思い出作りと町巡り
実に充実した一年間を送れたと思う、冬に体験した経験は私をもっと成長させてくれた、それに魔法に関しての知識や技術を再度学び直すきっかけにもなった。
アリスとミーナも陰で努力している事を何処からか嗅ぎ付け、負けじと私の数倍頑張ったらしく一か月に一度行われる筆記と実技のテストで数回二位や三位に落とされたのは、今後一生忘れられない屈辱ランキングの上位に入るだろう。
それでも、首席の座は私が最後の最後で死守し今日、聖ルイン学院を卒業するのだ。
名前を呼ばれ登壇する、手渡された卒業証書にはしっかりと首席で卒業と記されておりガッツポーズを心の中でキメる。頑張っただけその見返りがあるのは素晴らしく感じる、頑張っても残業代カットされてた生活とはまるで違う。
降壇し席に戻る、徐々に他の生徒の名前も呼ばれ無事卒業式は終わりを迎えた、そして終わり次第入学式が執り行われるらしく足早に学院を後にするようにと先生方に言われ涙もへったくれもない感じに下校となった。
ハンカチを絞れるほどに泣き散らかしたお義父さんはと言うと、涙を拭き終え「友達と遊んできな」と背中を押してくれた。校門に向かうとアリスとミーナが立っていた、遅くなったわけでも無いが何処かアリスは不機嫌そうだ。
「首席おめでとう、イアス」
察した、どうにも最後の試験をアリスが体調不良で欠席さえしていなければ私は首席じゃなかったらしいのだ、それ位の僅差で私は危なかった、勿論そのアリスが欠席している状態で私が何かの理由で欠席などしていればミーナが首席だったとの事。末恐ろしい努力家達だ、元々頭が良いのに更に努力する当たり努力の天才と遠回しに貶して置こう。
「首席卒業は出来たけど結局夢も何もかも決められなかったから、暫くは浮浪人になりそうだけどね」
「そうなんですか、私はもう旅に出る支度が出来てるので、明日か明後日には旅立つ予定です」
ミーナは希望通り旅をし将来の夢をかなえる為魔女を探すらしい、魔女になるにはある一定以上の魔法技能と知識、魔力量、それに加えて素質を兼ね備えなければいけない、元々素質は認められており技術と知識を努力で補い無理難題を押し通して見せたのだ、後は最終課題である魔女に弟子入りをするだけ、そして魔女自らに魔女になる事の許可を得られれば正式に魔女を名乗れるのだ、勿論その際に特別な二つ名をも貰えるらしい、荒れ地の魔女とかでなければ私も欲しい、カッコいいし憧れる。
「ミーナは凄いね、それでアリスは何するんだっけ?」
「え、私?えっと」
「もしかして…決まってない?」
ビクッと体を震わせたと思ったら体丸ごと背を向けられた、あの上流階級育ち、侯爵家生まれのアリスがまさか職もなく過ごすわけが無いだろう、あっちの世界で言うニートになる貴族が誕生してしまうのか、恐る恐る肩を軽く叩く。ゆっくりと此方に振り返る、そして私の肩を震える手で掴み顔を上げた。
「イアスさん、貴方の住んでるギルドって仕事とかあるかしら?」
違和感バリバリの敬語で鳥肌が立ってしまう、アリスに限ってと思っていたが話を聞くとどうやらこの世界現在就職難らしく何処も口を隠して仕事をさせてくれる場所が無かったらしい、泣く泣く家にそのことを伝えた結果「家に帰ってくるな、恥知らず」と突き放され卒業後は無職らしい。
可哀そうだが、口に関しては譲れないとしてプライドを優先した結果故に仕方ないだろう、私は可愛い口を公に晒さないのが不思議で仕方が無いが、私だけが可愛いのを知っていればいい気がするのでそのままでいて欲しい。
お義父さんに相談すればきっと仕事のあてはあるだろうが、それで本当に良いのだろうかと考えてしまう、私自身家の手伝いをして時々依頼でもこなせれば生きてはいけるとは思うが、魔王として考えると非常にまずい気がする。
ミーナの様に旅をして世界をめぐり力を蓄え出会いと別れを経験し魔王としてのレベルを上げる、これが今必要な事なだと、そう思えてきた。
でも、それには大きな壁がある、お義父さんが絶対に許してくれないだろうという点、そこさえ突破できれば晴れて冒険の旅へと足を踏み出せるが、お義父さんの顔を考えるだけで頭が痛い。
「イアス?どうしました?」
「ちょっと、何ボケっとしてますの?」
「あーいや、何でもない、アリスの件は家に帰ったらお義父さんに聞いてみるね」
今はその事は忘れて卒業祝いでもしよう、近くに出来たばかりの喫茶店へと足を運ぶことにした。
学院から徒歩数十分程の所、大通りに面したそこはつい先日オープンしたばかりの喫茶店、異国のお茶を取り扱っており新鮮さと何でも"飲んだら忘れられない味"を売りにしているらしい。
扉を押し中へと入る、こじんまりとしていて落ち着けそうな店内、雰囲気は満点、店員さんに案内されるがまま奥の方の席へと通され席に座る。
「初めて入ったけど、初めてって感じがしないね此処」
「そうですね、何処か懐かしさを感じてしまいますわ」
「私もそう思います、何ででしょうね?」
壁に掛けれらた木のメニューを見る、目を疑ってしまった、緑茶という見慣れた表記があり目を擦り再度見る、でもそれは紛れもなく文字はこの世界の物だがしっかりと緑茶と書かれていた。
半信半疑で取りあえずそれを頼むことにし、アリスは紅茶でミーナはハーブティーを選んだ、テーブルに運ばれてきて飲んでみて判断しよう、もしそのまんまあっちの世界の緑茶であればきっとこの世界には日本か周辺国に似た地域が存在することになるだろう。
期待に胸躍らせ、窓の外を眺める、一年間と言う年月が過ぎ私も成長した、背はちょっとだけ伸び胸も何だか大きくなった気がする、元々大きかったのが無くなった分肩こりもなく悠々自適に暮らせている点に関しては嬉しいが、既存にあった物が無くなると悲しくもなる。
ため息をつきアリスとミーナを見る、見事に大きい、羨ましいとかは思わないがなんだか無性にむかむかしてくる。
隣にいたミーナの胸を人差し指で突っついた。
「ひゃ!?」
あら色っぽい、店内に響いた声、そしてその声の方へと振り向いたお客一堂、静まり返る。
アリスに思いっきり頭を叩かれた、痛み以前に女子同士のスキンシップでこの仕打ちを受けるのは如何せん不服だ。でもミーナの顔を見ると真っ赤だ、明らかにセクハラ的な行為だったのは認めるが、初心な一面が見れて私は楽しい。
そう言えばと学院生活で色恋沙汰に関してマジで何もなかったなぁと振り返ってしまう、青春生活とは程遠いかったせいではあるとは思う、それでも私自分で思うのもアレだと思うが可愛いとは思う、それなにのに男性の一人からも告白やラブレターを貰った経験が無いのは何故なのだろうか。
思考回路が何処かオジサンとかそっちに寄っているせいか、そう言えばアリスやミーナとそういった話をしたことが無かった。
「そう言えば、二人って誰かに告白とかラブレターとかって貰った?この一年間で」
「え、いや、貰いましたわよ…結構、まぁ全部断りましたけどね、私に釣り合う男性は少ないですから」
「私も貰いましたし告白も数回ありましたけど、今は考えていませんと全てお断りしました」
格差社会だ、胸がいけないのか大きければ良いのか、二つの山に盛り土をした平原では勝てないのか、嘆きたくなる。そんな事をしているとお茶がテーブルに運ばれてきた、二人はティーカップ、私の緑茶に関しては湯呑だ。
飲む前から既に日本に近い文化圏があるのが分かった、ゆっくりと口に運び飲む。
すると懐かしさで涙が出てきた、この世界に来て久々にあっちの世界の味を堪能する、日本人の口にはやはりお茶だ、優しくそれでいて味わい深い。和の心が詰まっている、もう一杯飲みたくなってしまう。
「泣くほど美味しいですか?」
「うん、懐かしい味がして」
「へぇ、ちょっと飲みたくなってしまいますわね」
少し飲ませてあげると感動していた、新しい発見をした時の私の様に目をキラキラさせていた。
こうやって彼女達と交流しているとこれから顔を合わせる機会も減ることが嘘のように感じられる。
ミーナとは特にだ、明日か明後日には旅立ってしまうと言う事は暫くは会えないと言う事だ、寂しくなる、永遠の別れではないとは分かっているがそれでもほぼ毎日挨拶を交わし勉学を共にしてきた親友と離れるのは嫌だ。
つい手を握ってしまう、ミーナの目を見つめる。
「寂しそうな顔しないで下さい、またいつか会えますよ」
「その通りですわ、親友は決して切れない糸で結ばれてます、別れてもいつかその糸がめぐり合わせてくれますわよ」
「そう、だよね、また会えるよね」
握る手を離してお茶を少し飲む、若干気まずくしてしまった空気のまま会計を済ませてお店を出た。
そして良い事を思いついた、アクセサリーショップへと二人の手を引いて足早に向かう、まだ思い出は作れる。
小洒落た佇まいのお店へと着き中へと入る、事情も説明せずにつれて来たので取りあえず手を放し説明してあげることにした。
「三人で同じアクセサリーを買いたいくなったの、そうすれば寂しくなっても大丈夫かなって」
我ながら結構良い案だと思う、形ある物の方が身に着けられるしきっと大切にできる。
「名案ですね、なら選びましょうか」
「私が身に着けても恥じない物を選んであげますわ」
それぞれにお店の中の物を手に取り吟味していく、品揃えは良くどれも綺麗で目移りしてしまう程だ。お店の奥へと向かう、値段も見ずに良さそうな物を手に取って中央へと戻ってくるとそれぞれアクセサリーを手にして戻ってきた、発表会形式でそれぞれ見せあう。
「まずは私のからですわ」
アリスが持ってきたのは三色の丸い宝石があしらわれた綺麗なネックレス、それぞれ私たちの髪の色を元に選んでくれたのだと一目でわかる、それに少し恥ずかしいのか頬が赤い、そこも加点だろう。
「次は私のですね」
ミーナの持ってきた物は何も嵌っていない金の指輪だ、シンプルイズベスト、これなら指に付けていられる分長くその存在を感じられそうだ、それに結構自信があるのか胸を張っている、減点かもしれない。
最後に私の番だ、期待の眼差しは苦手だが選んできた物を見せる。
「イヤリング?」
細かい金細工が施され、白く澄んだ宝石の中に緑と黄色の宝石が泳いでいるかのようにはめ込まれ精巧に作れれていた。
「そう、ピアスか悩んだけど痛くない方が良いかなって」
「それにしても綺麗ですわねそれ…ちなみに値段は?」
「見て無かった、ちょっと待ってて」
値段を見にお店の奥へと戻る、置いてあった場所の値札を見て口元抑えてそっと戻した。
想像していた桁の三つほど上だった、三人の貯金を合わせても無理だろう。
「あれ、どうしたんです?」
「いやぁ値段がね…ははは」
「じゃあ私のとミーナのどちらかですわね、どうせならイアスが選んだ方にしましょう、発案者ですし」
急に全責任を押し付けられた気がする、言い出しっぺの法則だ、どちらも綺麗だし選びずらい、どちらも買うという選択肢は優柔不断だと言われそうだし、頭を捻り悩み、決めた。
「ミーナの方にしよう、理由は常に身に付けられてアリスとミーナを感じられると思ったから」
アリスの顔を見る、悔しそうでもなく何処かホッとしたような顔色だった、お店の人に名前を彫れるか聞いてみた所出来ると言う事なので三人の名前をそれぞれに掘って貰った。
出来上がり早速指を通して見る、少し大きいが魔力を流すとぴったりなサイズになった、どうせならと思い左の薬指にと思ったが若干気恥ずかしい。
「結婚した人みたいですね、私たち」
「えぇ、いざ付けて見るとちょっと恥ずかしいですわね」
何故か二人も薬指に嵌めており雰囲気的に今更ながらに外すのは出来なくなってしまった、取りあえず形になる思い出は残せたので少し満足できた、自己満足に他ならないがアリスもミーナも喜んでいるので連れてきて正解だったのだろう。
そしてお店を出ると選んでいる間にお昼時だ、お腹の虫が騒ぎ出す。
「じゃあ次はお昼ご飯食べに行こう」
「そうですね、じゃあ次は私のおすすめの場所に連れて行っても大丈夫ですか?」
「問題ないわ、どうせ夜まで一緒なんですから」
顔を見合わせて大通りを歩いて行く、思い出作りはまだ終わりそうにもない。