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魔王は静かで平和な世界の夢を見る  作者: 柊司
魔王は無知でチビな自分の夢を見る
3/12

理想と現実と希望

 魔王としての目覚めは気持ちがいい物じゃなかった、誰でも最初から強靭で無敵で最強な存在として転生らしき物が出来ると思ってしまう、でも現実問題として私は現在頭から角が生えた熊のような生物から全速力で逃げている。




 野原にただ寝転がっている状態で目が覚め、まず異変に気が付いた。想像していた体とは随分とかけ離れていた、年齢にして十四歳ほどの少女の体で耳が長く色白のエルフ当たりだとは分かった、でもどうにもドラグさんの説明とは違う気がする。一応服を着ていた点に関しては有難いけど、何処の誰がこの服を見繕ってきたのか小一時間ほど問い詰めたくなる、ぼろ布一枚って。

 それにしても私の体は既に私自身の記憶の中にある一番良い体で作り変えられとか言っていた、私が想像したのは勿論あの魔王になったエルフの女性だ、白髪で黄金の瞳、大柄な身長に加え筋肉などはあまりなく真珠のような肌と体の曲線美が光る、右目の傷や体のあらゆる場所に着いた傷などは一体何処にいったというのだろうか。

 もしかして転生する際に不手際が起きてしまったとかだろうか、野原に座り取りあえず考える。吹く風が気持ち良いし漂って来る香りは癒される、考えるのには向いてない場所だと言う事だけは分かった。

 何処か一息つける場所はと辺りを見渡して見ると、ちょこんと野原の奥まった場所に変な石造りの台座が目に入る。近づいて確認して見ると何やら文字が刻まれた石碑のような物が立っていてその前にお花が添えられていた。お墓か何かかと疑いつつも取りあえず文字が読めないと言う事だけが理解できた。

 石碑にもたれ掛かる様に座り目を瞑る、すると体の内側を覗き込むような視点となり体の外へと大量の何かが漏れ出しているのが分かった、収まれ収まれと念じて見ると徐々に収まり漏れ出す量が減ってくれた。

 今漏れていたのは魔力かそれに通じる物か、仮定のみが積み重なり現実世界ではあまり感じなかった知識欲が無性に高まってくるのを感じる。

近くに町でもあればいいけどなぁ、などと考えつつ野原を抜けて森へと入ったのが愚策だった。

食事中の頭から角の生えた熊らしき生物に追われる羽目になったのだから。




 森の中を闇雲に走るのは遭難する原因なのは知っている、でも追いかけられててそんな事を心配している場合ではない。転生してまだ数時間で何の知識もなく文字すら読めないちんちくりん魔王が既に死の淵に立たされているのは非常にまずい。

「うん、まぁ私なりに頑張ってみるよ」って言った矢先にこれではドラグさんに何て言い訳すればいいのだろうか、足音がかなり近づいてきている、寧ろこれだけ逃げれているのは魔王として運動性能が上がっているおかげとしか考えられない、私運動音痴だし。

 息切れぎれに木を掻い潜り枝葉をかき分け無我夢中で走る、何処からか声が聞こえてきた、助けて貰えるかも分からないけど取りあえず方向を変え声の方へと足を突き動かす、今の私の足はエルフ族最強の足だ。

 思い浮かべたワードが何かに反応したのか今まで感じていた疲労と足の重さが嘘のように無くなり、まるで自分の足じゃない様な軽さになった。これなら追いつかれない、確信をもって加速する、後ろ髪を熊らしき生物の爪が掠ったが数秒の内に森の中に置いてけぼりだ。

後方を確認しても既に姿は見えない、ゆっくりと速度を落とし止まり木に手をついて息を整える。

 途中感じたあの感覚、魔法か何かを発動できたと考えるべきだろう、必死過ぎて結局使用方法は分からずじまい。溜息をついてしまう、これが魔王としての初戦闘で初逃亡だと考えると情けなくなってくる、でもどちらかと言うと此方に送る前に魔法とか力の使い方の少しでも教えておいて欲しかった。


 グチグチと考えていても埒が明かない、取りあえず近くでまだ人間らしき話し声が聞こえて来るのでゆっくりと慎重に距離を詰める。もしエルフだどうだで捕まりそうになったら逃げないといけない、小説やアニメとかの見過ぎだが注意深い事に越したことはない。

「どうか私の事を見ても逃げたり捕まえたりしませんように」

小さく呟き、抜き足差し足、木の影から様子を窺う。

 どうやら廃屋の中で何かしている様だ、ボロボロな木造だが中は見えない、でも声は若干聞こえてくるし何やら言い争っているらしい。男の声が二人、女の声が三人、詳細な会話が聞き取れずモヤモヤしてしまう、若干開けているが彼方も私の事を視認できない筈、足音を出来る限り殺しつつ廃屋の壁にへばりついた。

 瞬間、体の周囲に何かが浮かび上がった、そしてそれは縄のようになり腕と足を縛り動けなくさせられた。突然の事に驚き地面の上でのたうち回る魚のようになってしまう、トラップ類の魔法か何かだ、警戒していたつもりだったが目視で確認できない物に今は対処のしようが無い。

「無念、私の冒険は此処で終わるんだぁ」

そんな事を考えていると廃屋の中から全員がぞろぞろと出てきた、思っていた以上に屈強な集団そうだ、思わず体が震えてしまう。

「あらら、こんなちっこいエルフの子が何で罠に掛かったんだ」

言語は分かる、それすら分からないかったらもう半ば諦めてた。

可愛そうに思ってくれたのか直ぐに魔法の縄は解かれ、一応自由にはなれた。

「助かりました、ありがとうございます」

「良いってこと、所でお嬢ちゃん何処の村からこんな危険な森に来たんだい?」

説明しずらい質問が来てしまった、地球と言う別の世界からこちらの世界に魔王として転生しましたてへ、何てストレートに言ったら多分人生が終わる。かといって嘘が苦手、変な汗が出てきてしまう、落ち着いて考えて返事をしたいが口籠ったらきっとさらに疑われる。

一か八か、通用するかどうかは五分五分の賭けに出る事にしよう。

「あの…私記憶が無くて…何処から来たのかどうして此処に居るのか分からないんです…すいません」

どうだ、テンプレート記憶喪失、いい方向に見積もって六割の人は信じてくれる嘘、そして凡そ次に問いかけて来る内容も把握済み。

「そうなのかい?名前は分かる?」

「イシュ・アマ・ノスだったと思います」

完璧だ、これで騙されてくれればもう言う事無しの百点満点の嘘になる。心の中の私が勝ち誇りガッツポーズをしているがまだ表には出せない、今は記憶を失い名前以外何も思い出せない可哀そうなエルフの少女のフリをするだけだ。

「んーどうしたもんかね?」

「はいはーい、私町のギルドまで連れて行くよ」

「えぇ…イクサが?」

「何その全く信用してない感じ、失礼しちゃうよ、それに依頼終わったじゃん、先にひとっ走りして帰るだけだよ」

イクサと呼ばれた女性、ショートポニーの様にまとめた赤髪で尚且つヘアバンドで前髪を押さえて純粋無垢そうで尚且つ馬鹿そうな顔つきに真っ赤な目、上から下まで軽装、一応ジャケットは羽織ったへそ出しホットパンツに腰に二本の長さの違う短剣、見た目的に職業やジョブはシーフかハンターあたりだろう。

何だか不安を覚える、きっとドジで間抜けな部類だ、きっと町に送るだけと言っておきながら面倒事に巻き込まれるタイプ。丁重にお断りをして出来ればお隣にいるカッコいいお姉さんに町まで連れて行ってもらいたい。

「てなわけでイシュ・アマ・ノスだからイアスちゃん町へお姉ちゃんといこーう、因みに私の名前はバハ・イクサね」

 拒否権なんてなかった、肩車されたと思えば常人とは思えない速度で走り出した、風圧で大事な衣服のぼろ布が飛んで行ってしまいそうだ。声を出そうと口を開けば空気が入り呼吸できなくなる、頭を叩いて止めよう物ならお約束的に急停止しそのままの速度でふっ飛ばされるだろう。つまり町に着くまでこの果てしない速度の中で耐久しないといけない。

熊らしき生物に殺されずに済んだと思えばイクサという馬鹿そうな女に肩車で殺されそうになるなんて全くもって運が無い、運が無いよ私は。




 何分何秒経ったか忘れたが町に着いて居た、この数時間のうちに色々と経験し酷く疲れた。

肩から下ろして貰うが足が馬鹿になってしまったようで生まれたての小鹿の様に震えてしまう、大の魔王がこの有様だとドラグさんが知ったらどう思うんだろうか、イクサの腰に手を当ててどうにかこうにか歩ける。

私が小さいからか町並みが大きく広く感じる、それでいてそれなりに発展している様だ。

基本的に家の作りは石で木は内装に使われている感じだろう、道も石畳が敷いてあり歩きやすいし交通の便も悪くなさそうだ、馬車が主流のようでご立派な物から質素な作りの物が町の中を行きかっている。

 こういう町からのスタートにして欲しかったとつくづく思う、無駄に角熊に追いかけられたり人間に捕まり嘘をつく羽目になったりイクサに肩車されて死ぬかと思ったりせずに済んだのに、町からスタート出来てたら。

それにしてもだ、町行く人々がどうにも私を見て来る、じろじろと言った感じではなくチラッという感じにだ。エルフが珍しいのかぼろ布一枚だけ羽織った状態が珍しいのか、どうにも気になって仕方が無いという風に思える。

「イアスちゃん、そう言えばお金とか持ってる?」

無言で首を横の振る、旅の駄賃も貰ってない、今更ながらに気が付いたが結構なハードモードスタートだったのでは、野原も一人布切れ一枚の無一文、ホームレスでももう少しまともな気がする。

「それに服も必要だしなぁ、後自分が得意な魔法とかも覚えてない?炎が使えるーとか」

「分からない…」

それに関しては純粋に分からない、能力として三つ貰ったけど今の所何一つ活かせてない、何処かで学べたり出来たら嬉しいが高望みだろうか。

「凄く困った、でも取りあえずギルドに連れて行ってから考えよっか」

能天気だけど良い奴だ、でも抱っこされたと思ったら町中でも全速力で走り出すしまつ、馬鹿も追加しておこう。



 ゴムが擦れる音を響かせ止まる、目の前にはそれなりに大きな扉を備えた建築物があった、見上げると首が痛くなる。盾に剣が突き刺さり盾にはどこかの国の国章が刻み込まれた看板が堂々としていた。

いざ、こういった施設を目の前にすると足が竦みあがりそうだ、手を引かれ大扉を開けて中に入ると急に何か飛んできた、慌てて頭を守る動作をすると私に当たることなく真っ二つになり地面に落ちた。


 見えなかった、イクサがいつの間にか両手に短剣を構えていたのだ、何時抜いたのかさえ分からなかった。

「ちょっと、危ないじゃん!いい加減にしてよ」

声を張ると急に静かになり暴れていたらしき人物たちもバツが悪そうに口笛を吹きながら近くの椅子に座った。どうやらイクサは結構名が売れている存在っぽい、良い人間に出会えて少しは運が向いてきたのかもしれない。

「マスターマスター」

「ん?イクサのチビか、どうした?」

「エルフ拾った」

私を抱きかかえマスターと呼んだ存在の方へと見せつけるように腕を伸ばす、全身真っ黒なフルプレートの鎧を着こみ背中には大剣と言って差し支えなさそうな位大きな鉄板が担がれていた。それに加えて身長何メートルだと言いたくなるほどでかい、私が小さいからさらに大きく感じるとかじゃない、そもそも種族が人間じゃない。こっわ、私足で踏みつぶされた一貫の終わりじゃないこれ。

「なっはっは、イクサおめぇまたやらかしたのか?」

「違うって、依頼を受けてそれをこなしてたら急に現れて、でも記憶喪失らしくて住んでた場所もどうしてあの場所にいたとかも思い出せないんだってさ」

無言で大きく首を縦に振る、髭を摘まむように兜の下を撫で少し考えている様だ。

 そして私の頭を雑に撫でて瞳を見つめるかのように頭を近づけて来た、正直怖いし何だか酒臭い。

再度大声で笑うと「よーし気に入った、ギルドで面倒見る事にする、おいオメーら、新人歓迎会開くぞ」と言いながらマスター呼ばれた男はジョッキ片手に部屋の中央へと私を引き連れていく。

何をさせられるんだと周りを見渡すと男女関係なく色んな人に頭を撫でられまくった、髪の毛が抜けるかと思う位、乱暴にそれでいて何処となく気持ちよく。

「エルフの嬢ちゃん名前は?」

「イシュ・アマ・ノスです」

「良い名前だ、じゃイシュ・アマ・ノスが我らギルド『ドラゴニカ』への加入を祝って、カンパーイ」

一斉に持っていたジョッキを傾けて中身を飲んでいく、私はそれをただただ眺めるしかない、でもまぁ衣食住だけは親切な人達に助けて貰えそうで助かった。

 後は知識だ、この世界について知って知って知りまくって、魔王としてふさわしくなれるように頑張らねば、ドラグさん見ててください、私生き抜いてみせます。





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