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祝炎の英雄  作者:
第六章 宵闇の異形
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番外編 英雄の始まり 壱

 皇族は、幼い頃は同じ年頃の子供と遊ぶ機会を親が作ってやるものだった。何せ皇宮に都合よく、子供が居ない。祝融も、その例に漏れず周りは大人ばかりで、異母兄弟もそこそこの歳が離れていた。 

 長兄に関しては三百年程の歳の差があるものだから、兄の孫の方が歳が近い位だ。近いと言っても、二十程離れている上に、只人として生まれた為、既に皇都を離れ丹で暮らしている。従兄姉(いとこ)達も似た様なもので、矢張り不死で歳の近い者は誰一人としていなかった。

  

 何故、不死に拘るのかと言えば、将来を見据えての事になる。

 幼い頃の友人なのだから、只人でも歳の取り方は変わらない。変わらないのだが、長い目で見ると、不死として永く傍にいる友人が必要と周りは考えるのだ。

  

 五つにもなると、共に学ぶ者として同じ年頃から集められる。大体が、一つ年上か一つ年下で雲景も、その中の一人だった。

 貴族としては、皇族との繋がりを作る為に偶々歳の近い子供を皇宮へと通わせるのだが、朱家は違った。

 わざわざ丹に年頃が近いのが居るからと呼び寄せたのだ。幼くとも最初から侍従になる事を予測して、その輪に入れる。最初の頃は打ち解ける事が目的だが、それが二年、三年と経ってくると、その身に役目を教え込んでいく。

 だからと言って背後にばかりいると、祝融は必ず雲景を気に掛けた。今はまだ、侍従の関係では無いのだから、と。

 そこから友人関係が始まったかと言えば、そうでも無いのかもしれない。この時は、雲景もまた、集められた友人の一人でしなかっただろう。どれだけ祝融が親し気に接したとしても、雲景から見れば勝手に決められた将来仕える主人でしかなかったのだ。

  

 祝融も、はっきりと武官の道を目指していたが、父親の後継も念頭に置かなければならず、神学や儒学、算術も学ばねばならない。更には、姜一族に伝わる薬学も出来る限りは学ばねばならないと言う。

 同年代の中では、一際厳しい修学内容に、中には根を上げる者もいたぐらいだ。だが、これを好機と考えるも親もいる。その殆どが下位貴族だろうか。皇族と同等の教育を受けれるとなると、機会は限られるのだ。もし、後々皇孫殿下の務めと合わなくとも、その教育を受けたと言う事実さえあれば、十分な実績となるのだ。

 そんな思惑を知ってか知らずか、幼かった者達は成長していった。


 祝融が十二にもなると、本格的に武官の修練に取り組む様になった。中には着いていく事も出来ないものが出てくる。自身を失い、次第に顔を出さなくなってしまったのだ。

 祝融は僅かに寂しさを覚えながらも、仕方がないと振り返る事は無かった。

 その者が来なくなって暫くしての事だった。左丞相が、次子を紹介したいと現れたのだった。

 新しい学友として現れたのは、祝融より四つも下の少年だったのだ。それが風鸚史だった訳だが、いくら何でも幼過ぎた。

 祝融の身の丈は、他と比べてもひと回り大きく、既に大人びているのだが、対して鸚史は年頃と比べても小柄だった。

 その対比があるからか、余計に幼く見えるものだから、これをどうしろと。とは言えず、祝融は困り顔で左丞相を見た。


「殿下は人を見た目で判断されるのですか?」


 左丞相に訴えたつもりだったが、はっきりと自分の意思を示したのは幼いと甘くみていた少年だった。その声こそ幼いが、口調はしっかりしたもので、表情も余裕なのか卑屈に見える。


「不死ならば、百年も生きたなら四つの差など大したものでもありません」


 と、まだ八つになったばかりの子供は大胆に言ってのけたのだ。

 これには、祝融も笑うしか無かったが百という果てしない先を恐れないその様が気に入った。


「そうだな、私もそれぐらい先を見通さねばならないな」


 それが、二人の始まりだった。


 鸚史は、他の学友と比べても劣ってなどいなかった。寧ろ、他の学友達が焦る程の優秀さを見せつける。雄弁な口ぶりだけなら、誰も彼が八つなどとは思わなかった事だろう。

 ただ、剣技に関しては流石に体格差が出るからか、必死に喰らい付くが、それでも置いていかれる事は無かった。


 それから二年。何事もなく、祝融は学友達とそれなりの関係を築き、それなりに楽しい日々を送っていた。共に学び、共に励む。

 それが、音もなく崩れるその日が来るとも知らずに――


 ――

 ――

 ――


 ある日の事だった。春の曇り空は、ゴロゴロと唸っては今にも稲光を落としそうな様相を見せている。それは、皇宮の焦りを体現するかの様で、薄気味悪くもあった。

 皇宮の人まで、儒学の講師が来るまでの間、少しばかり噂話を交換する。単純に、どんな話を仕入れたのかを自慢し合うのだが、時々妙な噂も混じtたり、時には、誰が聞いても嘘か作り話にしか聞こえないものすらも、真実であったりなどするもので、面白い。

 だから、その日も何気ない会話が始まる筈だったのだが、玄家の子がぽつりと不安気な言葉を漏らし始めたものだから、いつもとは違った雰囲気で口火が切られていた。 


「殿下、聞きましたか?皇軍が、一個隊で業魔相手に全滅したと……」


 それは、噂話では無かった。この所、業魔と呼ばれる偉業の数が増え出したのだ。皇軍が出向く機会も多く、梃子摺る事も多く、死傷者が出る事も珍しくはない。


「知っている。兄上から、将軍がお一人亡くなられたと聞いた」

「亡くなられたのは、姜家の……」

「あぁ、俺の従兄甥に当たる方だそうだ」

   

 祝融は、一度か二度会っただけの親族を思い起こしたが、新年の宴でも席が遠く、はっきりと顔までは思い出せない相手だった。


「何とか、一時的に封印が成功したから残りの一個隊で維持しているそうだ」

「戦況は厳しそうですね」

「兄上達は、業魔を恐れないと言われた。だから、俺はそんなに心配はしていない」


 親族が亡くなった事は悔やまれるが、兄達は、業魔相手に苦心はしても臆した事は一度も無いのだという。ならば、無用な心配は失礼にあたると教わっていたものだから、不安を決して表に出す事は無かった。


 そうこう話をしているうちに、廊下から足音が響いた。講師が来たのだろうかと思ったが、妙に足早に歩いている。それどころか、焦って走ってくるではないか。足音は、通り過ぎるのかとも思ったが、ぴたりと部屋の前に止まると、躊躇なく扉を開けたのだ。

 それは、講師の姿ではなく、朱家を一人伴った兄の利閣だった。


「祝融、来なさい。陛下から、お呼びが掛かった」

      

 動くのが苦手という、姜一族からのはみ出し者と揶揄される兄の利閣は、少々息も粗々とどこから走ってきたのかも分からぬ程に息を切らしている。


「俺ですか?」

「そうだ。他にも大勢が玉座の間に集まるように招集が掛かっている。急げ」


 慌てる利閣の様子が只事では無いと告げていた。祝融は、勉学に必要な教材一式もそのままに、利閣に続いていた。不安がる学友の中で、鸚史だけが静かに祝融を捉えていたのが見えたが、今は皇帝の孫という立場以外で呼び出された事の方が重要だった。


 ――


 緊迫感が、それまでに味わった事の無い空気を醸し出す。まだ十四と、どれだけ背伸びをした所で、祝融は自分が子供だと思い知らされた。

 高圧的では無いにしろ、高官たちが立ち並ぶそこで、祝融は一人玉座の前で跪く事を余儀なくされた。

 目の前にいるのは、祖父である筈なのに、そう言った感情が全て消え失せる程の威圧が祝融を襲う。

 その威圧の根源は、ゆっくりとした口調で話し始めたのだった。 


「祝融、お前の力を示す時が来た」


 何の前触れもなく降り注いだ言葉に、祝融は固まった。その力は、炎の異能を示すのだろう。その真価を問われているが、祝融はそれで何かを傷つけた事など、一度として経験が無かった。

 どう反応して良いものかもわからず、跪いていると、玉座の間で良く知る声が響き渡っていた。


「陛下、どうか発言をお許し下さい」

「道托か、良いだろう」


 将軍として、前列に並んでいた道托は、礼を見せると直ぐ様に口を開く。


「陛下、弟には早すぎます。まだ、妖魔とすら相対した事も無いのです」


 同じく、孫の発言であるにも関わらず、神農の表情は変わらず無のままだ。口だけが淡々と動き、その声色にすら情を乗せはしない。


「……訓練に、兎狩りをさせる意味は無いだろう」


 恐ろし気もなく言った言葉は、祝融に期待を抱いているというよりは、神からの贈り物である力を確信めいた発言だった。

 それだけの力を持っているのだ、妖魔如きを相手させるなど勿体無い。そうとも、取れる言葉だったのだ。


「祝融、表を上げよ」


 漸く許され、立ち上がると祝融は祖父の表情を真っ先に見た。その目に感情は無い。


「道托は、ああ言っているがどうする。お前は、恐るか?」


 妖魔とて、気を抜けば手練れとて死ぬ事もある。それを、容易に兎だと言ってのける祖父。

 期待ではなく、神の力を持って生まれた使命だと言っている。

 業魔どころか、妖魔の姿すら見た事の無い祝融は、まだ見ぬ敵に怯える事も出来なかった。


「いえ、姜家に生まれた身として、炎の力を授かったものとして、必ずや使命を全うして見せましょう」


 祝融の、最初の覚悟だった。

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