溢れる力と決断
私は馬鹿だ、後悔よりも頭を足を動かす、月が出ていて綺麗だった夜の景色は何処にもない。
彼女達をしっかりと家まで送れば良かった、日が沈み始めそろそろ帰ろうと言う事になった時どうして私はその場で別れたのか、散々二人を町中引っ張りまわして道中で迷惑もかけて、帰路につく際抱きしめた感触がまだ腕の中に残っている。
月が昇って静かな町、反対に賑やかなギルドにミーナの両親が駆け込んできた、娘が帰ってこないと相談しにきたのだ、その瞬間悪い予感はした、急ぎ一人暮らしのアリスの家へと向かったが鍵がこじ開けられ中は無人だった。思考が停止しない様に足を先に動かした、一瞬見たアリスの部屋は荒らされた形跡などは殆どなく可能性だけを考えると誘拐の線が正しい、単独犯という事は無いだろうし優秀なアリスが攫われるほど馬鹿じゃない点を考慮すると魔法に長けた存在に「人心掌握」当たりで自我を不意に奪われたと考えのが妥当だろう。
壁に手を付き息を整える、それでも人心掌握を発動している場合その相手は走るなどの動作が出来なくなる、抱えて走るにしても女性一人担いでいると考えるとまだそれほど遠くまで行っていないと思いたい。
大通りは若干の賑わいを見せ人通りは少なくない、人目につく行動は避けるだろうから路地裏を通り逃げるだろう、そしてそれを考慮すれば犯人の逃走経路をある程度搾れる、路地裏に入り目を瞑る。
「我願わくば空を駆ける翼を望まん、飛べよ飛べよ空高く飛翔するは妖精の翼、彼方へと導き奇跡を見せよ「天翼」」
背中より半透明の翼を生やす、羽ばたき空へと浮かぶが持って数分だろう、上級魔法で尚且つ魔力操作が難し過ぎる、首席卒業してもこの様だ。
体勢を整えて町の門付近へと加速しながら飛んで行く、その際も地上を見つめ犯人を捜してみるがそれらしい人影は見当たらない、唯一の出入り口の正門へと降り立ち警備兵へ事情を説明する、でもまだ誘拐の線は仮説でしかない為一応頭に入れておくという事で話を切られた。
込み上げてくる怒りを抑え込み、再度天翼を出し空へと上がる、その時アリスの言葉を思い出した。
『そう言えばなんですが、最近町の東側で物騒なことが起こっているらしいですわよ、何でも人身売買とかって噂も耳にしましたわ、怖いですわよね』
奥歯を噛みしめ東へと向かう、上空から見渡して見ると麻袋を頭にかけられた人を運ぶ存在が視認でき一気に地上へと降り立つ、土ぼこりに紛れ短剣を抜き去り運んでいた男の首元に剣を突き立てる。
「白髪でハーフのアラクネの子を知ってるかな?」
男は首を横に振る、麻袋をはぎ取ってみるがそれはまったく別の女性だった、舌打ちをしつつ周りにいた人間を縛り上げ一人一人にアリスとミーナの事を聞いて回ったが誰一人知らなかった。
苛立ちが更に込み上げてくる、空へと上がり更に東の方へと飛ぶ、町を囲む壁周辺にたどり着き一旦休憩の為下に降りると違和感に気が付いた。
体の中の魔力を上手く扱えない感覚、そんな中待ち伏せでもしていたかのように男や女が数人、剣やら槍など複数の武器を持ち現れた。まるで私が此処に来るのが分かっていたかのようで癇に障る、でもどうやらアリスとミーナは此処に居るのだろう、場所が分かった分助かる。
「いやぁイアスちゃん?だっけ、君が此処に来るの知ってたんだわ、てなわけで抵抗せずに捕まってくれると助かるんだけど」
一際圧を感じる存在が目の前に出てきた、身長的には私と大して変わり無いがその体に似つかわしくない禍々しい力を感じる。何処でそんな力を授かったのかと疑問が残るが、今はそれ所じゃない、一刻も早くこの存在を倒して彼女たちを救出しないと何をされるかわかった物じゃない。
「おっと、動くないよ?アリスちゃんとミーナちゃんがどうなっても良いのかな?」
親指を立て後ろを指し、そこには首輪をはめられ半裸となり全身に痣が目立つ二人が連れて来られていた。気を失っているのか動く気配はない、流石に殺したりはしていないだろうが彼女達から感じられる気配が薄く細く感じる。
「ひゃっはっはっはっは、いやぁ傑作、首席卒業した癖に馬鹿だよね?まんまと罠に掛かってくれるなんて、普通人質にしてるってわからない?」
ゆっくりと近づいて来る、動けば二人に危害が及ぶ、ニタニタした顔を今すぐにでも殴り飛ばしたい気持ちを押し殺しジッと耐える。私の周囲をグルグルと回りつつ舐めまわすように見るとゆっくりと身に着けている物を一つずつ取られていく、武器に腰につけたバック、上着にスカートと徐々に裸に近づいていく、彼女達が受けた痛みに比べればこの程度大したことじゃない。
「あれれ?平気な顔してますね?じゃあ早いけどそろそろ、壊しちゃおっかなぁ」
目の前で止まり目を見開く、男の眼の中を魔法陣がゆっくりと回っているのが見え慌てて逸らす、でも顔を掴まれ無理やりにでも眼を見つめさせられた。徐々に何も考えられなくなってくる、意識が何処か濁り汚れて行くようで怖くて、でも抵抗できない、意識が沈んでいく中で何かが私の手を引っ張った気がした。
イアスが地面に伏せた、目から光を失い命の灯が消えた死体の様に動かなくなる。
男の笑い声が響き渡る、そんな光景をアリスとミーナは失いそうな意識の中見ていた、目の前で友人が何も出来ずにされるがままに倒れた。死んだと思ってもおかしくはない、静かに涙を流し悔しさに身を震わせた。
でも、涙で歪んだ彼女たちの視界にはイアスが立ち上がる光景が映る、それは不規則に気持ちの悪い動きで立ち上がると今までに見たことない笑顔になり笑っていた男の頭が掴んだ、何か言いかけた最中、肉の潰れる音と骨が砕ける音が周りに響く、男の頭がまるで熟したトマトを掴むようにイアスが握り潰したのだと理解するのにアリスとミーナには時間が掛かった。
周りにいた人たちが委縮する、人質を取っていても目の前の存在から逃げたいと感じてしまう程の殺気を浴び震え失禁すらする人もいた。
血にまみれたイアスから赤黒い魔力が粘性を持った状態で溢れ出てくる、ヘドロの様に地面に落ちるそれは触れてはいけない物だと誰もがわかる、目が浮いているのだ、目だけが複数浮いたその魔力の塊はまるで意志を持つように周りの人間に対して飛び掛かり始め一瞬のうちに飲み込んでいく。
彼女達には意味が分からない、目の前で行われている惨状、圧倒的な力量に押しつぶされていく哀れな人間たちの末路をただただ眺める他ない、動けもしないそんな状況で鼻歌が聞こえてくる、イアスがよく歌っている好きな歌だ、でもそれすら今は恐怖を感じるものでしかないだろう。
慌てて逃げ出した人、神に祈り始めた人、卒倒する人、全てに対して慈悲は無い、赤黒い魔力の渦に呑まれ溶けて消えて行く。
「イアス…やめて」
ミーナが必死に叫ぶ、声を出すのすら辛いだろうがそれでも彼女を止めなければいけないと感じたのだろう、アリスも一緒に叫んだ、言葉が通じる状態なのかも分からないだろうが今はそれだけしかできなかったのだろう。
イアスの動きが少し止まる、そしてアリスとミーナの方へと振り向いた、満面な笑顔を向けた、そして二人に肉薄し赤黒い魔力を向ける。
「オイシソウ」
その瞬間、イアスが頭を抱え苦しみ始めた、魔力がイアスの中へと逆流していく、アリスとミーナの方へと腕を伸ばした、そして口だけを少し動かし急に糸切れた人形のようにその場に倒れ静寂が訪れた。
そして力尽きるように二人も気を失い、その場には少女が三人だけと頭の無い男の死体のみとなった。
少しして異変にギルドマスターが気が付いたらしく現場に現れ惨状を目の当たりにした、他の者たちへは箝口令を出し証拠を残さず違和感の無いように更に汚し少女達を運び出し長い夜が終わった。
鳥の鳴き声が聞こえてくる、慌てて目を開けて体を起こす、全身に走る痛みで悶えてしまう、何でこんなに痛いのか分からないが此処が自室だと言う事は分かった。必死に昨日の夜あった事を思い出す、アリスとミーナを助けに向かったが愚策で男に何かされた所で記憶が途切れている。
必死に思い出そうにも完全に空白で何も思い出せない、体が痛いがアリスとミーナの無事かどうかを確かめないと居ても立っても居られない、体動いてよお願いだから。
ベットから転げ落ち床を這って扉へと向かう、痛みに慣れる為無理やりに体を動かし立ち上がる、痺れる思考をも動かして廊下に出る、そこにはお義父さんがいた。
「イアス、戻れ」
「アリスと、ミーナは?」
「無事だ、傷も残らねぇしもう元気だろうよ」
ホッとしたら体の力が抜け床に伏してしまった、激痛が先程よりも悪化したのか身動きが取れそうにもない。呆れたようにお義父さんが抱え上げベットまで戻してくれた、本当に優しくて誇れるほどの存在だ。
あっちの世界では最初から父が居なかった分、どうしても甘えてしまう、もう年齢的には二十八だろうが心の成長は何処かで止まったのかもしれない。
そんな事を考えていると、額を撫でられた、嬉しい反面何処か寂しさすら感じてしまうのは何故だろう。
「イアス、お前…魔王だろう?」
言葉を理解するのに時間が掛かった、何も言い返せない、嘘で誤魔化せる相手じゃない、何も考えられずにただただ黙っていると大きく笑い今度は頭撫でてくれた。
「正直だな、本当にお前ってやつは…あのなイアス、お前が何であれ俺が育てるって決めたんだ、魔王だろうが何だろうが俺の娘に変わりはねぇんだ、だから気負うな、親子だろ?」
その笑顔は温かくて優しくて自然と涙が溢れてきた、抱きしめられてお父さんの胸を借りて思いっきり泣いた、今まで溜め込んで来た物全て吐き出すように。
ありったけ泣きつくし終わると父が今度は真剣な顔つきへと変わる、深刻と言った感じだろう。
「言いたかねぇが直ぐに旅に出ろ、そしてお前の中にある何かを制御できるようにしろ、でねぇときっと平和なこの世界が終わる…昔感じた暴れ狂った魔王の魔力に似た物をお前の中に今は感じられる」
体内に目を向ける、元々それなりにあった魔力の量がごく微量だが徐々に増えて行く感覚とその奥に何かがあるのが分かった、それに加えて目が痛い、あの男が使っていた変な眼がそのまま私の物になった様で気持ち悪さすらある。
「でも旅に出ろと言われても」
そう言いかけた最中部屋の扉が開いた、そちらに振り向くとアリスとミーナがいた、しかも何故か旅支度を終えたと言った感じで佇んでいる。
ミーナに関しては本来ならすでに旅立っているのだからわかるがアリスが身支度を済ませている理由が皆目見当もつかない。
「話は聞かせて貰いましたわ、盗み聞き何てはしたない真似して悪かったけど」
「その旅なんですけど私達も同行させて貰えないですか?」
急な展開過ぎてついて行けない、私だけを置いてけぼりにして話を勧めないでもらいたい、こちとら昨日の記憶すら曖昧なのに。
でも、彼女達の風貌を見るに傷は本当になさそうでようやく胸を撫で下ろせそうだ、でもそれを考えると誰が二人を助けたのかと考えてしまう。
「お前さん達、体はもう良いのか?」
「はい、お陰様で完全回復しましたわ」
「あの時ギルドマスターさん達が助けに来てくれなかったら私達此処に居ませんからね」
話が見えてきた、私が倒れたのと同時がそれ位に父や他の人が私を含めた三人を助けに来てくれたのだろう、それなら話の辻褄もあう、流石私の父なだけはある。
一人で頷いているとアリスとミーナが駆け寄ってきた、手を握り私の眼をまじまじと見つめる、急な事に驚き少し体を逸らすがそれでも見つめて来るし顔が近い、キスでも出来そうな距離で吐息が当たる、無駄に心臓が激しく動き頭がクラクラしてくる、モテ期でもついに来たか。
そんな事を考える暇もなく顔を離された、助かったけど惜しかったとも感じてしまい頭を左右に振り考えをリセットした。
「私たちにイアスを預けてくれません?」
「一人の友人として、親友としてお願いします」
少しの沈黙、固唾を飲んで見守る、すると溜息を父が漏らし根負けしたように首を縦に振った。
嬉しそうに飛び上がり手を合わせグルグル回り出す二人、そこまで嬉しい事かと思いつつもこれで別れずに済む、自然と薬指の指輪を撫でてしまう、出発は明日の朝と言う事になり私は安静にしそのまままた目を瞑る、急でドタバタとした展開のまま釈然としない魔王としての旅が始まろうとしていた。