの街を指すならば、何かしら異常があるのだろう。
粛々と厳かな街は、誰もいないのではないかとすら思える程に静寂に呑まれている。独特な白い街並みを歩きながら、祝融は辺りに目を配り、気配を探った。
道行く者は、頭まで外衣を纏うか、お面で顔を隠すかどちらかだ。
洛浪が言うには、河伯が今も、洛嬪の末裔を護っている為、顔を隠す事で河伯の加護を受ける事ができると信じられているのだという。
その仮面と目が会う度に、祝融は奇妙な感覚に囚われた。お面の種類は様々で、狐や猫、犬、鳥といった動物面だったり、皇都で流行りの仮面劇を思わせる様々な色使いや表情の人面と、街の静寂とは異なって鮮やかさを伴っている。その反面、外衣は暗い色が多く、街の厳かさを体現していた。
仮面は何も、珍しいものではない。だが、祭りでも無いのに、街中が顔を隠したもので溢れていると言う事実が、なんとも奇妙な感覚だった。
何処となく、異国なるものを思わせる。実際に、祝融は異国の地を知らないが、一度だけ異邦人を見た事はあった。黄龍一族を思わせる金糸に、青海の如く青い瞳。透き通る白い肌と、不可思議な言語を話す姿は、妖とすら思える程だった。
遥か異なる地を思わせる異邦人と同じ感覚が、キュウセンにはあった。
「……なんというか、独特な街ですね」
街の片隅、白い壁ばかりの路地の間で、三人は立ち尽くしていた。今の所、これと言って異変は見られない。
どれだけ街を練り歩いた所で、異様な街の雰囲気に呑まれるばかりだ。
「此処らでは、これが普通です。私は、皇都で誰も面をつけていない事に驚きました」
それなりに大きな自治を行う街。その近くの村が、洛浪の母方の血筋が暮らす村で、其方らも似た文化があるのだそうだ。
「成程……」
彩華は鉱山で働く者達の街で育ったとあって、どちらかと言えば荒々しい喧騒が多く騒々しいばかりだ。皇都も賑やかしいが、祈りの場は沈黙と相場が決まっているが、皇都の様な絢爛さは無い。
気味が悪い、うっかりと溢しそうな唯ならぬ空気がキュウセンには漂っていた。
「この街はいつもこんなに静かなんですか?」
「いえ……流石に。街人が沈黙の戒律に身を委ねるのは、祈りか、死者の鎮魂の為の筈です」
そう言った洛浪の目線の先は、空を向いていた。雲を見上げる程ではなく、屋根の上を辿っている。
四合院の家が立ち並んで、空は狭くも、その辿った先にあったのは、聖殿近くにあった大きな煙突のある建物だ。
「……あれは、火葬場の煙突か」
祝融も、洛浪に習いそれを見る。もくもくと立ち昇る煙が、旅立つ魂を思わせるとはよく言ったものだ。今も、白い煙が黄泉への道筋を作っていた。
「そうです」
「だが、葬儀があったとは言っても、街中が口を閉ざすのか?」
コソコソと、路地で話す祝融達の声が大きく感じる程に、今も、街はしんと静まり返っている。
葬儀の作法は地方によって様々である。
沈黙の戒律は、元は、神官や巫の修行の一環の一つだ。他人と話さず、決まった期間は神に祈るのみで言葉を口にしない。敬虔な者でも、時折自分にその戒律を課す。より、神の思想に近ずく為、祈りの声を届ける為。
だから、キュウセンが沈黙の戒律を葬儀の最中に課したとしても何ら不思議では無い。
「死者を現世に引き留めぬ為に、火葬が終わるまでは沈黙の戒を敷くのは、この地方では珍しくありません。主に、親族、友人などと言った近しい者などが該当しますが……」
「街中が一つの親族、では無いのだろう?」
「……その筈です」
洛浪の顔も外位に覆われてはっきりとはしないが、それでも覗く瞳は戸惑いを示している。
異変は無いと祝融は判断していたが、どうやら洛浪の判断は違った。
洛浪は迷っていた。段々と顔付きが暗くなり、女にも似た綺麗な顔つきが沈むも、意を決したのか、すっと顔が上がった。
「賢雄(祝融の偽名)、少々気になる事が」
目を伏せ、まだ何か考え事を残したまま、洛浪は静かに口を開いていた。




