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祝炎の英雄  作者:
第七章 祝炎の英雄 前編
151/233

十一

 少しづつ冬の足音が近づいている。

 冷気漂う朝方独特の空気の中で、白い息を吐きながら、祝融は遥か彼方の白仙山を見た。

 冬は白仙山から降りてくる。そんな言葉すら生まれる程に偉大とされるその山々は、決して人には語りかけない。

 神が住まう地として、そこにあるだけなのだ。

 


 菫省 山間部付近



 神域である、鎮守の森近く。山の麓にある小さな村で、一行は宿をとっていた。

 あれから、祝融は一度も皇都に帰っていない。

 と言うのも、祝融には業魔討伐以外にも任された仕事が一つあった。

 それが、封印の地の管理である。祝融が中身を見る必要は無く、単純に封印に綻びが無いか、業魔が湧いていないかを確認する、それだけの単純作業だ。

 誰にでも出来るかと言えば、そうでも無く、封印術を使える事が前提とされる。その為、祝融は仕事を押し付けられた訳だ。

 封印の地がある四つの省に加えて、更にはその他の省でも影響があるとされる地も見て回る様に言われている。

 省に留まりつつ、業魔を討伐して回る。その影響か皇都へ戻る余裕は無くなっていた。


 

 祝融は静かに景色を眺めた。

 眺めると言っても、宿場町の小さな宿。朝方は人もまばらな表通りに、古びた建物が立ち並んでは、宿場町らしい街並みにこれと言って、面白味はない。

 だからか、祝融の目線はその少し上を指していた。

 菫省から見る白仙山は、霞の先の幻の如く、山の向こうに白い色だけが残っているに過ぎない。

 遥か彼方の白仙山。

 現世で、神に会える場があるとしたら、鎮守の森か、白仙山、、、一応、青海(せいかい)も数に入るが、四海竜王は例外とされるため、実質白神のみ。

 だからと言って、祝融に会う手段があるかといえば皆無だ。

 一度、その地に入ったときの様に、鎮守の森に入ろうという考えが浮かんでいる……と言う訳でも無かったが、神子を通さずに、神に問い糺したかった。


 ―自分の役目は何なのか


 只一言、それだけが知りたかった。

 だから、祝融は鎮守の森近くに留まる事が増えた。何か、何か言葉があるのではないかと期待して、時折、森の目の前にも行く。

 勿論、お目付け役の雲景と、その妻彩華が心配そうに背後で見張っているが、祝融の心情を悟ってか、現状何も言わずに二人はそばに居る。

 だが、その甲斐も虚しく、結局は、一度として言葉は無い。

 空虚な時間ばかりが過ぎ、祝融は窓を半分だけ閉めると室内へと目を戻した。

 そう大きな宿場町じゃない。質素な部屋の中は何も無い。寝台が一つと、一人がけの円卓に向かい合った椅子が二つ。これと言って見るものも無く、祝融は窓ぎわにある椅子に腰掛けたまま、腕を組んで目を瞑った。


 

 無為と言える時間が、どれだけ過ぎた頃か。部屋の扉の向こうから、彩華の声が届いた。


「祝融様、軒轅様と洛浪(らくろう)様が戻られました」


 祝融はゆっくりと瞼を開くと、立ち上がった。


 

 ――

 ――

 ――


 時は、遡る。

 軒轅は(かい)洛浪(らくろう)と共に、祝融に任された仕事を二人で請け負っていた。祝融曰く、二人の実力を見込んで、だそうだ。それまで、風鸚史の下で補佐をしていただけに、仕事を任されるという事が、軒轅にとって栄誉な事だった。

 ただ、問題という程でも無いのだが、気にかかる事が一つ。同行者の洛浪だ。

 洛浪は不思議な人物だった。

 無口で、背後にいる事が多く、呆然と空を眺めている。その空に何かあるのかと思えば、ただ雲が流れているだけだ。

 東王父の末裔という事で、解家のまとめ役に任命された矢先に祝融に降るよう命じられたのだとか。とても、見た目だけでは、大役を担える人物にも見えない。あまりに若々しく、女性と見間違う程に中性的な容姿だった為、どちらかと言えばか弱い印象だ。

 だが、一度、仕事になると顔つきが変わった。

 きりりと目付きは鋭くなり、纏う空気もピンと糸が張った様に張り詰める。殊更に剣を抜いた時など、その覇気は禍々しさが漂う。様相の変わり振りで、軒轅は思わずごくりと息を呑んだ。


『何故、この様な人物が影に隠れて生きてきたのか』


 解家、緱家共に、眷属神の末裔という立場でありながら、本来なら政界の中心であってもおかしくない人物達だ。それなのに、これ程の実力を持ってして、隠れる理由が、本当に姜家を立てる為だけ……というのが、些か不可思議に思えてならなかったのだ。



 今も、まざまざとその実力を見せつけられ、軒轅は感心していた。奮い立つ心に、軒轅は自身も負けてはいられないと果敢に前に出る。

 一見、ぼんやりしている人物なだけに、人は見かけによらないと、軒轅は反省気味に、自身もまた剣を振るった。

 


 菫省 山間部


 丹省と菫省の省境付近。

 その途中にある村で、二人は業魔に向かっていた。何も、主人に付き従うだけが仕事ではない。二手に分かれ、黄軒轅と解洛浪は手を組む事になったのだが、洛浪の実力たるや、、、

 楽々と首を落とす様は圧巻で、避難しながらもこっそり覗いていた者や、妖魔の相手を手伝っていた者達も思わず声をあげたほどだった。

 軒轅は祝融の剣に似ていると感じていた。

 祝融の剣は、炎が纏う。見た目は違って当たり前だが、異能を思わせる威圧に剣の鋭さが増しているのか、洛浪が剣を振ると線が見えるのだ。

 その鋭さに、業魔の身体が真っ二つになる程。


「黄軒轅、次に行こう」

 

 散らばる業魔の死骸を前に、解洛浪は淡々としていた。業魔が片付くと、いつものゆったりとした人物に戻っている。

 業魔の死骸は日に晒すか、燃やすかで終わりを告げる。後片付けは村人達に任せて、二人はそそくさとその場を離れた。


 ――

 ――

 ――


 そして、祝融の前に戻っても、解洛浪という人物はのほほんとした人物像を曝け出していた。

 彩華も、自分本位な所があるが、祝融の前では決して顕にしない。主人に忠実な従者として、決して抜けている様など見せないのだ。

 そこが、洛浪と彩華の決定的な違いと言っても過言では無いだろう。


 軒轅は、戻った二人を労う為か、一間を借り切って振舞われた酒と食事に手をつけながらも、洛浪に不手際がないか気掛かりだった。

 そんな中、上位で座っていた祝融がふと声を上げた。


「今回は任せて悪かったな。問題は無かったか?」


 軒轅はちらりと隣を見た。問題は何も無い。洛浪の実力に目を奪われていたとは、とても言えないが、仕事自体は簡単に方がついたのだ。


「ええ、滞りなく。次は決まっていますか?」

「いや、鎮まる時期が近づいている。封印の地を確認しつつ、皇都へと戻る事を考えている」


 その言葉に反応したのは、軒轅だけでは無かった。

 同席していた、雲景や彩華も手を止め一気に顔を上げたが、洛浪だけが淡々と食事を続けていた。


「様子見は終わりですか?」


 雲景も、同じく今聞いたのだろう。飛び回る暮らしに嫌気がさしているというよりは、家に帰れる……という僅かな期待もあったのかもしれない。


「燼からの連絡次第だ。どうにもきな臭い二人が動き始めたらしい」


 淡々と語る祝融の顔からは、きな臭い二人とやらが誰かまでは判別が出来ない。敢えて、悟れない様にししているのだろうが、碌な人物でない事だけが確かだった。


「洛浪、東王父から何か言葉はあったか?」


 祝融の目が、洛浪に向いた。それまで、黙々と箸を進めていた洛浪だったが、その視線と言葉で、手を止め箸を置いた。


東君(とうくん)からは何も。気にかかる様でしたら、此方から伺ってみますが」

「頼む」


 洛浪は、「承知しました」とだけ告げると、再び箸を手に食事の続きを始めていた。別にそれを無礼と言う人物は一人もいない。理由としては、下手に縮こまる人物より余程良いと言うのもあった。


「さて、皇都はどうなっている事やら……」

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