成長と小さな冒険
人の一生は短いと思っていたが転生してエルフなった為、今私の平均寿命は七千歳、長寿で一万を軽く超える人さえもいるらしい、人間に関してもこの世界インファースでは平均寿命は五百歳、長く生きて千歳だそうだ、これも全てレベルの概念のおかげだ、知識や経験を蓄えレベルを上げると身体的に成長はすれど老化には至らない、寧ろ逆行する人さえいるらしい、またこの世界の事が少し分からなくなってきた、そんな適当な事と向き合う冬休み。
一年間と言う日数で知識と技術と体力を叩きこむ学園にしては長期休暇を設けているのはどうなんだろうか、薄明りのギルドホールは活気が薄れている。いつも以上に人が居ない、常時どんちゃん騒ぎをされて居ても二階で暮らしている私の迷惑になるから止めて欲しいが嫌に静かだと、何というか落ち着かない。
カウンターに向かうと受付をしているアン・メアリさんが笑顔で出迎えてくれた、長い金髪を編み込み頭にスカーフを巻く、緋色の瞳は今日も元気一杯を体現している。緑が基調のエプロンドレス姿も似合っていて百点満点をあげたくなる。
「どうしたの?イアスちゃん」
「今日はやけに静かと言いますか騒いでいないなと思いまして」
「あー、マスターから聞いてませんか?」
事の全てを聞かされた、冬場は森に面した草原や山で魔物が凶暴化する為その討伐に向かっているらしい、その依頼の報酬が毎年割高となっている為こぞって参加するとの事。要するに稼ぎ時に稼ぎに行っている感じだ、私も連れて行って欲しかった、数ヵ月努力に努力を重ねた結果ようやく魔王になる際に貰った「創造」だけ使えるようになったから腕試しをしたかった。
一応使える程度だからイマイチ安定性には欠けるけど、それでも昨日は鉄の短剣は作り出せた、切れ味は抜群で薪を試しに斬ったが紙を切る感覚で一刀両断できた、だが強度に難があるのか一太刀で壊れ魔力の塵になり消えた。
どうにも今だに分からない、創造もそうだけど「破壊」や「時間」に関しても使用方法などが分からない為使用できるようになるのは何時になる事やら、それでも第一歩は踏み出せた気がする。
取りあえず静かな理由が分かったので部屋に戻って読書でもしよう、階段に踏み出した時ギルドの扉が開いた、振り返るとアリスと休み前に友達になったフィリア・ウォン・ミーナが入ってきた。
ミーナとの出会いは突然だった、昼食を取ろうとしているとアリスが連れて来たのだ、結果としておっとりとした彼女とは自然と打ち解け、友達となっていた、それに目指す物が珍しく医療術師か回復魔法を生業とする魔女になりたいらしい、家族からは猛反対されているが卒業を機に旅に出るらしく今は資金を貯めているとあの性格の彼女が熱く語ってきたのは今でも印象的だ。
薄緑色のぱっつん前髪、すらっと伸びたストレートロング、目元は少し垂れ糸目で総括すると聖母だ、フード付きのクラシックなメイドドレスのような服装にロングブーツの組み合わせ、そして風で捲れチラッと見えた白いタイツは素晴らしいと拍手を送りたくなる。
それに比べてアリスは結構地味だった、中世ヨーロッパの貴族と言う感じ、黒を基調としたロングシャツに羽織物一枚と白いフレアスカートにレース、腰には太めのベルトが巻かれ、そして何と素足にブーツ、窓の外を眺めるとそれなりに雪は降っている、でも素足だった。
そして二人を見比べれば当然だがアリスは震え、ミーナは余裕と言った感じ。
「イアスちゃんお久しぶりです」
「そうだね、てかどうしたの?」
「そ、れ、よ、り、も」
駆け足で暖炉の近くにアリスが走り駆け寄った、生き返るかのように溜息を吐きながら動かなくなる。苦笑いしかできない、その格好で今の季節の外出は無理がある、せめてもう少し厚着すればいいのにと思ってしまう。
暖炉近くの椅子に座り話を聞くと、どうやらギルドの依頼を受けに来たらしく簡潔にすると資金稼ぎだ、学生の内は危険な依頼はこなせないがコツコツとこなしているらしくもう既に数十件ほど依頼を達成しているとの事、でも一人では受注すらできない物もある故にアリスと一緒に誘いに来たとの事、読書何て後で幾らでもできるが依頼に関しては時の運だ。
既に依頼に関しては事前に予約してあるとの事で私の返事次第で直ぐに出発できるらしい、返事ななんて決まっている。
「ぜひ参加させてください!ぜひ」
手を取りブンブンと縦に振る、準備をする為に階段を掛け上がり部屋に入ると直ぐに身だしなみを整える、依頼内容を聞いていないがきっと魔物の討伐とかの少し危険な依頼だろう、ワクワクしてしまうのを抑えつつバックに荷物を詰め込んでいく。
大きなものや大事な物に関しては「異袋」に詰め込む、自分の魔力量に応じて大きくも小さくもなる異空間につながる便利な穴だ、人は原則入れてはいけないらしい、過去に入れて出てこれなくなった事例があるとか無いとかで結構怖い。
武器に関しては一応短剣二本と長剣一本に方陣を刻み込んだ石数個と腕にスリングショット、これで足りなくなることは無いと願いたい。
準備を整え終わりホールに戻るとしっかりと解答されたアリスとミーナが準備万端と言った感じに佇んでいる。
「よし、じゃあ行きましょう」
気合十分、扉を開けて外に出る、突風に体温を一気に奪われ一瞬でやる気が下がった。
ミーナに案内されるがままについていく、アリスはどうやら私たちがしているタイツなどは嫌いらしいので持っているだけで体が仄かに温かくなる不思議な温石を渡した、お義父さんがくれた物だから依頼が終わり次第返して貰うという条件付きだが、何とも幸せそうだ。
町の端に当たりまでくるとミーナが歩くのを止めた、現地に着いたのかと思えば地面を触り何かを探し始める。
「依頼ではこの辺りに入口があるとのことですけど」
雪をかき分けて探して見ると木の蓋のような物が現れた、魔力を流すだけで動く仕掛けらしくほんの少し流すと雪の重さを感じさせぬように軽々と持ち上がり入口が露になった。
それと同時に嫌な臭いもする、そう言えば依頼の内容を聞きそびれていた。
「ミーナ?そう言えば依頼の内容って」
「あ、説明し忘れてました、何でも最近地面の中から変な音がするという報告が相次いでいたらしくその調査です、もし原因を発見し排除できた場合は倍の報酬が約束されてます」
嬉しそうに両手を合わせて浮かれているが、どう考えても下水の調査兼悪さでもしている魔物の討伐だ。アリスの方に目線を向けると入りたくないというオーラが滲み出ている、私も出来れば入りたく無いがミーナは目をキラキラさせておりとても今断れそうにない。
女は度胸だ、鼻で呼吸しない様にしながら暗い階段を下っていく。
中は思った以上に暗く勉強で始めに覚える魔法「光源」発動しないと足元が見えない、そもそもが外からの光を一切入れていないので明るくても怖いがほんの少しでも縦穴でも作って光を取り入れるぐらいして欲しい。
それにかなり入り組んでいる、町長から古い地図を貰ったらしいがもし一人で迷ったら出られるかどうか分からない位今どこにいるのか分からない。
先頭のミーナの背中を頼りに歩く、すると小さくカツっと音がした、背筋が伸びる、先程以上に慎重に小さな通路を歩いて行くと更にカツっと先程よりも大きな音がした。
アリスの手を取り「潜伏」を全員に掛けて光源を消す、音の方へとゆっくりと近づいていく、若干暗闇に目が慣れてきたが一応「猫目」を掛ける、はっきりと暗闇でも目が見えるようになる魔法で一応本来の猫の様に暗闇では光らない、カツっ更に音が大きくなる、曲がり角から覗き見ると小さな人らしき存在が壁を石で叩いていた。
「どうする?」
「感電させてその隙に縛り上げましょう」
「了解、感電させるのは任せて」
スリングショットを取り出し方陣を刻んだ石を引っかける、狙いを定め放つと見事に後頭部らしき場所にヒットし紫電が周りを照らす、痺れ動けなくなった存在をミーナが魔法のロープで縛り上げアリスが手をかざし何時でも魔法を放てるようにし無事終わった。
「ナイスショットですわ、イアス」
「ふぅ、FPS苦手だったけど上手くいってよかった」
「えふぴー?何ですかそれ」
「あー何でもない何でも、取りあえず犯人捕まえたしこれで良いんだよね?」
「ですね、でもこの子どうします?」
捕まえたのは小さな男の子だった、ボロボロのマントを纏い体中も傷だらけ、一体なんでこんな場所にいたのかさえ分からない。石で壁を叩いていた理由に関しては不明だが、少し引っかかるので叩いていた壁に手で触れてみる、何処か此処最近に魔法か何かで固められたような感触がし手を放し拳に魔力を集める。
「イアス?」
「ちょっと離れてて」
腰を落として目の前の壁に狙いを定める、一気に拳を突き出し壁へと正拳突きを放っていると一気にヒビが走り崩れ小さな通路が露になった。それに何故か松明が壁に掛かっており明るい、人が居るのであれば今の音で出てきてもおかしくはないが人の気配はない。
「これは、どうしましょうか」
「ミーナ、この子を回復させつつ入り口まで引き返せそう?」
「えぇ、それは可能ですけど…もしかして進むんですか?」
無言で首を縦に振る、この子がこんなにボロボロになるまで壁を叩いていた理由が知りたい。
「地図は渡しておきます、私はもう帰り道だけでしたら頭に入ってますので」
「ありがと、アリスはどうする?」
「言うまでもありません、一緒に行きます」
こういった場面では心強く感じる、ではと二手に分かれてそれぞれやれる事をするだけだ、明るい通路を静かに進んで行く、入り組んではおらずただただまっすぐな通路が続く、後方はアリスに警戒させ暫く進むと少し広い部屋に出た、天井から水滴が落ち続け水音を響かせている。
足を止めて周りを見渡すがこれと言って何もない、奥の方に更に通路が続いているのか入口がある、先に行こうと足を進め踏み込む直前で悪寒が走り後ろに飛びアリスを巻き込み倒れ込んだ。
「いったぁ、何するんですの?」
「アリス見える?」
手を繋ぎ今自分が見えている光景を見せると、アリスの顔色が悪くなる、私もしそのまま進んでいたら右足を失っていただろう。目に魔力を集中させると見えて来るのは方陣魔法が至る所に組み込まれたいわばトラップルームだ。
しかもどれもこれも命に関わる物ばかり、でも慎重に避けながら進めば行けないこともない。
手を繋いだまましっかりと道を見据えて足を動かす、少しでも触れれば発動するだろう、感覚としてはイライラ棒をしている気分だ。
数分間の死闘の末次の入口へとたどり着けた、息が切れてしまう位に目に魔力を集中させた結果としては視界がぼやけてしまう。これで終わりなら良いがもしまだ他にも続くと考えるとかなりキツイ、アリスを見ても疲労が手に取るようにわかる。
「帰りたいとか思ってないでしょうね?」
見透かされたが、空元気で首を横に振る、私は魔王だ、この程度で弱音を吐いている暇はない。この通路の真相を確かめてギルドに帰る、気持ちを切り替えて松明が燃える通路を進みなおす。
暫く歩くと金属の擦れるような音が聞こえて来た。
息を殺し潜伏を発動した状態で通路を進んで行くと円形の広場に出た、そして五人ぐらいの盗賊らしき存在が木の椅子に座り壊れかけの木のテーブルの上でオイルランプに照らされたお金を数えていた。
壁沿いには何故か牢屋が点在しており子供が二人程中に入っている、救出したいが今は目の前にいるこの集団をどうやって倒すかを考えなければならない。
アリスに目配せと手で軽い指示を出して二手に分かれる、足元に落ちている石を拾い壁沿いに進みテーブルの上に置かれているオイルランプ目掛けて投げつけた。見事に割れると一瞬暗闇が部屋を支配した。
「飛電」
複数人目掛けて電気を飛ばす、猫目で当たったかどうかの判断をするが二人程に避けられ、一人は此方に向かって剣を抜き走ってくる。
一瞬の動揺を振り払い掌を広げる、ポケットから石を取り出す暇はない、想像するのは今目の前にいる存在を倒せる、大気中の魔力と体内の魔力を掛け合わせ瞬時に小さな石を創り出した。
素早くスリングショットで創造した石を放つ、空中でそれは小さな火の玉となり避けた一人に直撃した、「火球」を封じ込めた石、それなりに熱く痛いが致命傷にはなりずらい、そして避けたもう一人はアリスが逃がさず捕まえ上手い事全員捕まえられた、逃げられない様に縛り上げ牢屋の鉄格子に繫いでおいた。
ハイタッチをし光源を使用し改めて見渡すがどうやらこの盗賊たちのアジトっぽい、古ぼけた木の棚に盗んだのであろう金品や本が残っており部屋の奥に階段が見える、恐らくはそこから外に出られるのだろう。
一息つき取りあえず牢屋の鍵を盗賊たちの懐から探し出しい鍵を開ける、手枷足枷を付けられいた少女と少年から外してあげ持ってきていたポーションを少しづつ飲ませてあげた、弱っていたがどうにか持ち直してくれたようだった。
それにしても町の地下にこんな牢屋が存在していることに驚かされた、町の歴史について記された書物には一切の記述は無かった、仮設しては大昔に使われていた監獄かそんな所か、考えるのを一旦止め取りあえずこんな薄汚れた場所に長居をしたくないので子供たちを抱き抱えて出口だと思われる階段を上っていく、外に出れたら縛り上げた盗賊たちの処遇は警備兵に決めて貰おう。
「それにしても腕前上げましたね、イアス」
「そりゃ日々頑張ってますからね」
ふふんと得意げに鼻を鳴らす、階段を上り落とし戸を押し上げて見るとそこは埃まみれのボロ屋だった。ここから出入りしていたのが明白に分かる足跡の形に埃が無い場所がある、取りあえず扉を開けて外に出るとそこは大通りに面した場所だった。
予想していた場所では路地裏やもう少し影の多い所だと思っていた分呆気に取られてしまう、大胆不敵が似合う盗賊だったなぁ。
アリスと目を合わせギルドへと急いで戻る、その後は大変だった。
子供達を連れて帰るとミーナとお義父さんが戻っており事情を説明し少年と少女の保護をすると狩りを終えたばかりだと言うのに鬼気迫るようなギルドメンバーが教えた場所へと向かって行った。数分で盗賊集団を抱え一度ギルドに顔を出した後、町の警備兵に渡してくると言いまた出て行った。
そしてメアリさんに鬼の形相で怒られた、それはもうこっぴどくギルドハウスが揺れるぐらい怒られた。そして優しく抱きしめてくれた、無茶をしてしまったのだと分かりしっかりと謝った。
ミーナが連れて帰ってくれた少年はどうやらあの場所から逃げ出し、連れてこられた時に見た場所から助けに行こうとしたが通路を塞がれ入れず石で壁を叩いていたと言う事だった。
無事に助けられて良かった、依頼に関してはもう一つの行方不明の子供の捜索も一緒に達成させたので数倍の報酬が支払われた。
ミーナの旅の資金にして欲しかったので取り分は、私が一でアリスが四でミーナが六と言う事で無理やり受け取らせた。私は今回の小さな冒険で得られた経験だけで十分な位だ、自信にもなったがそれと同じ位怖かった、もし失敗していたらどうなっていたのかと考えると今でも手が震えてしまう。
今日の成功と感じた恐怖を糧にして成長し続けてやる、私は魔王イシュアマノスなのだから。




