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祝炎の英雄  作者:
第二章 黒鉄の正義
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松明の灯りで照らされるも、薄暗い坑道は不気味でしか無かった。鉱員達の声や金属の音が響くも、反響する音のせいで、距離も掴めない。


「彩華、坑道は案内出来るか?」

「私は一度も来た事はありません。」


祝融は息を吐いた。本当なら、道案内に郭家子息を付けたかったが、どうにも融通が利かないだけに足手纏いでしか無い。


「お前が素直なのが不思議だ。本当に血縁か?」

「残念ながら。」


歩くたびに鳴り響く足音を聞きながら、奥へ奥へと進んでいく。鶴嘴の甲高い音が近くなった頃、道が二つに分かれた。一つからは、鶴嘴の音が続く。もう一つは、立ち入れない様に簡単に木が貼り付けられている。無音の闇ばかりが続き、彩華の背筋にぞくりとするものがあった。


「……こっちか。」


祝融と雲景が迷い無く、その道に進もうとするも、彩華は足が竦みそうになった。あの日と同じ何かの気配が、その身に叩き付ける様に向かって来る。

松明の灯りが一向に前に進まない事で、祝融が振り返った。


「彩華、戻っても構わんぞ。恥じる事では無い。」


その目は、鋭いものだった。それ迄、温厚そのものの人柄と思っていた御仁の気迫に気圧されそうになる。それでも、彩華は一呼吸整えると、一歩踏み出した。


「申し訳ありません、行きます。」


祝融は、只、頷いた。


それからも、坑道をひたすらに進んだ。既に廃坑となった、その道には、無音の闇が続いていた。

異様な空気が漂い始めた頃、祝融がぴたりと足を止めた。

ぞわぞわと、全身に押し寄せる陰の気。この先に何かがある。それは、彩華も感じていた。


「彩華、松明はここに置いていけ。邪魔になる。」

「でも、灯りが……」


使われていない坑道に、灯りなど望めない。暗闇では、例え目が慣れたとしても、まともに戦う事など容易では無いだろう。だが、祝融は問題無いと答えた。


「不要だ。」


そう言って、彼は掌を見せると、その手に炎が宿った。松明よりも明るく、何とも頼もしく温かい光だろうか。状況は何も変わっていない筈なのに、全ての恐怖を打ち消してくれる様だった。


「……やはり、貴方が。」


何と無くではあった。姜家の誰かと言うだけで、確信など何も無かった。だが、今、この瞬間に、その炎が証明となった。


「行くぞ。」


彩華は、松明を導の代わりにその場に置くと、希望にも見える、その光に続いた。


そして、それから半刻程歩いた頃だった。大きな空洞に辿り着いた。天然の洞にでも当たったのか、その天井の高さから、とても人工的には見えない。祝融が徐に壁を照らすと、明かりに照らされ、反射できらきらと光る。

作業の途中で放り出されたのか、足場は組まれたままで、道具もそこら中に散らばっている。


「郭家が所有しているのは、金鉱山だったのか。」

「本家が手放したものを、祖父が買い取ったと聞いています。」

「まだ金の出る山を手放したのか?何故だ。」

「呪われるのだそうですよ。実際、祖父は業魔となり、それを殺すために、何人もの死人が出ました。」


呪い。何とも曖昧で、何と恐ろしいものに手を出したのか。

ふと、祝融が辺りを照らした先に、横たわる人影らしき物が見えた。


「死人も出たのか。」


幾つもの白骨化したそれに、当時のまま、手が付けられていない事を物語っていた。


「事故でもあったか……あるいは……」


当主は皇宮からの使者を警戒し、何かを隠そうとしていた。

その何かが、ここならば、相当な大事が起こったのだろう。


「……事故があれば、街の者が噂をする筈です。それすら耳にした事はありません。」

「箝口令を布いたかもしれんな。」


それだけで、黙っているものだろうか。家族を失って、嘆かず、いられるものなのだろうか。

彩華は、頭に師事していた大叔父や叔父の姿が浮かんだ。叔父が本当の父だったらと、何度思ったことか。葬儀の時、どれ程涙を流した事か。


「ここは元々、玄家所有の山か?」

「いいえ、獣人族が守っていた地だそうです。妖魔が出てから、獣人族が移住してしまい、彼らが残した者の中に金があった事で、目を付けた玄家の者が掘らせたそうですが……」

「獣人族が守っていた地に手を入れるとは、愚かな事をしたものだ。」


獣人族は、白神という神を祀っている事が多い。彼らが住み着く地は、神々に伺いを立て、許しを得た部分のみを住処とする。


「これだけの闇……いつ起こってもおかしく無かっただろうな。」


祝融は足元を見た。何かが、そこら中から押し寄せて来る。


「祝融様、気配が……」

「構えろ。彩華、危険と感じたのなら龍になってでも逃げろ。良いな。」


坑道はそれ程広くはない。人を乗せていなければ、飛んで逃げる事もできなくは無いだろう。

それには、頷ける筈もなかった。置いてなど、行ける筈も無い。

祝融が剣を抜くと、雲景と彩華もまたそれぞれ武器を手に取った。

緊迫感が走る中、炎の光に照らされた影が沸き立った。

それは、形となり、数えきれない程の妖魔が獣の姿をして、三人の前に現れた。


「雲景、援護しろ!彩華は入口を守れ、この洞から一匹たりとも逃すな!」


湧き出た妖魔が次々と三人に襲い掛かった。山で出る比ではない。

彩華は、矛を振るった。業魔でない事に安心したが、数の多さに他を気にする余裕など無かった。

それでも、横目に眩しく舞う炎だけが、彩華の瞳にもはっきり写っていた。

全てを照らす炎の如く舞い戦う姿が、神々しいとしか言えなかった。神の祝福を目にする機会は、一つの街に留まっていては無いだろう。その強さ、その勇ましさ、全てが恍惚と彩華の心を奪いそうだった。


「(何とも、狭い世界で生きていたものだ。)」


勘当されたらなどと、適当な事を言って良い相手でも無かった。その身の血が燃ゆる如く、彩華に熱く感情までもが沸き立っていた。


「(私は、どうでも良い相手に仕えたく無かっただけなのか。)」


――


「(彩華は問題無さそうだな。)」


離れた位置ではあったが、遠目から見ても、その動きに迷いは無い。妖魔は、お手のものと、勇ましさを見せつけてくれる。

だが、いつまで続くか。溜まった瘴気に反応し続け、治ることを知らないと湧き続ける妖魔に終わりが見えない。

炎を纏わせた剣で、妖魔を斬れば、燃え上がるが、新たな妖魔が湧く。

これを隠し続け、それでも金を掘る事を止めない郭家も、鉱夫達も、何とも恐ろしいことか。

欲目。祝融が最も嫌いな感情でもあった。


どれだけ、続いた頃か、ふと足元で何かが揺れた。

足元の陰が全て一点に集中し、妖魔すら飲み込む。


「これは……」


祝融にも、悪寒が走った。業魔では無い何か。

何もかもを飲み込む黒。それは一つの形になり、祝融の目の前に姿を現した。


「……人から、生まれるだけでは無かったか。」


人から生まれる業魔。そう言われ続けてきた存在が、澱んだ虚を胎にして生まれ出た。獣に近いが、角が生え、二本足で立ちすくむ。


「俺を殺しにきたのか?」


問い掛けた所で、答えるはずもない。


「祝融様!」


雲景の声が洞によく響いた。手一杯で此方には来れないだろう。どの道、沸き続ける妖魔の相手もいる。

業魔を視界に捉えたまま、祝融は叫んだ。


「お前達は、そのま妖魔の相手をしていろ!これは俺がやる!」


祝融は、目一杯に地面を蹴り、業魔に斬り掛かった。だが、業魔の足元が、ぼこぼこと音を立て大型の妖魔が湧き上がる。それは壁となり、祝融に立ち塞がった。斬っても燃やそうとも、幾らでも湧き出でる。

疲れを知らぬ男には関係の無い事ではあったが、青海の大波の如く押し寄せるそれに、業魔に近づける気配すらない。


殺気と共に黒い手が祝融を狙った。僅か一振りで、広い洞に風が巻き起こるほどの勢いに、妖魔ごと吹き飛ぶ。それよりも速く、祝融は上に飛ぶと、振り下ろされた腕伝いに業魔へと向かった。

祝融が近づいた事を警戒してか、業魔のけたたましい声が響き渡る。あまりの咆哮に、鎌鼬の如く風が祝融を襲った。風の刃が祝融の身を包む炎を通り抜けると、祝融は青龍刀で全てを振るい落とした。


咆哮が止めば、祝融は再び業魔に向かう。剣の切っ先が業魔の喉を貫き、たちまち燃え上がり、首を落とそうと、さらに力を込めた、その瞬間だった。

業魔の体が波打ち、氷が一瞬で溶けていく様に崩れ去った。祝融は慌てて飛び退き、地面に着地するも、足下は脈打つ様に蠢く感覚が確かにあった。


「(なんだ……!?)」


洞全体の陰が業魔を中心に渦を作った。それまで、業魔の瘴気から生まれていたもの、彩華や雲景に向かっていたもの全てが業魔に集まっていた。

胎動。より、強いものが生まれ出ようとしている。

また、ぞわりと肌が粟立った。

祝融は、背後に目を向けた。


「雲景!」


間に合わないと、祝融は一目散に駆けた。


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